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ARを使ったtricotの新曲プロモーションで新たな可能性が見えた

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まずはこの動画をご覧頂きたい。

ポケットティッシュに印刷されたカセットテープの図柄。一見なんだろう?と思ってしまうこのティッシュに面白い仕掛けが隠されている。京都・滋賀のバンド、tricotの新曲"Break"のプロモーションとして、このAR対応ポケットティッシュが5月17日、18日の二日間で梅田と渋谷の二カ所にて10,000個路上配布された。スマートフォンでダウンロードしたアプリケーションでティッシュの図柄をスキャンすると、カセットテープが擬似的に動きだし、新曲が再生されるという仕掛け。ありそうでなかった取り組みだ。

我々のような30代以上の世代にしかカセットテープという存在は馴染みがないのかもしれないが、カセットテープから曲が流れるという体験はどこか懐かしさも手伝ってワクワクする。しかもこの路上配布はtwitterのtricot公式アカウントから「2014/05/17_1200-1630_IN FRONT OF MARK CITY_SHIBUYA_BREAK」という暗号めいたツイートでのアナウンスだったため、ファンは事前にほとんど内容を察知できない、焦らすプロモーションとなった。

ARは正直もうないと思っていた

私のようにIT業界にいる人たちにとって、AR(Augmented Reality)という言葉を聞いてどう思うだろう?ARが出始めた頃のワクワク感は忘れられない。その代表選手はセカイカメラだろう。そのセカイカメラが開発終了した話は記憶に新しい。ARは驚きとワクワクは与えたけれども、実生活への浸透はなかなか難しいようにみえた。Google Glassのようなウェアラブルデバイスの登場によってその思想は今後も受け継がれるとは思うものの、なかなか日常に入り込めない技術という印象が個人的にはあったのだ。

そんななかで出てきたのがこのtricotの新曲プロモーションだった。ARイコールその名の通り現実社会を拡張するという使い方が多く見られるが、確かにこのように曲を再生するというアイディアは頭になかった。ARはあくまでカセットテープを再生するという動きだけにフォーカスし、本質は期間限定で新曲を聴くことができるというプロモーション手法。なるほどなぁと関心してしまった。固定概念に縛られていると出てこないアイディアだ。

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渋谷タワーレコード前でティッシュを配るtricotメンバー

インディーズだからこそできること

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左からキダ モティフォ(Gt)、中嶋イッキュウ(Vo)、ヒロミ・ヒロヒロ(Ba)

さて、tricotについて少し紹介したい。tricotは前述のとおり、京都・滋賀のバンドだ。まだメジャーレーベルとは契約していない。私自身そこまで音楽業界に詳しいわけではないのでメジャーとインディーズの違いを述べることはできないが、彼女達の代表曲の一つでもある"爆裂パニエさん"はyoutubeの再生回数が既に110万回を越えている(2014年5月20日現在)ほど注目されており、海外からの熱烈なファンのコメントも目立つ。海外のバンドが英語詞に変えてコピーするなど、その人気は日に日に増しているようにみえる。昔ながらの考えでいくとメジャーデビューしていないことが不思議な状況だ。

これはあくまで個人の憶測でしかないが、彼女達はやりたいことをやるためにメジャーデビューしていないのではないか、と思えてしまう。事実、メジャーのオファーが数多くあることは聞いたことがある。真相はわからないが、外から見る限りは王道のやり方に当てはまらない動きをするには今の環境が適しているように思う。メジャーレーベルに所属したからといってやりたいことがやれないわけではないと思うが、一定の方程式に沿ってプロモーションがなされるのはまず間違いないだろう。少なくとも梅田と渋谷の路上でティッシュを配るという行為がメジャーレーベルのプロモーション方法として行われるとは想像できない。この方法が新曲のプロモーション方法として一番効果があるとは言えないかもしれないが、費用対効果うんぬんではなく、"tricotらしさ"が現れているという面では価値のある施策だし、このスタンスが好きな熱狂的ファンに支えられているのがtricotの特徴だろう。

音楽業界とITの親和性はもっと深められる

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アプリでスキャンするとカセットテープが再生され、曲が流れる

CDが売れなくなったという話は誰もが聞いたことのある話だろう。違法コピーがその理由とされたり、あるいは音楽配信が悪いとされたり。いずれにしても、CDを中心に考えた時、ITと音楽業界は必ずしも良い関係ではなかったと思う。ITは音楽業界にとって古き良き時代をただ破壊する存在だったのかもしれない。いまでも今後の音楽ビジネスを考えると音楽業界自体は模索中なのかもしれないが、今回のtricotのプロモーション一つとっても、音楽とITはもっと親和性を深めていけるものだと感じている。メジャー契約しなくとも、その音楽は海を越えて世界を目指せるインフラが既に整っているのだ。

ソーシャルメディアや各種クラウドサービスを利用すれば、メジャーレーベルに頼らなくても既に自らの力で世界に数多くのファンを獲得できる可能性は充分にある。そこからどう音楽ビジネスに変えて行くかは確かに課題だが、少なくともマスの力を借りずとも音楽を届けられる環境が整っていることは大きい。tricotに限らず、今も昔もインディーズには素晴らしいバンドやミュージシャンがたくさんいて、その可能性を広げるためにITの力は発揮できる余地がふんだんに残されている。私の知人にも音楽業界の方と関係を密にしてその手助けをしている人は数多くいる。例えCDが昔と比べて売れなくなっていたとしても、音楽を欲する人々はいるわけだし、No Music No Lifeは今後も変わらない。これからの数年が音楽ビジネス転換期になるのではないだろうか。

今回のポケットティッシュのプロモーションはあくまで一例に過ぎないが、今後もtricotにはこのような新たな取り組みに挑戦してほしいと思う。

あとがき

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その容姿からは想像できないほどライブは激しい

最後に、このプロモーションが行われた舞台裏には名プロデューサーの存在を書いておきたい。tricotは初期の頃にBakuretsu Recordsという自主レーベルを立ち上げ、現在に至るまでそのレーベルスタッフとともに活動を行っている。ポケットティッシュのアイディアも、レーベルスタッフから出た企画だと聞いている。ミュージシャンが音楽に専念し、集中するためにも優秀なスタッフの存在は欠かせない。そのミュージシャンの個性を把握し、アウトプットを最大化できるプロデューサーに出会えるかどうかは良い音楽を作り続けるよりもむしろ難しいことのかもしれない。

かつて世界的モンスターバンドのレッドホットチリペッパーズが5作目のスタジオアルバムとなる"Blood Sugar Sex Magik"を収録したときに、リックルービンをプロデューサーに迎え入れた。素人目ながら、リックルービンの存在はその後の方向性に多大な影響を与えたのではないかと想像している。洋館に泊まり込んで作成された映像のなかで、名曲Give it awayのベースラインについて、リックルービンがベーシストのフリーに対し「ベースはもっとシンプルにしたほうがいい」とアドバイスをしていた姿が記憶に残っている。名バンドの裏には名プロデューサーがいて、バンドを作り上げて行く上で大事な存在なんだと印象づけられた画だった。

tricotがレッドホットチリペッパーズのようにモンスターバンドになっていくのかどうかは今後のお楽しみだが、少なくとも楽曲面のアドバイスやプロモーションにおいて信頼できるスタッフに囲まれているのは見てとれる。今後も日本という狭い環境に縛られず、世界を視野にいれて活動してほしいと思う。そして、ITとのコラボレーションによる新しい音楽の広め方にも期待したい。

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