ダイヤル311の教訓
問題になる前に問題を察知するにはどうしたら良いか。様々なアイデアが試されていますが、ニューヨーク市で実施されている「ダイヤル311」の事例も参考になるかもしれません。実は最近読んだ『感染地図』という本の中で、次のような解説がありました:
都市の行政もこうした新しい地図化テクノロジーを模索している。ニューヨーク市は数年前、先駆的な「ダイヤル311」サービスをはじめた。
(中略)
第一に、これは市民が「ダイヤル911」を使うほど緊急性のない行政への苦情を訴えるためのシステムだ。アパートに強盗が押し入ってきたときにかけるのが911なら、公園でホームレスが寝ているのを見つけたときにかけるのが311になる。ちなみに311のサービス開始の初年度には、市民からの911へのダイヤル件数は激減した。これはニューヨーク市の歴史はじまって以来のことだ。第二に、ダイヤル311は市民への情報提供係の役割も果たしている。市民は311にダイヤルして、セントラルパークのコンサートは雨が降ってきたから中止になるのか、反対側の駐車場は空いているか、最寄りの麻薬中毒者用の治療院を教えて欲しい、といった問い合わせをすることができる。
長い引用になってしまいましたが、要は「ダイヤル311」とは「気軽な110番」とも言うべきサービス。上記の通り、警察に駆け込むまでもない、しかし放置しておくことはできない悩みを相談したり、「街の情報局」的な利用もできます。それがなぜ「問題になる前の問題発見」に役立つのか、というと:
しかし、このサービスのもっとも画期的な三番目の部分は、双方向の情報のやりとりが可能なことだ。行政側は311に寄せられた市民の声から多くを学ぶことができる。突発的に発生した問題や対処されていない問題を、大勢の一般市民の目で、ストリートレベルで見出してもらえるのだ。有名な話では、ブルームバーグ市長自身も路面のくぼみを何度も311に通報してきたという。2003年の大停電のときは、冷蔵庫でインシュリンを保存していた糖尿病患者の多くが、インシュリンは室温で何日ぐらいもつのだろうかと不安になった。市の緊急対策にはそうした市民の不安は想定されていなかったが、311を通じて情報が入ってきた。ブルームバーグ市長はその夜の会見でインシュリンの問題を取り上げた。なお、インシュリンは室温でも数週間は安定しているそうである。糖尿病患者は自分の疑問の答えを知りたくて311にダイヤルしたわけだが、おかげで市は貴重な情報を得た。
とのこと。つまり緊急度が高いか低いかを問わず、様々なフィードバックを受け付けるようにしておくことで、その中から役に立つ情報を拾うことが可能になるわけですね。確かにこれだとフィルタリングの労力がかかってしまいますが、「問題が明確化したらもう一度来るように」などという対応をすれば、逆に「何が大切な情報で、何がそうでないか」という判断をを発信者の側にゆだねることになります。さらに上記の糖尿病患者の例が示している通り、時には情報提供者自身も「これは問題だ」と認識していない場合があるわけですから、とにかく些細なことでも声を上げてもらうというのがダイヤル311のポイントなのでしょう。
またダイヤル311の場合、情報提供者にも明らかなメリットがあります。「あそこに電話すれば、何らかの回答が得られる」という認識、または「何らかの行動を取ってくれる」という信頼感が市民の間に生まれれば、集まる情報はさらに多くなるでしょう。それがさらに当局が的確に行動することを可能にし……という好循環が生まれていく可能性があるのではないでしょうか。
社内ブログや社内SNS、さらには社内 Twitter など、企業の中でも一般社員が気軽な情報発信を行える環境が整いつつあります。それを一歩進め、一種の「早期警戒システム」として活用するためには、社員の声に耳を傾けて的確な対応を行う、という仕組みが必要なのではないでしょうか。「社内版ダイヤル311」のようなシステム(何も電話に限定して考える必要はありませんが)を検討してみることは、多くの企業にとって価値のあることかもしれません。