AIで生まれた「余白」を、何に使うのか
---- DeNAの1年から考えるAfter AIの経営
少し前から、僕は Before AI と After AI という言い方をよくしている。
生成AIが登場する前と後で、仕事のやり方が少し便利になる、という程度の話ではない。
仕事そのもののつくり方、組織のあり方、人の役割、そして経営の考え方まで変わる。その境目として、Before AI / After AI を考えたほうがいいのではないかと思っている。
そんなことを考えながら、DeNAの「AIオールイン」から1年後の報告を見た。
なかなか刺激的だった。
「半分の人で、今以上をやる」
2025年2月、DeNAはかなり大胆な方針を打ち出した。
約3,000人で行っていた既存事業を、AIを徹底的に活用することで、
半分の人員で維持するのではなく、半分の人員で維持・向上・成長させる。
そして、そこで生まれた残り半分の人材を、新規事業や新しい挑戦へ振り向ける。
単なるコスト削減の話ではない。
AIによって生産性を上げ、そこで生まれた「余白」を、新しい価値をつくるために使おう、という宣言だった。
この考え方には、とても共感する。
AI活用というと、とかく「10分かかっていた仕事が3分になりました」「資料作成が速くなりました」という話になりがちだ。
もちろん、それも大切だ。
しかし、本当に問うべきなのはその先だと思う。
では、浮いた7分で何をするのか。
ここまで考えなければ、AIによる生産性向上は、単なる「仕事を速くこなす道具」で終わってしまう。
1年で、実際にかなりのことが起きている
そして1年後。
DeNAが対外的に発表している内容を見る限り、かなり大きな変化が起きている。
開発の一部では、人が5%、AIが95%を担い、従来比で20倍相当の生産性になったという。
リーガルチェックでは90%の効率改善。
QAでは半分の工数で同等の業務。
ライブ配信の審査業務でも60%の工数削減。
もちろん、これらの数字だけを取り出して「DeNA全体の生産性が20倍になった」と理解するのは間違いだろう。
また、デジタルサービスを中心とするDeNAと、いま僕が所属している製造業を同じ物差しで比べることにも意味はない。
それでも、一年前に大きな旗を立て、それを掛け声で終わらせず、実際の仕事の中にAIを入れ、業務プロセスそのものを変えてきた。そのスピードには学ぶものがある。
僕が特に面白いと思ったのは、成功した話よりも、うまくいかなかった話だった。
人は、時間が空いても「余らない」
当初は、AIで生産性を上げれば人に余裕が生まれ、その人たちが自然と新しい仕事へ移っていく、と考えていたらしい。
ところが、そうはならなかった。
仕事が速く終わるようになると、人は空いた時間に、
「以前からやりたかったけれど、時間がなくてできなかった仕事」
を入れてしまう。
品質をさらに上げる。
資料をもっと丁寧につくる。
分析を深める。
後回しになっていた改善を行う。
それ自体は悪いことではない。
むしろ、真面目な組織ほどそうなるだろう。
つまり、AIによって生産性が上がっても、人は自然には余らない。
これは非常に重要な発見だと思う。
そこでDeNAは考え方を変えたという。
人が余るのを待つのではなく、人を先に動かす。
既存業務から人を抜き、新しい仕事へ移す。
残された側は、AIを使いながら、その人数で仕事を成立させる方法を考える。
さらに、マネージャーの評価に「人材をどれだけ新しい領域へ送り出したか」を入れることまで検討しているという。
ここまで来ると、これはもうAIツール導入の話ではない。
経営の話であり、組織設計の話であり、人材マネジメントの話である。
Before AIの仕事を速くするだけではない
多くの企業で、AI活用が進んでいる。
議事録をAIに書かせる。
資料をつくらせる。
コードを書かせる。
調査をさせる。
問い合わせ対応を自動化する。
それぞれに効果はある。
ただ、これらの多くはまだ、
Before AIの仕事を、AIを使って効率よく行っている
段階なのではないかと思う。
After AIを本気で考えるなら、もう一段踏み込まなければならない。
「この仕事をAIでどう効率化するか」ではなく、
「そもそも、この仕事は今の形のまま必要なのか」
と考える。
10工程を5工程にするのではなく、10工程そのものを疑う。
人が行っていた作業をAIに置き換えるのではなく、人とAIの役割分担をゼロから組み直す。
そして、そこで生まれた時間、人材、能力を、どこへ再配分するのかを決める。
ここに経営の意思が必要になる。
AIは「余白」を生み出す
僕は、AIの本当の価値の一つは、余白をつくることだと思っている。
時間の余白。
人の余白。
思考の余白。
組織能力の余白。
しかし、余白は放っておけばすぐに埋まる。
会議が増える。
資料が立派になる。
分析が細かくなる。
これまでできなかった仕事を始める。
そうして気がつけば、みんな相変わらず忙しい。
「AIを導入したのに、なぜか忙しさは変わらない」
ということが起きる。
だから重要なのは、AIによって余白を生み出すことだけではない。
その余白を何に使うのかを、意図的に決めることだ。
新しい事業を始めるのか。
顧客と向き合う時間を増やすのか。
研究開発に振り向けるのか。
これまで挑戦できなかったことを始めるのか。
人を育てるのか。
あるいは、単純に人がもっと幸せに働けるようにするのか。
ここには、その企業が何を大切にしているのかが表れる。
AI時代の競争は「AIを使っているか」では決まらない
これから数年もすれば、AIを使って仕事をすること自体は当たり前になるだろう。
そうなると、
「生成AIを導入しています」
「社員の80%がAIを使っています」
といったことは、競争優位ではなくなる。
差がつくのは、その先だ。
AIによって生まれた能力を、何に振り向けたのか。
AIを前提に仕事をどこまでつくり直したのか。
そして、そこで生まれた余白を使って、どんな新しい価値を生み出したのか。
DeNAのこの1年間の取り組みは、その意味でとても興味深いケースだと思う。
もちろん、まだ途中である。
一年前に描いた姿がすべて実現したわけでもない。
だからこそ面白い。
大きな目標を掲げ、実際にやってみて、想定どおりにいかなかったことを認め、そこからやり方を変える。
AI時代に必要なのは、もしかするとこういう経営なのかもしれない。
AIを導入することではない。
AIによって、自分たち自身を変えること。
Before AIの延長線上でAIを使うのか。
それとも、After AIから逆算して、自分たちの仕事や組織をつくり直すのか。
DeNAの1年間を見ながら、僕自身も改めて考えさせられた。
そして、最後に残る問いは、案外シンプルなのだと思う。
AIによって生まれた「余白」を、僕たちは何に使うのだろう。
その答えにこそ、AI時代の企業の未来が表れるのではないだろうか。