オルタナティブ・ブログ > シロクマ日報 >

決して最先端ではない、けれど日常生活で人びとの役に立っているIT技術を探していきます。

ニュースは現実ではない

»

偏向報道」という言葉があります。文字通り「偏った意見を人々に伝えようとする報道」という意味ですが、はっきりとした意図を持って行われるものでなくても、ニュースは人々の意識形成に影響力を持つようです。米国で、「ニュースを見れば見るほど黒人に対してネガティブな見方をするようになる」という研究結果が発表されました:

Negative Perception Of Blacks Rises With More News Watching, Studies Say (ScienceDaily)

イリノイ大学の Travis Dixon 教授による研究について。それによると、ニュース番組の中で「黒人が犯罪者として取り上げられる率/白人が被害者として取り上げられる率」は実際の犯罪統計を反映しておらず、どちらも現実より高い数値になっていたとのこと。つまりテレビの中に再現される世界では、黒人による犯罪が現実の世界よりも多く発生しているわけですね。当然この「偏向」は人々の思想に影響を与える可能性があり、実際に506名のロサンゼルス住民を対象に行われた調査では、「ローカルニュースを見る回数が多ければ多いほど黒人に対して否定的なステレオタイプを持つようになる」という結果が出たそうです。日本でも「若者の犯罪率」と「テレビで若者が犯罪者として報じられる率」を比較してみたら、何かしら偏った結果になりそうですが。

ただメディアにしてみれば、「犯罪の数が重要ではなく、『ニュース性があるかどうか』が重要なのだ」という意見かもしれません。確かに同じ犯罪でも、限られた時間・スペースで万引きとテロ事件のどちらを報じるかといえば、当然後者になるでしょう。しかしこの「ニュース性」というやつも問題で、『聞き上手は一日にしてならず』の中で、ジョン・カビラさんがこんなことを仰っています:

――カビラさんの場合、題材探しのソースとなるのはなんですか。

カビラ やはり今はインターネットですね。そこが以前とはずいぶん変わりました。AP、ロイター、共同のニュースは局に入っています。ただ、多いのは欧米のもので、発展途上国から来るのはだいたい悲しい話題なんですね。やはりどうしてもメディアの勢力がそのままあらわれている。これは情報通信系の国際会議をやるといつも問題になることです。通信社が拾ってくるのは欧米の人が面白がるようなネタで、なおかつ「発展途上国は貧しくて悲惨な生活」というのがベースにある報道のされ方じゃないか、情報の主体はどこにあるんだ、と。

メディア、あるいはそれを消費する私たちの中にステレオタイプがあり、それに合致するニュースだけが選択されてくる、と。基本的にニュースとは「誰かが選んできた情報」なわけで、そこに何らかの意思や意図が含まれてしまうのは避けられません。なのにフィルタの存在を意識せず、あたかも「ニュースは現実の世界そのままである」という感覚で捉えてしまうことが問題なのでしょう。

ふだん私たちは、他人が押しつけてくる情報の洪水にさらされています。与えられた情報と、現実の世界を混同してしまうという問題は、何もニュース番組に限った話ではないでしょう。何か情報を手にしたときには、「それはどのような経路で伝えられてきたのか」「なぜ伝えられてきたのか」といったメタ情報にも注意すると共に、「伝えられなかったものは何か」という点にも意識を向けることを忘れてはならないと思います。それと同時に、現実の世界を自分の目で見ようと努力すること。それが最も重要なことかもしれません。

< 追記 >

北海道新聞の記事で、面白い指摘があったのでちょっとご紹介を。

あなた見られてます 監視と安全のはざまで

もう一つ、興味深い数字がある。

警察庁の外郭団体「社会安全研究財団」が○二年に実施した世論調査によると、自分の居住地域の治安が悪化したとの回答が一割にとどまったのに対し、日本全体で治安が悪化しているとの回答は六割に上った。これとは別に、○四年の内閣府調査によると、国民が治安に関心を持ったきっかけは、九割がテレビや新聞の報道だった。

自宅周辺では治安悪化はないが、テレビなどを見ると、全国的にはひどい社会になった-。平均的な市民は、そんな感覚を抱いているわけだ。

道内民放テレビのニュース番組担当者も、「つくられた治安悪化」を感じ取っている。

「殺人事件は視聴率が取れるので、被害者一人の一般的な事件でも東京のキー局が映像をほしがる。ワイドショーが事件を物語風に作る傾向がさらに強まっています」

「自分の近所では危険は感じないけど、テレビを見てるとどうも日本は危なくなっているようだ」という感覚。こうして見せられれば笑い話のようにも思えますが、意外と陥りがちなのかもしれません。
Comment(0)