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人事領域(上流/elearing/ERP)コンサルでの人材開発/人事の一歩先の動向を考えます!

AI推進を担う専門家の8割超が、静かに消えた ― 原因はAIではなく「人事評価」だった

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▫️はじめに

Harvard Business Reviewに、AI活用と組織の関係を考えるうえで、非常に示唆に富む論考が掲載されました(2026年8月6日)。タイトルは「AI Experiments Need Domain Experts. Here's How to Support Them.」。筆者は、スタンフォード大学のArvind Karunakaran氏、MITスローン経営大学院のKatherine C. Kellogg氏、NYUスターン経営大学院のBatia Wiesenfeld氏です。

米国の2つの組織を2年間にわたって調べたフィールド研究で、同じような条件でAI活用を始めた2つの組織が、なぜ大きく異なる結果に至ったのかを分析しています。

私はこれまで、連載「AI組織の要諦」などで、AI活用の成否を分けるのはツールではなく人と組織の設計だ、とお伝えしてきました。この論考は、その主張を実証の側から裏づける内容だと感じました。本稿では、論考の要点を日本語で整理し、そのうえで人事の視点から私の解釈を述べます。事実の整理と解釈は分けて書きます。

▫️研究の概要:同じスタートで、141件と3件

研究の対象は、米国の医療機関と法律系の組織です。論文では、それぞれ「NE Health」「LegalCo」という仮名で呼ばれています。

NE Healthは、患者にわかりやすい退院時サマリーを作る仕組みを、LegalCoは、法律リサーチの仕組みを、生成AIを使って全社的に開発しようとしていました。どちらも、現場の専門家(ドメインエキスパート)が、同僚と一緒にAIを試す「共同実験」を必要としていました。

両者は、2023年春に同じようにスタートしています。専門家が実際にAIに触れられ、業務のデータを使って安全に試せる実験環境(サンドボックス)を用意しました。研究者は、AIの能力と課題の相性、組織の準備度、コンプライアンス面の懸念といった、これまでの研究でAI活用への関与に影響するとされてきた要素も比べましたが、意味のある差は見られなかったそうです。

それでも、結果は大きく分かれました。
・NE Health:全社で使われている生成AIソリューションは141件で、さらに多くが開発中。技術とは関係のない職務を担う専門家が、数百人規模で自発的に参加している。参加者のネットワークは広がり続け、組織の中では、人に力を与える文化の変化として受け止められている
・LegalCo:全社で使われているのは3件。開発中だった他の案件は、専門家の80%超が少しずつ離脱するにつれて立ち消えになった

注目したいのは、LegalCoの専門家が、AIを拒否したわけでも、反対の声を上げたわけでもないことです。ただ静かに、実験から抜けていきました。

▫️見えない仕事と、差を分けた4つの「足場」

なぜ、専門家は離れていったのか。論考は、AIを全社の仕組みにするための「共同実験」には、通常業務に上乗せされる見えない仕事があると指摘します。要点をまとめると、次の3つです。
・試行錯誤:AIは得意なことと苦手なことの境目が読めないため、何度も試し、比べ、記録する必要がある
・レビューと修正:品質の基準が違う同僚に説明し、意見を受けて作り直す。会議のたびに手戻りが生まれる
・調整と統合:モデルが頻繁に変わるため、検証し直し、評価指標を見直し、業務に組み込み続ける

NE Healthで専門家が実験を続けられたのは、この負荷を和らげる「足場(スキャフォールディング)」があったからだ、というのが論考の答えです。研究者は4つの足場を挙げています。

1. 試行錯誤の足場
継続的な学びの場(「プロンプトソン」のようなイベント)、業務習慣に合う記録方法、優先度の高い案件に専任の技術者をつける仕組み。専門家がAIの誤りや想定外のケースに、一人で向き合わずに済むようにするものです。LegalCoでは、研修は最初だけで、技術的な支援も断続的でした。

2. レビューと修正の足場
「良い出力とは何か」をそろえる共通の評価基準と、最新の知見を学び合う場。NE Healthでは、正確さ、網羅性、読みやすさ、患者中心性に重みをつけた基準を、部門横断でつくりました。

3. 調整と統合の足場
技術、業務、コンプライアンス、ROIの4つのリスクで案件を選ぶ明確な基準と、試作品を本番システムに組み込むIT部門の支援。LegalCoでは、経営が何を重視するのかわからないまま、専門家が多くの時間を費やしたといいます。

4. 役割と報酬の足場
人事の領域で、3つの実験すべてにまたがる足場です。AIの実験の仕事を職務記述書に明記し、人事評価で認め、昇給、賞与、昇進といった実際の報酬につなげること。

NE Healthでは、実験への参加が論文発表や昇進、キャリアの成長につながりました。LegalCoでは、つながりませんでした。LegalCoのある専門家は、自分の年次評価は生成AIが登場する前と同じ基準のままで、あの仕事は評価の場では見えない、という趣旨のことを語っています。

▫️「空き時間でやってくれるだろう」という思い込み

論考で私が最も重く受け止めたのは、次の指摘です。

多くのリーダーは、LegalCoのリーダーと同じように、AIの共同実験を、優秀で意欲のある専門家が空き時間に吸収してくれる「ストレッチな仕事」だと考えている。研究者によれば、専門家は確かにそうしてくれる。ただし、それはしばらくの間だけだ。やがて静かにやめ、身を引き、実験から離れていく。

そして論考は、多くの経営者がAIの利用者を増やすことに注力し、そうすれば全社的な仕組みは後からついてくると考えているが、研究はそうならないことを示している、と述べています。AIの可能性は、専門家が毎週、実験を続けることを選び続けるという、静かで壊れやすいプロセスにかかっている。その選択を左右するのは技術ではなく、それを取り巻く足場だ、と結んでいます。

▫️私の解釈1:評価が変わらなければ、熱心な人から離れていく

ここからは、論考そのものではなく、私の解釈です。

4つ目の足場は、まさに人事の仕事です。そして、他の3つの足場があっても、4つ目がなければ、専門家の熱意は長く続かないのだと思います。

私は以前、AIで仕事が増えるという複数の調査を読んだ際に、周囲に使い方を教える先駆者の負荷が、正式な業務として評価されない「シャドーワーク」になっている、という指摘を紹介しました。この論考は、それが組織のAI活用全体の成否を分けることを、2年間の観察で示しています。

何を評価するかが、行動を決めます。評価の基準がAI以前のままなら、AIの実験は、本業の邪魔をする「余計な仕事」になります。熱心な人ほど、本業と実験の板挟みになり、やがて本業に戻っていきます。制度が文化をつくる、とはこういうことだと思います。

▫️私の解釈2:「利用率」を追うだけでは、全社の仕組みは生まれない

論考の結びは、AIの導入効果を利用率で測りがちな日本企業にとっても重い指摘です。

利用者数やプロンプト数を増やせば、全社的な成果が後からついてくる、という前提は成り立たない。成果を生むのは、現場の専門家が、試し、比べ、記録し、議論し、組み込むという、地道な共同作業です。その作業を、時間と仕組みと評価で支えられるかどうかが問われています。

これは、連載第2回で述べた「AIを、利用率ではなく成果と負荷で測る」こと、第3回で述べた「学ぶ時間を、業務として確保する」ことと、そのままつながります。

▫️私の解釈3:4つの足場は、日本企業でも明日から点検できる

4つの足場は、特別な技術がなくても点検できるものばかりです。
・研修は最初だけで終わっていないか。学び合う場はあるか
・実験の記録方法は、現場の業務習慣に合っているか
・重要な案件に、技術の専門家が伴走しているか
・「良い出力」の基準を、関係部門でそろえているか
・案件を選ぶ基準を、経営が明確に示しているか
・試作品を本番の業務に組み込む支援があるか
・AIの実験の仕事は、職務記述書や人事評価に反映されているか

特に最後の点は、人事が主導しなければ動きません。

▫️留意点

・本研究は、米国の2つの組織を対象とした事例研究です。業種も異なり、結果をそのまま一般化することには慎重さが要ります。
・研究者は、AIと課題の相性や組織の準備度などに意味のある差はなかったとしていますが、2組織の比較であり、他の要因の影響を完全に排除できるものではありません。
・本稿は論考の要点を日本語で整理したもので、全文の翻訳ではありません。詳細は原文をご確認ください。

▫️おわりに

AIに反対した人は、いませんでした。それでも、専門家の8割超が、静かに離れていきました。原因は、AIの性能でも、現場の意欲でもなく、その意欲を支える仕組みの有無でした。

AI活用の本質は、人と組織の変革にあります。現場の専門家が、実験を続けることを選び続けられる組織をつくること。それが、人事に求められている仕事だと思います。

皆さんの組織では、AIの実験に取り組む人の仕事は、評価の場で見えていますか。

▫️出典

Harvard Business Review「AI Experiments Need Domain Experts. Here's How to Support Them.」(Arvind Karunakaran, Katherine C. Kellogg, Batia Wiesenfeld、2026年8月6日)

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