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「嫌い」の研究

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渋滞学』を読み始めました。テレビ番組やビジネス誌でも紹介されていたので、ご存知の方も多いと思います(僕もそれで興味を持った一人なので)。「渋滞」を科学的研究の対象として、力学や統計学など様々な学問から解説した本なのですが、クルマの渋滞だけでなく人の渋滞・インターネットの渋滞などなど多様な「渋滞」現象についての考察も。その裏にある意外なメカニズムが紹介されていて、好奇心が刺激されます。

著者の西成活裕さんは航空宇宙工学の助教授をされているそうなのですが、畑違いの「渋滞」の研究を始めた理由について、同書のまえがきでこう説明されています:

私は渋滞が嫌いだ。車を運転していても歩いていても、混雑してくるとイライラする。しかし、人は何かを嫌いになればなるほど、冷静に相手を見られなくなるものだ。そこで、嫌いな相手にもどこか良いところはないか探してみた。すると、いろいろ考えてゆくうちに、ひと口に渋滞といっても実に様々なものがあることに気がついた。

言うなれば、「好きこそものの上手なれ」の逆パターンといったところでしょうか。嫌いであるが故に、その研究を始めてしまったということですね。この姿勢、ぜひ見習いたいなあと思います。

こう書くと、「西成さんは科学者だから、渋滞を学問として研究することができたのだ。一般人なら渋滞学なんてできなかった」と言われてしまうかもしれません。しかし何かを研究するのに、学者である必要なないのではないでしょうか。正確に言えば、自分が専門知識を持っていることに当てはめて考えることができれば、そこに新しい発見が生まれるのではないでしょうか。

例えば車の渋滞も、「日本は道路の総面積に対する車の台数が多すぎるのだ」という仮説を立て、経済の側面から考えることができるかもしれません(あくまでも適当に考えた仮説ですので、この真偽についてはご容赦を)。また「渋滞のストレスを緩和する色・におい・音楽があるかもしれない」「渋滞すればするほど儲かるビジネスがあるかもしれない」などといった発散的思考もできるでしょう。要は嫌いなものであったとしても、目を背けずに自分の興味範囲から捉えることができないか(むしろ逆に利用してしまえ!)と考える姿勢が重要なのではないかと思います。

さてさて、僕が嫌いなものと言うと……「野菜」「満員電車」「歯医者」などなどが挙げられます。ここから新しい発見が生まれるかもしれませんが、これを四六時中考えられるかというと、やっぱり難しそうですねぇ。

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