ウェブサービスから未来の選挙が見える?『選挙のパラドクス』
『選挙のパラドクス―なぜあの人が選ばれるのか?』を読了。たまたま書店で手に取った本でしたが、かなり楽しめました。
タイトルの通り、テーマになっているのは「選挙」。当然政治の話が中心になりますが、正確には選挙というより「投票システム」を解説することに主眼が置かれていて、アカデミー賞の選考方式やミツバチのダンスにまで話が及びます。そして第14章には、意外なサービスが登場するのですが……それは皆さんもお馴染み?このサイト:
次々と現れる男女の写真を、10段階(10が"HOT"で1が"NOT")で評価するというもの。「対象を何段階かで評価する」というこの仕組み、範囲投票という名前が与えられているのですが、Amazon や YouTube など最近のウェブサービスでは至る所で見られるものですよね(ミツバチのダンスが類似しているという指摘も)。実はこの範囲投票こそが、現時点では最も公正な投票システムになるのではないか?という可能性が指摘されています。未来の選挙では、"HOT or NOT"のように候補者を10段階で評価するようになるのかも!?
そんなバカな、選挙とウェブサービスを同列で扱うことなんてできないと感じられるでしょうか。しかし本書では、こんな指摘がなされています:
ハッカーがソフトウェアを破壊した場合、われわれはハッカーを責める。しかし同時に、ハッキングされないようソフトウェアも改良されねばならないと思う。投票システムはソフトウェアなのだ。印のつけられた投票用紙という生のデータから、どのように勝者を算出するかをそれは記述している。使い勝手のよいソフトウェアであるためには、投票システムは、人の手が加わっても元々意図されたとおりに動くものでなければならない。投票者、候補者、戦略家たちは、不誠実だったり、何事かを企んだり、悪意を抱いたり、さらには自己破壊的だったりさえすることがある。そのような人々が、投票者全体の意思を打ち負かすべくシステムを使用した場合、責められるべきはシステム自体である。
ソフトウェアとしての投票システム。この視点に立つと、いわゆるWEB2.0的なウェブサービスと、選挙との類似点が見えてきます。
WEB2.0も選挙も、「民意」を具体化・表面化しようという試みです。客観的な意味での「民意」など存在しないかもしれない、しかし集団全体として何らかの方向性を示さなければならない時には、そのためのシステムが必要となる――それを社会問題の面で実行しているのが選挙であり、日常生活における様々な課題の面で実行しているのがWEB2.0的サービスではないでしょうか。そう考えれば、中で動くロジックは無数にあれど、両者は共通の機能を担っていることになります。
ある一定の仕組みのもとで勝者になった存在は、その仕組みを変えようとは思わないでしょう。日本でも選挙制度の議論になると、なかなか合意が得られずに変革が進まないのはご存知の通り。それは「選ばれた人に選ぶシステムを決める権利がある」という点に全ての元凶があります。一方、ウェブサービスで「選ぶシステム」を決める権利は運営者にあり、運営者は不正にランキングを操作しようとする参加者を排除すべく日夜頭を絞っています。それに失敗したサービスは、利用者たちから「あのサイトの評価ってどうもあてにならないなー」という印象を抱かれ、支持を失っていきます――となれば、選挙制度とウェブサービス、どちらの世界の方が「よりよい投票システム」が生まれやすいかは一目瞭然でしょう。
もちろんウェブサービスの世界も不正を完全に排除できているわけではありませんし、「HOT or NOT 型選挙」を実施すれば政治が劇的に変わるというのは楽観的過ぎると思います。しかしウェブサービスで実験されている様々な仕組みが、現状より不正に強い投票システムを作ることにつながっていくかもしれない、そんな期待を抱きました。とりあえず、「選挙というものは、有権者1人が1票持っている姿が正しい」という思い込み(刷り込み?)が、いかに誤ったものであるかを教えてくれる本ですよ。