アパッチ族を倒すには
かつて南米に、インカ帝国という広大な国家が栄えていました。ところがフランシスコ・ピサロ率いる少数のスペイン軍によって皇帝・アタワルパを殺されたことがきっかけで、帝国はあえなく滅亡(ここまでは有名な話ですね)。一方スペイン人はその後も勢力を伸ばし、メキシコから北米へと進出を試みます。しかしそこで出会ったネイティブ・アメリカン、アパッチ族の前に侵攻を阻まれ、ついに北米まで勢力圏を拡大することはなかったのでした―さてここで問題。なぜスペイン人はインカ帝国を制することができたのに、アパッチ族を制することができなかったのでしょうか?
またまた書評っぽくなってしまいますが、最近"The Starfish and the Spider: The Unstoppable Power of Leaderless Organizations"という本を読みました。副題「リーダーを持たない組織の絶大なパワー」からお分かりの通り、最近のフラット化ブーム?で注目されるようになった「フラット型組織」について研究した本。中央統制型で強固なヒエラルキーを持つ組織を「クモ」、明確なリーダーを持たず自律的に行動する組織を「ヒトデ」に例えて、ヒトデ型組織の力を考察しています。
で、クモ型組織/ヒトデ型組織を対比するために語られているのが冒頭の事例。恐らく歴史的には様々な説明が可能なのでしょうが、同書ではインカ帝国とアパッチ族の組織構造の違いに注目し、以下のように論じています:
- インカ帝国:皇帝を頂点とする絶対的なヒエラルキーが確立されている「クモ型組織」。従ってピサロにアタワルパを殺されてしまうと、組織は脆くも崩れ去ってしまった。
- アパッチ族:明確な指導者を持たない「ヒトデ型組織」。酋長という存在はいるが、酋長が全てをコントロールしているわけではなく、部族の行動に指針を与えているに過ぎない。従ってひとりの酋長を殺したり、一部の部族を殺しただけでは「アパッチ族」全体の行動を制することはできなかった。
確かに軍事力の違いというだけでは、数の上では圧倒的に少ないスペイン軍がインカ帝国を制圧できた理由は説明できませんし、逆に近代的な武器を持っていたスペイン軍がネイティブ・アメリカンを制圧できなかった理由も説明できません。例えは悪いですが、世界で最高・最大の軍事力を持つ米国がテロリストを根絶できないのも、上記のような理由から解説できるでしょう(ちなみに同書でもテロリストの事例は研究されています)。自律型組織の強さを研究する上では、最適な事例ではないでしょうか。
さらに面白いのは、アパッチ族が滅んでしまった理由。これも同じく様々な歴史的説明ができるのでしょうが、"The Starfish and the Spider"の中では専門家の意見として、次のような事実が指摘されています:
Here's what broke Apache society: the Americans gave the Nant'ans cattle. It was that simple. Once the Nant'ans had possession of a scarce resource - cows - their power shifted from symbolic to material. Where previously, the Nant'ans had led by example, now they could reward and punish tribe members by giving and withholding this resource.
アパッチ族の社会が崩壊した理由はこうだ: アメリカ人は酋長に家畜を与えた。それは本当に簡単なことだった。ひとたび酋長が貴重な資源 -- この場合は牛 -- を手にすると、彼らの力は象徴的なものから具体的なものになった。かつて酋長は自ら模範を示すことで部族を率いていたが、資源(牛)を与えたり、与えなかったりすることでメンバーを律するようになった。
そして資源をめぐって部族の中で争いが起きるようになり、アパッチ族の力はしだいに弱まっていったと説明されています。つまり「持つもの」と「持たざるもの」が生まれることによって、フラットだった組織がフラットでなくなってしまったわけですね。
同書ではこの他にも、様々な「フラット型組織への対抗方法」が考察されているのですが、この「(何らかの理由によって)組織をフラットでなくしてしまう」というのは面白い視点ではないでしょうか。WEB2.0の時代になり、フラットな組織を構成するのは比較的簡単になりました。何らかの形で「ヒトデ型組織」の構成員になっている方も多いでしょう。そんな組織の力を保つためには、知らず知らずのうちに抱え込んだ「酋長の牛」などの要因によって「非フラット化」が進んでいないかどうか、注意していることが必要だと思います。