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【Book】『素晴らしき数学世界』 - プラットフォームとしての数学

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素晴らしき数学世界

素晴らしき数学世界

  • 作者: アレックス・ベロス、田沢 恭子、対馬 妙、松井 信彦
  • 出版社: 早川書房
  • 発売日: 2012/6/22

2012年7月1日、じつに3年半ぶりに”うるう秒”が挿入された。朝8時59分59秒と9時00分00秒、この間に「8時59分60秒」という1秒が差し込まれたのである。

これは海流や季節風の影響で、世界の標準時として使われている原子時計の時間と、地球の自転に基づいて決められる天文時との間に生じるズレを調整するために行われているそうだ。

ズレると言っても、この53年間でわずか34秒程度の話である。これを修正したいと思うことこそ、世界をより正確に数字で表したいという人間の本能の発露なのではないかと思う。

古来より人類は、世界を数字で表現しようとしてきた。本書はそんな知的冒険家たちが、数を追い求める姿を綴ったものである。なかでユニークなのは、登場人物たちの人選だ。

東京のそろばん教室の塾長、アリゾナの数秘術者、マサチューセッツの名刺折り紙アーティスト、つくば市の昆虫学者、プリーのヒンドゥー教の導師、エセックスの計算尺蒐集家、チェシャーのジャグラー、アトランタの数列蒐集家、ロンドンの元歯科医、ネヴァダのスロットマシン研究家、カリフォルニアの投機家・・・

その多くが、アマチュアの数学愛好家たちなのである。彼らは数学者としてアマチュアであるがゆえに、本来の専門領域である神経学、認知心理学、人類学、宗教学などへも頻繁に話が飛ぶ。だが、その一つ一つがとにかく面白い。

冒頭、パリの言語学者が語る民族数学の話題にいきなり引き込まれる。アマゾン川流域に暮らす先住民族、ムンドゥルクの言葉には時制や複数形、5より大きな数を表す語彙が存在しないという。彼らにとっては、数をかぞえるという発想そのものが、馬鹿げているのだ。その他にも、この近隣では、アララという二つの数詞で数を数えているインディオの部族の存在が確認されている。

アマゾン川流域の話ばかりではない。著者が次に訪れたミズーリでは、12進法愛好家と出会う。彼は10進法を「許し難いまでの先見の明のなさ」によって選ばれた数体系と批判し、自らを10の圧政に立ち向かう虐げられた戦士と位置付けているそうだ。

これらのことから分かるのは、自分たちの認知構造や解釈というものがどのような文化的な前提条件の上に成り立っているかということだ。ムンドゥルクは、数を一本の直線上に並べるというテストにおいて、数字の間隔を始めは大きく取り、数が増えるにつれ次第に小さく取っていったという。これは、定規のような線形尺を想像する、我々の感覚とは大きく異なるものだ。

しかし真に驚くのは、そのような多種多様の民族や嗜好の持主であったとしても、共通項をくくりだして普遍性を見出すことができるということである。たとえ数の認識がどうであれ、加減乗除の法則は揺るがない。数学的な真理が文化やイデオロギーの影響を受けることはないのだ。だからこそ多くの人は、抽象世界の確かさに魅せられてきたのである。

抽象的な空間で思考を転がすことの重要性は、現代社会においても言わずもがなだと思う。昨今、Webサービスの成否の分かれ目は、いかに抽象空間でクリエイティビティやアイディアを発揮できるかにかかっていると言っても過言ではない。FacebookにしてもTwitterにしても、多くの人が自分自身を代入するための方程式をデザインしているに過ぎないと思うのだ。

しかし、本当の意味でサービスが拡大するためには、ユーザー側の立場として具象に落としこんでくれるインフルエンサーの力が必要となる。そしてこの構造は、かつて数学の世界が歩んできた道でもあったのだ。

思えば、数学は長い年月をかけて抽象的になりすぎたのではないかと思う。はじめは、人間を取り巻く環境の意味を理解するためのものであったはずが、リーマンやカントールの登場以降、直観的な認識とのつながりを失い、少数の人々のためのものとなってしまったのだ。

一方で、現実世界との対応が求められる具象の領域は算数と呼ばれ、ややもすると数学より一段低いポジションと見做されてきたかのもしれない。本書で描かれているのも、そんな具象の世界である。しかし彼らは抽象的な世界を具象の世界へと、徹底的にローカライズを繰り返してきたのだ。

その理由は、ただひたすら自分が楽しかったから。そして、その楽しさを伝えたかったから。 そんな偉大なるコミュニケーターたちの事例を、いくつか見てみよう。

マサチューセッツの名刺折り紙アーティストは、名刺を10万枚使い、芸術性の高いメンガーのスポンジをつくり出した。 メンガーのスポンジとは、立方体を27個の同じ大きさのものに分割して、芯の部分に位置する立方体と、もともとの立方体のそれぞれの面の中央に位置する6つの立方体を取り除き、これを延々と繰り返していったようなものだ。彼らが行ったのは、概念の物質化、数学の視覚化ということである。


<名刺で作ったメンガ―のスポンジ>
出典 http://www.theiff.org/oexhibits/paper06.html

また、ロンドンの大学教員は、双曲面をかぎ針編みで構築した。これによって、方程式では表すことのできない双曲面を直観的にとらえることが可能となり、曲面を実際に触ったり感触を確かめたりすることも出来るようになったのである。

<かぎ針編みの双曲面>
出典 http://cabinetmagazine.org/issues/16/crocheting.php

これらのアウトプットの特徴は、まさに「さわれる数学」。抽象世界の概念をより広範に伝えられるという点で、コミュニケーション上の大きな価値があったのだ。

本書には、この他にも沢山の数学ネタが満載なのだが、このようなネタがバズるケースには大きく分けて2つのパターンがあるのではないかと感じた。

一つ目は単調なものの連続なのだが、その規模が圧倒的というパターンだ。例えば、現在πの暗唱で10万桁という世界記録を持つ、東京の原口證。彼のようなπハンターにとって実用性は問題ではないのだそうだ。πは人生を象徴しており、その理由は数字に循環が一切なく何のパターンにも従わないからだ。またπを記憶することは「宇宙信仰」だとも言う。この求道者のような姿は、まるで数のハッカーだ。

また、アトランタの数列蒐集家の話題も外せない。彼は素数の数列に始まり、アフリカで発見された動物の骨に刻まれていた数列、南米の童謡の歌詞に入っている数列から、長らく未解決問題とされているゴールドバッハ予想と呼ばれる数列など、16万ものエントリーを蒐集している。そんな彼が現在、最も熱中しているのがレカマン数列と言われるもの。大量の数列を見てきたおかげで、数に対して自分なりの審美眼が養われたと語る。

人は自分の手にも届くような範疇において、定量的に圧倒されると素直に驚くのである。これは世界的に有名なサッカー選手が、本来のスペシャリティが空間認知力や決定力にあったとしても、子どもたちの前ではリフティングをして拍手喝采を浴びるという行為にも似ている。

もう一つのパターンは、直観に反する真理を発見した時である。パズルなどはその典型であるだろう。本書では、日本のパズル制作者によって世界的にヒットしたのが数独というものが紹介されている。これは、3×3のブロックに区切られた 9×9の正方形の枠内に1〜9までの数字を入れるというシンプルなものである。

<数独の問題例>
出典 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%95%B0%E7%8B%AC

これらの特徴は、まさに直感的に解けると思わせてしまうところだ。しかし多くの場合、直感通りにコトは進まず、やがてはパズルの餌食となってしまう。だからこそパズルは、数学の素晴らしさを伝える手軽な手段になっているのである。例えば数独の場合、計算こそ絡まないが、抽象的な思考、パターンの把握論理による演繹、アルゴリズムの考案を要する、密かな数学なのであるそうだ。

また、活躍しているのはアマチュアばかりではない。プロの数学者たち自身がインフルエンサーとなって、現実世界との関わりを模索したケースもある。フランスの数学者アンリ・ポアンカレは、ランダムな統計学の研究をするために毎日近所のパン屋に通い、測定誤差の分布を研究していたことがあるという。さらに、ロトくじ、カジノや金融市場に乗り込んだ数学者たちの話なども紹介されている。

数学はその抽象性がゆえに、参加感溢れる、良く出来たプラットフォームになっているのだと思う。本書は、そこに身を乗り出した人々の具象を徹底的に描くことで、抽象世界の輪郭を鮮やかに浮かび上がらせている。つまり、算数を用いて数学を語っているのだ。

それにしても、こんな角度から数学を描くことが出来るとは、驚くばかりである。結局、著者も登場人物たちと同類であったということなのか。

多くの人にとって、数学とは過去のものであるだろう。しかし懐かしくもあり、ほろ苦くもあった、あの世界の間口は、こんなにも広かったのだ。待っているのは素晴らしき数学世界、そんな素晴らしき一冊。

(※HONZ 7/1用エントリー
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ピダハン―― 「言語本能」を超える文化と世界観

ピダハン―― 「言語本能」を超える文化と世界観

  • 作者: ダニエル・L・エヴェレット、屋代 通子
  • 出版社: みすず書房
  • 発売日: 2012/3/23

ブラジルの先住民、ピダハンの人々と30年以上に渡ってともに暮らし観察し続けた著者のルポルタージュ。ピダハンとは、まず数がない。そして物を数えたり、計算をしたりということもしない。また、「すべての」とか「それぞれの」「あらゆる」などの数量詞も存在しない。それだけでなく、左右の概念もない、色を表す単語もない、神もいないという、ないない尽くしの民族なのである。レビューはこちら

数に強くなる (岩波新書)

数に強くなる (岩波新書)

  • 作者: 畑村 洋太郎
  • 出版社: 岩波書店
  • 発売日: 2007/2/20

数に強いとは、一体どのようなことを指すのか?「数学に強い」と「数に強い」の違いは何か?そんな抽象世界と具象世界の違いを、分かりやすく解説した名著。

数学的思考の技術 (ベスト新書)

数学的思考の技術 (ベスト新書)

  • 作者: 小島 寛之
  • 出版社: ベストセラーズ
  • 発売日: 2011/2/8

本書によれば、村上春樹の小説には、ある種の数学的思考が存在するそうだ。『1Q84』を位相空間として分析し、ストーリーにトポロジー構造を見出している。

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