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夏目房之介の「で?」

『俺はまだ本気出してないだけ』5

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終わったと思っていた青野春秋『俺はまだ本気出してないだけ』(小学館)の5巻が出てた。
少し前、近所のカフェに全4巻置いてあって、読んだらヒジョーに面白かった。40歳になってもだらだらと正業につかず、オヤジに説教されても馬耳東風で、しかも突然マンガ家になるといいだし、しょうもないマンガを描き続ける本当にダメなオヤジの話だ。出て行った妻との間に思春期の娘がいて、一緒に住んでいる。主人公は、オヤジのスネかじりで生き、ヘルスでバイトしていた娘とハチあわせしたりする。4巻で完結していて、これ以上描く必要のない作品だろうと思った。主人公はダメなままで、相変わらず最後まで「本気出してないだけ」だと思っている。それが面白かった。
このマンガの存在は読む前から知っていた。でも、「俺はまだ本気出してないだけ」っていうタイトルで引いて、読んでいなかったのだ。若い頃、僕も多分そう思っていた。それを乗り越えて生きてくるほかなく、そうなるとこういう気持ちに不寛容になる。ヘンな話だが、タイトルで僕はムカついていたのだと思う(こういう気持ちが「近頃の若者は・・・・」といいたがるオジサンの背景なのかも)。でも、作品の距離感は心地よくて、単純で動きのない絵が奇妙におかしくて、愛嬌のある作品だった。

完結した作品の続編で、がっかりすることは多い。まして帯に映画化の宣伝があれば、なおさらだ。「いい話」で収めているので、この作品の場合も、がっかりする読者はいるかもしれない。でも、僕は楽しく読んだ。作者が、登場人物たちを大切に思っていることが伝わってくる気がした。主人公の周囲の人物が、今回はとてもいい味を出す。いい気持ちで読み終えられた。
でもなあ、映画化・・・・。主人公、堤真一は僕的にはナイなあ。大丈夫だろうかね。マンガの顔的にはドランクドラゴンの塚地とかなんだけどなあ。

ふと思うのだけれど、僕も何かひとつどこかで違ってしまえば、この主人公のように「まだ本気出してないだけ」と思い続けていたかもしれない。そういう僕が、並行世界のどこかにいるかもしれない。さすがに、この主人公のように図太く生けいてはいられないだろうし、彼の親友のように命を絶とうとしたかもしれない。でも、自分と無縁の存在ではないんだよね。

そういえば、僕の大好きな福本伸行『最強伝説 黒沢』にも、似たポイントがあるかもしれないな。もっと地味だけど。

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