台風一過
強い台風に襲われると、我が家のベランダは悲惨な状況になる。5階という大した高層階でないにも関わらず、田舎のためか周囲に風を遮るものがない。強風に備えて倒れないようにいくつかの植木鉢を固めておいても、結局は無駄な努力で翌朝は水浸しのサンダルをつっかけながら、植木鉢を立て直すことになる。植物は強いもので、どんなに蹂躙され転がされることになったとしても、陽の当たる方向は認識していて、新たに芽吹こうとしているつぼみはぐいと首を折り曲げてしっかりと上を向いている。
一時は電車が不通になるほどだったが台風一過は蒸し暑い。この「電車が不通」と「台風一過」は、僕が子供の頃長い間誤解していた言い回しの代表である。電車が普通で台風は一家だと思っていた。「普通」ならわざわざニュースで言うことでもないはずだし、台風のオトウチャンとオカアチャンがいるなんてどういうことだ、と真剣に悩んでいた時期があったことを思い出す。正しい理解を得たのはおそらく小学校でもかなりの高学年だった。素直に「電車が止まっている」とか「台風が行ったばかり」とか言ってくれれば、悩むことは無かったのに。
さて電車が復旧すればそれはそれでよいのであるが、どうも気になることがある。電車の車内アナウンスが自分たちを卑下し過ぎているかのように耳に響く。家近くの電車が不通になったのは午前中の限られた時間帯だけで、風が止む頃には順次復旧していった。当日帰宅時であるから、夜も遅い時間帯にその電車に乗った時のアナウンスはこんな感じであった。
「午前中は台風のため電車を運休することとなり、お客様にはご迷惑をおかけし、、、」まあ事実そうだわな。「復旧後もダイヤの乱れが生じ、、、」そうそう簡単にはダイヤを復旧できるわけないじゃない。「、、、深くお詫び申し上げます、、、」台風だったんだから仕方ないよ。誰も車掌さん個人が悪いなんて思っちゃいませんよ。無理に電車を走らせて事故でも起こされたら、こっちがたまらん。安全策をとるのは、鉄道会社として当然のことだよ。「、、、誠に申し訳ございません。」へぇ?旦那、旦那、お手をお上げください。とっくに過ぎた過去を、何でそこまで謝りなさる?
とまあ、ひたすらに不自然なくらい低姿勢なのである。ここまで不自然だと、本当に真面目に謝罪しているのだろうかと勘ぐりたくなる。それともお客様は神様だから、ちょっとでも神様のお気に召さないことをしでかしてしまったら、ただただ恐縮して地面に身を投げ出して許しを請うのだろうか。安全第一の鉄道会社として乗客のためにベストを尽くしたのであれば、そのことを誇っていたっていいじゃないか。お詫びの言葉って、そんなに大安売りするべきではないだろうと思う。現実的には、見かけ上平身低頭しておけばとにかく無難だという判断が働いているのだろうけど。