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UX(ユーザーエクスペリエンス)を黎明期から追いかけ続けてきた筆者は、昨年度の成長期を経て、いよいよ今年度は成熟期に入ろうとするUXの姿を再び追いかけることにした。第2章の最後に「UXは概念や理念」であり「デザイン思考などの方法論でUXを実践することの必要性」を論じてきた。ただし、その孤高な理念を下敷きにしても、なかなか実際の業務に反映できない、もしくはその効果や価値が見えにくいとの話を、特に現場ではよく耳にする。そこで第3章では、UXの成熟期を見据え「より現場に即したUX」とは何か、もしくは「UXを通じて何が日頃の業務や事業全体に貢献するのか」といったことに焦点を絞り、言及してみたい。

UXで奏でるブランドハーモニー

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・ブランドのインターフェースとしてのデザイン

入社してしばらく経った1990年代には、日立の情報機器群ほぼすべてのデザインを担当した。当時のブランドには、WordPal/ワードパル(ビジネス用ワープロ)やelles/エル(オフコン)、Prius/プリウス(個人用パソコン)、FLORA/フローラ(ビジネス用パソコン)などがあったが、中でも310という型番でヒットしたFLORAには深い思い入れがある。ブランドクリエーションやロゴデザイン自体は、担当の事業部で作成されるため、デザイナーはあまり関与していないが、そのブランドをお客さまにつなぐインターフェースとしてのプロダクトデザインやGUIは、デザイナーの中心ワークだ。デザイン部門は、各事業部門からプロダクトデザイン全般を引き受け、さまざまな視点から売れるモノづくりのための調査やデザインマーケティングを行い製品に仕上げる。 楽しいプロセスでもあるが、一方で売れ行きを左右するため、その責任も重い。


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・お客さまとのタッチポイントがブランド

当時は、ブランドとデザインの関連性は見えたものの、その商品が店頭やカタログ(BtoC)、もしくは営業トークやパンフレット(BtoB)で、お客さまの眼に触れ、そこに経験が生まれ、導入後はお使いになるお客さまが使用経験される姿など、深くは考えていなかった。ブランドやデザインは、当時企業からの一方的な発信の結果であり、売れた後は、特にヒヤリングも無く次の商品を売るための作業に移行していた。確かにBtoCでは愛用者カードを見て問題があれば、その解決に当たり、場合によっては、課題を探ることも無いではなかったが、それが商品のライフタイムで追いかけられ、フィードバックされていたかというと、そうではなかった。初期提案で営業に触れ、導入の時には技術者と会い、商品に触れ、使い始めてからは企業姿勢やユーザビリティなど品質と向かい合う、そのようにタッチポイントが数多くあり、HITACHIというブランドをお客さまが体験している姿が想像できていなかった。本来は、お客さまが使い始めて表面化する不満や問題点の摘出、使う喜びや楽しさなどをもう少し身近に感じていれば、次の商品に生かせていたし、お客さまのブランドに対してのエンゲージメントも、より深くなっていたと思うと少し心残りだ。


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・ブランドは価値であり、企業の富の源泉

さてこのブランドだが、一般的に想起するのはファッションブランドだろう。ルイ=ヴィトンやエルメス、セリーヌ、ディオール、ニナリッチなどのフランス系、フルラやロッシ、バレンチノやベネトン、フェラガモやアルマーニなどのイタリア系が有名だが、そもそもは旅行かばん屋や馬具屋など地味な部品を作る職人の集まりから発していて、決して今のようなブランド価値をめざし、その方針に向かって現在の地位を確立したわけではない。むしろ職人の日頃の鍛練と、その成果から生まれた精巧な技術と精緻な出来栄えこそが、それを使う人々の共感を得て、結果としてブランドに育ってきている。特にファッションブランドは、そのユーザーが上層階級であったため、使用シーンの一コマ一コマが語り継がれ、メディアへの露出も多く、ブランドとして定着してきたのだと思う。IFRS(国際会計基準)の中では、従来は無形資産と考えられていたブランドに対し、事業の継続や富の源泉としてブランドは価値に換算できるとの判断で、これまで「のれん代」は一定の期間で償却していたものが、この新たな国際基準では、継続的な価値となり、ブランド価値が企業の資産として、明確に認められている。


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・モノ=ブランドの時代

従来は、「技術の日立」「液晶のシャープ」など、モノづくりの直接的なコーポレートステートメントが、TVCMなどでも一般的で、企業側も良いものさえ作れば売れるという信念で、モノづくりは進んできた。現在の日本があるのも、そのプロダクトアウト的な発想が源泉で、私たちの生活も支えられてきたし、より豊かになった。


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・これからはUX=ブランド

ところが、グローバルのブランド専門企業であるインターブランドが、2013年に発信したグローバル企業ブランド価値トップ20をUX観点から私なりに見てみると、その発信内容は、大きく様変わりしていた。以下に、その例を挙げるが、モノそのものの訴求より、そのシーンを描けるものやユーザーの価値感が伝わるもの、場合によっては人生観や理念まで見えてくるものなど、明らかにUX(経験価値)にそのテーマが絞られている企業ブランドが散見された。すべてがコーポレートブランドのステートメントではなく、個別商品も含まれているが、そこには時代の風を感じる。つまり、お客さまの商品やサービスに対する価値が、モノ自体より、それを介した利用シーンや風景、状況により得られる印象や共感といった情緒的な部分に急速に移って来ていると痛感した。

<トップ20社のステートメント一覧>

1.この色は、あなたです。
2.世界中の情報を整理し、世界中の人がアクセスできて使えるようにする。
3.サステイナビリティーは、ビジネスの基盤。
4.SmarterPlanet 地球をより賢く、よりスマートに。
5.世界中の人々とビジネスの持つ可能性を最大限に引き出す。
6.航空は新しい時代へ。
7.お客さまにとって「お気に入りの食事の場とスタイルであり続けること」。
8.日常のことが、もっと便利に、もっと楽しく。
9.世界を変えるインテルのイノベーション。
10.SmartMobilitySociety
11.コンパクトの歓びに、革新を。
12.疾走する、美しき存在。
13.GameChanger-勝負の流れを変える力。
14.幸せは、こころの中にある。
15.未来を感じる機能
16.実感。剃るから、すべらせるへ。
17.WOMEN'S SPRING/SUMMER
18.ITの簡素化によるイノベーションの解放。
19.地球上で最もお客さまを大切にする。
20.枠にはまるな。さあ、クルマで世界を驚かそう。

・ブランド関連の用語の相対関係

これらのブランドについて、最近はいろいろな表現が生まれている。UX観点からだと「ブランド体験」「ブランドローヤルティ」「ブランドエンゲージメント」「ブランドエクイティ」など、とあるブランドに対してお客さまとの位置関係がどうなのかにフォーカスが当てられている。以下に私の考えるブランドとお客さまとの相対関係を考えたが、重要なことはそのいずれにおいても商品やサービスそのものより、経験価値にこそブランドの本質が隠されていると感じる。


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・ブランドハーモニーをイタリアの旧市街にみる

コーポレートブランドについては、企業の継続的な経済活動であり、無くなるわけには行かない。その意味で、500年1000年といったスパンでブランドは、企業の継続的な成長や事業の発展を支える必要がある。以前のコラムで言及したが、イタリアの多くの世界遺産都市は旧市街があり、確かにその古い街並みは歴史と伝統に彩られているが、塔に上り、街並みを見渡すとその屋根瓦の美しさに驚嘆する。遠くから俯瞰すると美しいオレンジ色なのだが、近寄ると一枚一枚が敢えて色が変えられており、そのモザイク模様が美しさを際立たせている。現地のデザイナーの言葉を借りると、「長く持つ街並みはその当初から計画的にプログラムされている。材料となる土の産地も瓦工場も、そして職人だって長い年月を経ると変わる。それでも街並みは変わらない。たしかに時代時代で適応する必要はあるが、ひとつの街はひとつのブランドであり、その根底は変わらない。」
その熱い言葉の中に、イタリア人の誇りを感じるし、欧州ではブランドが育ちやすいというバックグラウンドがそこにある。街中の建物のひとつひとつが個性的で主張が強くても、街全体としてのハーモニーを感じる。素晴らしい。

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・お客さまや社員の経験価値がそのままブランド価値につながる

コーポレートブランドに対して、事業ブランドや商品ブランドがあるが、これらをひとつの街に見立てれば、意外と解が見つかりやすいのではないかと思う。特にイタリアの古い都市は、大聖堂(ドゥオモ)を中心として、広場があり、適度に公園の緑が散在するのが一般的だ。コーポレートは街を天空から俯瞰してもよい。その上で、中心事業であるドゥオモは何なのか、公園としてのエコや社会貢献などのCSRはどの部分なのか、そして商業区域や製造区域はどこなのか、などを町名だけにこだわらず、むしろ街全体を俯瞰して、ブランド議論と重ね合わせれば解は見えてくる。

ここで最も大事なことは、そこで暮らす住民やそこを訪れ買い物をしていくお客さまではないかと思う。人のいない街は寂しい。多くの人でごった返す活気ある街はいるだけでワクワクする。お客さまは聖堂で祈りをささげ、街で買い物をし、公園で一息つき、村へ帰っていく。その動線のすべてがお客さまの経験の価値として組みあがっていく。このような感覚は、Google Earthで街をトレースするような感覚と極めて近い。何が目的で、どこから入り、何を買うのか、その時どきで左右に現れる街並みや看板、店に入り買い物をする。このような経験はすべて価値として蓄積される。企業の商品サイトでも、同様のことが言える。街を歩く住民がいて、お客さまが来てくれて、人々が集まるからこそ経験が生まれ、そして街が成り立つ。ここにあらためて、ブランドとUXの関係を再認識できた。

さて、次回は今年一年間の最終コラムにしようと思っているので、UXの未来について考えてみたい。


※文章中に記載された社名および製品名は各社の商標ま たは登録商標です。

 

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