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【書評】『盆踊り 乱交の民俗学』:教科書が教えてくれない日本の歴史

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著者: 下川 耿史
作品社 / 単行本 / 240ページ / 2011-08-19
ISBN/EAN: 9784861823381

本書の表題は『盆踊り』。ここだけ見ると、夏ももう終わりだねぇなどと呟きたくもなる。しかし、副題を見落とさないで欲しい。「乱交の民俗学」と書かれてある。さらにオビには「<盆踊り>とは、生娘も人妻も乱舞する”乱交パーティ”だった!」の文字が。これはもはや、只事ではない。

コペルニクス的転回とは、このようなことを指すのだろう。あの夏の風物詩である盆踊りが、歴史的に紐解くと、乱交パーティだったなんて。本書は、それをさまざまな史料を掘り起こしながら再確認しようという試みの一冊である。著者は、風俗史家なる人物。一口に風俗といっても様々な意味があるわけだが、あんな意味やこんな意味の双方をおさえている両刀遣いである。

例えば、あの有名な「ええじゃないか運動」も、性的な要素を多分に孕むという。通常、歴史の授業で教わるような「ええじゃないか運動」の説明はこうなる

日本の江戸時代末期、東海道、畿内を中心に、江戸から四国に広がった社会現象である。天から御礼が降ってくる、これは慶事の前触れだ、という話が広まるとともに、民衆が仮装するなどして囃子言葉の「ええじゃないか」等を連呼しながら集団で町々を巡って熱狂的に踊った。(Wikipediaより引用)

ところが、本書で引用されている史料の手にかかると、下記のようになるのだ。

あの慶応三年の政治的危機が醸し出す異常な社会的雰囲気の中にあって、いとも簡単に、宗教的エクスタシーと、それをかりての性的倒錯の放埒情態の中に、革命的エネルギーを放散せしめてしまったのである。

こんな重要なことを、なんで今まで誰も教えてくれなかったのだろうと、文句の一つも言いたくもなる。

本書によると、その起源は古代まで遡るという。万葉集などにも記述されている「歌垣」というのが、その始まりである。古代の日本では、若い男女が近所の山に登り、歌を交換しあった。そして気が合ったら、見知らぬ者同士でも、その場で性的な関係を結ぶという風習があったのである。歌垣そのものは、現在の出会い系に意味合いの近いものだが、これが見事なまでに歌の部分が省略され、「雑魚寝」といった直截的な乱交へと進化(?)を遂げるのだ。

やがて、これは社会的なものへと広がっていく。その際のエポックとなった人物が、一遍上人である。ひたすら念仏を唱え、激しく体を震わせることによって宗教的エクスタシーに達することを目的とした”踊り念仏”、これが庶民の風流の中に取り入れられて、念仏踊り、盆踊りへと生まれ変わったのである。

さらに盆踊りは江戸時代に一気に花が開き、ご乱痴気は日本全国で同時多発的に起こっていた模様だ。そして、この時代の盆踊りには、特徴的なことがあげられる。関係を秘めたものにするという、新しい形が登場したのだ。秋田県西馬音内の盆踊りに代表される「亡者踊り」などが、その類である。黒い覆面に目穴だけを開けた踊り子が、ズラリと列をなして踊るものであるそうだ。これは実名制から匿名性への移行を意味するわけであり、乱交度合いもいっそう激しさを増したに違いない。

このように著者は、万葉集から各地の風土記までさまざまな史料をもとに、その歴史的な実態を丹念に検証していく。根底にあるのは、既存の民俗学へのアンチテーゼである。性の問題を矮小化してきたことにより、ずいぶんつまらないものとして語り継がれてきたという、憤りにも近い感情があるのだ。

このような盆踊りの性格に終止符が打たれるのは、明治維新のころである。西洋化を国是とする中で、”世界に恥をさらす風習”として、盆踊り禁止令が次々と発令されていくのだ。個人的には、この何気ない禁止令が、後の日本人の性格に大きく影響を与えたような印象を受ける。盆踊りは、決して年がら年中行われていたわけではない。そこには”ハレとケ”という線引きがきちんとなされていたのだ。これをやみくもに禁止してしまったから”ハレとケ”という線引きは、”本音と建前”という線引きに変わらざるを得なかったのではないだろうか。

グローバル化のために行われた盆踊り禁止令。それが、外国人に評判の悪い”本音と建前”というものを生み出し、真のグローバル化を阻害する要因になったとしたら、なんとも皮肉なことである。このように歴史を裏側から見ると、モノの見方もがらりと変わり、様々なことが見えてくる。

ちなみに、本書は作品社の「異端と逸脱の文化史」というシリーズの中の一冊である。本シリーズの中には『マスターべションの歴史』『おなら大全』『うんち大全』『でぶ大全』『お尻とその穴の文化史』『体位の文化史』など、変テコな本が盛りだくさんである。興味のある方は、ぜひご一読を。

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