トランプ大統領の虚と実~嘘も誠心誠意つけば、現実を動かす?

「嘘も誠心誠意つけば、現実を動かす」
なんとも奇妙な命題です。
普通、誠心誠意という言葉は、
正直であること、真実を語ることと結びついています。
ところが、トランプ大統領を見ていると、どうもそうとは限らないようです。
彼は実に堂々と、事実と異なることを口にします。
しかも、ためらいがありません。
まるで、それが絶対的な真実であるかのように。
いったい、これはどういうことなのでしょうか。
どこまでが本当なのか
まず、最近の発言をいくつか拾ってみましょう。
2026年10月、トランプ大統領は、
ブラジルの選挙結果が短時間で判明することを引き合いに出し、
米国のデトロイトやフィラデルフィア、カリフォルニアなどでは、
不正を行うために集計に何週間もかけているという趣旨の主張をしました。
しかし、米国で開票に時間がかかるのは、
郵便投票の処理や州ごとに異なる集計制度などが関係しているためです。
集計に時間がかかること自体は、不正の証拠にはなりません。
この発言は、ファクトチェック機関PolitiFactによって、
最も厳しい虚偽判定を受けています。
同じく10月には、イランの核の脅威について
「4〜6週間かかると言われたが、私は一晩で片づけた」と主張しました。
ところが、軍事施設への攻撃と核開発能力の完全な除去は別問題です。
イランの核の脅威が一晩で消滅したという主張には、十分な裏付けがありません。
9月には、国連総会で、米国には使い切れないほどの弾薬があると豪語しました。
しかし、実際には迎撃ミサイルなどの在庫不足が問題となっており、
補充には長い時間が必要だと指摘されています。
さらに、海上から流入する麻薬の97%を阻止したとも発言しました。
そもそも密輸される麻薬の総量を正確に把握できない以上、
97%という数字を裏付けることは困難です。
それでも、数字は実に具体的です。
数字がどんどん大きくなる
経済についても同じです。
トランプ大統領は、海外などから20兆ドルもの投資を獲得したと主張しました。
日本円にすれば、為替レートにもよりますが、数千兆円という途方もない金額です。
ところが、ホワイトハウス自身が示している投資額でさえ、その半分程度です。
しかも、その中には実施が確定していない計画や、
以前から存在した投資計画も含まれています。
また、米国では歴史上見たことがないほどの
自動車工場が建設されているとも主張しました。
しかし、実際には既存工場の拡張や投資計画の発表も多く、
過去にも米国では数多くの自動車工場が建設されてきました。
食料品などの価格が急速に下がっているという発言もあります。
一部の商品価格が下落することはあっても、
物価全体が急速に下がっているわけではありません。
さらに、米国の貿易赤字を77%削減したと主張したこともあります。
ところが、比較する月を都合よく選んだ数字であり、
2025年の最初の10か月を前年同期と比較した場合、
貿易赤字の減少は約3.9%でした。
77%と3.9%。
ずいぶん違う数字です。
世界一、史上最大、そしてゼロ
トランプ大統領の発言には、特徴的な言葉が頻繁に登場します。
「史上最大」
「世界一」
「前例がない」
「完全に」
そして「ゼロ」です。
例えば、南部国境からの不法入国者は15か月間ゼロだったと主張しました。
確かに不法越境は大幅に減少しています。しかし、ゼロではありません。
バイデン政権時代に2500万人が不法入国したとも発言しましたが、
国境での遭遇件数と実際に入国した人数は異なります。
また、米国は自分の政権になって世界最大の産油国になったとも主張しました。
しかし、米国は第2次トランプ政権の発足以前から世界最大の産油国でした。
処方薬については、
米国民が世界で最も安い価格で購入できるようになったと発言しました。
一部の薬価引き下げ措置は実施されていますが、
米国の処方薬価格が世界最低になったという証拠はありません。
いずれも、現実に一定の成果がある場合でも、
それを「史上最大」「世界一」「完全」と表現することで、
まったく違った印象を与えています。
私は三度、大統領選挙に勝った
そして、もっとも象徴的なのが選挙に関する発言です。
トランプ氏は、2020年の大統領選挙で敗北しました。
これは動かしようのない事実です。
ところが、彼はその後も、自分が選挙に勝ったという主張を続けています。
2026年9月の共和党大会でも、自分は大統領選挙に三度勝ったと発言しました。
2016年、2020年、2024年。
確かに三度立候補していますが、勝利したのは二度です。
選挙結果を覆すような大規模な不正の証拠は確認されていません。
それでも彼は、敗北を認める主張へと転換していません。
ここまでくると、単なる数字の間違いという説明だけでは、なかなか納得できません。
嘘をついているのか、信じているのか
さて、ここで疑問が生じます。
トランプ大統領は、事実と違うと知っていて話しているのでしょうか?
それとも、本当に自分の言っていることを信じているのでしょうか?
本人の頭の中を覗くことはできません。
しかし、注目したいのは、
事実と異なると指摘された後も、同じような主張を繰り返すことです。
例えば、2020年の大統領選挙については、
政権内部からも大規模な不正を裏付ける証拠がないことを伝えられていました。
それでも主張は続きました。
つまり、少なくとも、
単に正しい情報を知らなかったという説明だけでは十分ではありません。
一方、人間には、自分に都合のよい情報を信じ、
不都合な情報を退ける傾向もあります。
そう考えると、
意図的な虚偽と、本人の確信が入り混じっている可能性もあります。
しかし、どちらにしても、結果として起きることは同じです。
事実と異なる発言が社会に広がっていくのです。
誠心誠意という武器
普通の人間なら、嘘をつくときには多少のためらいがあります。
どこかで辻褄が合わなくなるのではないか。。。
証拠を突きつけられたらどうしよう。。。
そんなことを考えます。
ところが、トランプ大統領の発言を見ていると、
そうしたためらいを感じさせない場面があります。
「断言し、繰り返す」
「批判されても引き下がらない」
もちろん、それが意図的な演技なのか、本人の強い確信なのかはわかりません。
しかし、聞いている人間にとっては、そんなことは必ずしも重要ではありません。
人はときとして、話の内容よりも、話している人間の確信に説得されます。
これほど自信満々に言っているのだから、何か根拠があるのでしょう。
これほど何度も言うのだから、本当なのでしょう。
そう思ってしまうことがあります。
真実だから確信を持って語るのではなく、
確信を持って語るから真実らしく聞こえる。
これはあきらかに、順序が逆転しているのです。
嘘が現実を動かす
考えてみれば、言葉には不思議な力があります。
「私は勝った」
たったこれだけの言葉でも、
それを信じる人が何千万人も現れれば、社会は動きます。
実際の選挙結果は変わりません。
しかし、選挙結果を認めない人々が生まれ、
政治家が動き、制度への信頼が揺らぎ、社会に対立が生まれます。
つまり、嘘は事実にはなりませんが、
嘘によって引き起こされた出来事は、紛れもない現実なのです。
ここが面白いところであり、
かつ、恐ろしいと言うべきところです。
嘘を信じる人々
もう一つ重要なのは、聞く側の問題です。
人間は、必ずしも正しい情報だけを求めているわけではありません。
自分が信じたいことを、誰かに力強く語ってほしい。
そんな欲求も持っています。
世の中が悪い。
政治家が悪い。
外国が悪い。
自分たちは不当に扱われている。 などなどです。
そこに現れた人物が、
「そうだ。君たちは正しい。私が取り戻してやる」
と言い切ります。
その言葉がどこまで事実に基づいているかという問題よりも、
自分たちの気持ちを代弁してくれたことに価値を感じる人がいます。
こうなると、事実を指摘しても簡単には覆りません。
なぜなら、問題はもはや事実認識だけではなく、
感情や帰属意識にまで及んでいるからです。
そして、その発言を信じた人々は、
必ずしも嘘を広めているつもりはありません。
本人たちは真実を伝えているつもりなのです。
では、嘘をついた者勝ちなのだろうか?
ここで少々困った問題が生じます。
嘘でも人を動かせます。
人を動かせば社会が変わります。
社会が変われば、その結果は歴史に残ります。
では、嘘をついた者勝ちなのでしょうか。
もちろん、そう単純ではありません。
嘘によって作り出された期待は、いずれ現実と衝突します。
景気が良くなったと言い続けても、
生活が苦しければ人々はそれを感じます。
戦争を終わらせたと言っても、戦闘が続いていれば犠牲者は出ます。
言葉で動かせる現実には限界があります。
しかし、その限界が明らかになるまでに、
政治も経済も社会も、大きく動いてしまうことがあります。
そして、いったん動いた現実は、
発言を訂正したところで簡単には元に戻りません。
嘘も誠心誠意つけば、現実を動かす
どれほど誠心誠意ついた嘘でも、
過去の事実を書き換えることはできません。
負けた選挙が勝った選挙になるわけではありませんし、
存在しない成果が突然生まれるわけでもありません。
しかし、その嘘を信じた人々が動けば、新しい現実が生まれます。
選挙制度への不信が広がります。
政治的な対立が深まります。
外交関係が変化します。
そして、その結果は、
嘘を信じた人だけでなく、信じなかった人にも及びます。
考えてみれば、これほど奇妙なこともありません。
事実ではない言葉が、現実の世界を変えてしまうのです。
「嘘も誠心誠意つけば、現実を動かす」
トランプ大統領の言動から見えてくるのは、
そんな言葉の持つ力と危うさです。
そして、さらに恐ろしいのは、嘘が真実になることではありません。
真実である必要さえなくなってしまうことです。
とすれば、私たちはいったい何を信じるべきでしょうか?
事実でしょうか?
それとも、事実らしく語る人間なのでしょうか?
まあ、ともかく信じたいものを信じればいいのですが、
案外身近なところに、
トランプ的手法を駆使する人物がいることは忘れてはいけないでしょう。
