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ネットベンチャー最前線での事象をアカデミックに捉え直し、オルタナ読者へ思考の刺激を提供します

20世紀を代表する書籍の1つ「ビジョナリー・カンパニー」は、多くのイノベーションを産み出し、卓越した業績を継続的に達成し続ける企業(ビジョナリー・カンパニー)と、それ以外の企業との違いとして、

「ビジョナリー・カンパニーでは、基本理念(Why)の力が比較対象企業よりも、遥かに強い」

という結論を提示しています。

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累計再生回数が1,000万回に迫る、TEDでのサイモン・シネックの講演「Start With Why(邦題:優れたリーダーはどうやって行動を促すか)」は、アップルやライト兄弟といった世界を動かすイノベーションの背景には、圧倒的な「Why(なぜそれに取り組むのか?)」の存在が不可欠であると指摘します。
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翻って、テラモーターズの徳重徹氏や、C2Cのマーケットで日本最大級のビジネスココナラ( http://coconala.com/ )を立ち上げた南章行氏などを始めとするアントレプレナー(起業家)と議論をする中でも、よく話題に上がるのが、このWhyの存在です。

では、本当に突き抜けるために必要なWhyを育むためには、どんな営みを行うべきなのか?

本記事では、この観点について、起業家として日々奮闘するアントレプレナー、及び、大企業の中でプロジェクトリーダーやマネージャーとして活躍するイントラプレナーの意見を交えながら、この点について深堀りします。

本記事の要旨(読了7分):

【1】議論のきっかけ:『Whyによって「手触り感」のある社会を目指そう』という話
【2】Whyの必要性は賛否両論
【3】イントラプレナーはWhyでなくHowからスタートし、WhatとWhyを深堀りする
【4】Whyが無くても商業的に成功することはあるが長期的には続かない
【5】「社会的」かつ「自分的」なWhyを獲得すると突き抜ける
【6】間接的なWhyというのも存在する
【7】Whyを探求するには3つ程有効な方法がある

それでは、本編です。

【1】議論のきっかけ:
『Whyによって「手触り感」のある社会を目指そう』という話

まず、この議論行うきっかけとなった、

現代の日本に生きる自分たちにとって「なぜWhyが重要か?」

という話について、簡単に共有します。
この内容は、前出の徳重氏や南氏を初めとして、多くのアントレプレナー・イントラプレナーとの過去のやり取りの中から整理した内容です。
戦後の日本は、高度経済成長を実現する原動力として、

Why=欧米、特にアメリカに追いつき、追い越す。主に政府が、護送船団方式の産業保護と重点成長分野への投資、税制などで強くこのWhyをサポート。

What=自分の所属する企業のテーマ(What)に注力することで、安定供給される。企業での同僚は、家族であり仲間であり、企業が取り組むことに自分が注力することで、Whatは安定していた。

という2つの要素が固定化・安定化され、個々人は安心してHowに集中し、目の前の課題に取り組むという構造が存在していました。

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しかし、欧米に経済的に追いつくことでWhyが弱まり、企業がリストラやM&A・海外経済の影響による浮沈をする中でWhatがぐらつくようになり、現代の多くの人は、安心してHowだけに取り組めなくなってしまっています。実際、現状では事業好調な企業に勤める多くのサラリーマンも、「今後はどうなっていくのか分からない・・・」という、漠然としたモヤモヤ感、不安感に包まれていることを口にします。

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ですが、これに悲観することはありません。
「自分でWhyを深堀りし、自分でWhatに迷い、Howにトライしながら、試行錯誤して、自分のWhyやWhatを見つけていく」

という営みは、これまで巨大システムに守られ、経済的に世界最高水準に達した現代日本の我々が、次にトライすべき課題です。

そしてそこには、これまでなかった「自前のWhyやWhatを見つける」という、社会に対して手触り感に溢れた経験が待っています。

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この、多くの人が「社会に手触り感を持つ」ための一番の近道は、実際にこのステップを踏襲し、既存の社会の枠組みにないWhy、Whatを自分自身で模索し、突き抜けて成功する存在を多く創り出すことにあります。
前述のテラモーターズ徳重氏がよく指摘する点ですが、アメリカの場合、創業が2005年の新興企業VISIO社が、サムスンやPanasonicなどを抑え、北米での液晶TVシェアNo.1を獲得(2009年)するなど、Whyからスタートした企業が、既存の社会・企業をひっくり返す事例(=イノベーション)に事欠かないからこそ、多くの人が自分でWhyを模索するという循環が起きています。

このような動きを日本でもどんどん加速させ、Whyから初めて、突き抜ける営み、イノベーションを増やしていこうじゃないか、というのが、今回の議論のスタートラインとなった話です。

【2】基本的に賛否両論が渦巻く

さて、今回のWhyの必要性議論、とにかく実に多くの賛否両論が入り乱れました。

先ほどの「Whyと手触り感のある社会」という話を共有すると、実績あるイントラプレナーの間からは、

「率直に言って、Whyはそれほど重要でないという思いを強くしました。」(元戦略系コンサルティング・ファームマネージャー)
「Whyという観点があることが新たな発見でしたが、まだWhyとは何か?がまだ腑に落ちていないところがあります。」(外資系メーカー・マーケティングマネージャ)
という、Whyの必要性や効能について、懐疑的・否定的な声も多く聞こえました。
一方で、
・Whyは、幾度となく遭遇する困難を突き抜けるエネルギーを生む
・突き抜けるためには、Whyによって「応援される」必要がある
・Whyは人の存在や思考に一貫性を与えてくれる
(シンクタンク上級コンサルタント)
など、Whyを持つことが極めて重要であり、それが大前提だという捉え方のアントレプレナー・イントラプレナーの意見も少なからずありました。

なぜこのように、ハイパフォーマー同士の間でも、見解の相違が大きいのか?
そのひとつの原因は、次に挙げる点かもしれません。

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※【今回の議論の様子】1に紹介したコンセプトの紹介風景
※※議論の主催団体のICJについての詳細は、下記URLより

【3】イントラプレナーはWhyが無くてもスタートはできる。だが・・・

イントラプレナーの場合、所属している企業が既に取り組んでいるテーマ(=What)はすでに定義されており、その中で役職と立場によって、企業が保持する資源(人・金・モノ)をコントロールする権限を与えられます。

この場合、「まず何かに取り組む」ときにはWhyではなくHow、つまり「与えられたテーマをどうこなしていくか?」という点に注力することから始まり、Whyの存在は二の次、不必要です

しかし、イントラプレナーの間からは、
「イントラプレナーはWHYからではなく、まずWHATが与えられてそこからWHYを深堀するというのはまさに自分の体験と照らし合わせてもその通りだな、と感じた」(人材系企業経営メンバー)

「Howが人生において先にくるのは必要なステップで、WhyやWhatが後にくるというのが決して悪いことではない。むしろHowという経験があって、WhyやWhatがあるのでは?」(国内企業システム部長)

「Whyは必ずしも最初に生まれる、または気づいているモノではないのかもしれない。  What、Howを実践していく中で省みた時にWhyが整理され、より明確なモノになっていくのかもしれない。」(元Web系企業コンサルタント)
といったように、Howに最初取り組みながら、Whyの深堀りに立ち返るという話が多く聞かれました。

図にすると、こんなイメージでしょうか?

スライド1


自分の目の前のビジネス、商売に注力して仕掛けをするうちに、

「どうやったらそれは売れるのか?」

「どうやったら、自分の顧客に喜んで貰えるのか?」

ということを考えたり、実際にお客さんのリアクションを見ながら

「なるほど、こういうことには、こんな価値があったのか・・・」

というWhyの深まりが起きます

これが徐々に昇華していくことで、Whyが深まり、取り組む意義を見出すことができ、それがWhatやHowに深みを与え、施策のインパクトが高まる。

さらに、あるイントラプレナーが指摘していたのが、こうしたWhyの探求をマネージャとして注力することで、メンバー同士の認識が揃って行き、強いチームが形成されるのではないかという、企業内でのWhyの貢献要素です。
「部下やチームで、上司がWhyやWhatを導けるようにマネジメントスタイルを変化させれば、とても強いチームが作れるのでは?」(国内系企業システム部長)
このように、企業内で日々課題に取り組むイントラプレナーにとって、何かを手がけるスタートとしてWhyは必要ないけれども、事業を育て上げ、企業・チームを強固にしていくためには、Whyは重要な意味を果たします。

「Whyは必要なのか?」

と問われたとき、イントラプレナーの回答は、

(スタートには)Whyは必要ない

(継続・強化のためには)Whyが役立つことは間違いない

となるのかもしれません。
ここで、別の疑問が出てきます。

【4】Whyにプラスの側面があるのは認めるが、Whyがなければ商業的に成功しないのか?

個人的な経験から言えば、必ずしもWhyがそれほど深くなくても、イントラの場合はビジネスとして成功するケースは、ザラにあります。適切な人材を当てて、メディアを正しく使い、オペレーションを万全にすれば、そこそこの商材であっても、そこそこのWhyであっても、ビジネスとしての成功はあります。

今回の議論でもあったのは「GREEやDeNAにWhyはあるの?」という点。こうしたトレンドに載って急成長するマーケットには、Whyなどは別になく、やったことがたまたま当たった。だから、手数を色々と試して、その中であたるものを発掘していけば、Whyなんて大して重要じゃないのではないか?という仮説です。

これに対する答えは、明確にNOです。

ビジネスが伸張する、伸びるときの大前提は、そのときの時勢にのっているかどうか。
この流れは、短期的に大きなうねりとなって、市場に次々と吹き荒れます。この流れに乗ると、有無をいわさずビジネスは伸張します。

例えば、ここ数年のモバイル関連のマーケットは急速に拡大しており、マーケットサイズが2倍・3倍と拡大するため、そこに参加しているだけで、多くの企業の売上は急伸しました。
1〜2年の短期的成功だけを見込むなら、こうしたアプローチもあり得ます。

ですが、問題は時勢の流れが変わったタイミング。こういうタイミングで、Whyがない会社は非常に脆く、崩壊する。そして、そのときに虚しさしか残らない、というのが実感値です。

言い換えれば、Whyなき取り組みは、人生に積み上げをもたらさない

ということでしょうか。
「Whyは人の存在や思考に一貫性を与えてくれるということ。これは自分がテーマとしていることで、ディスカッションさせていただいた方の多くは自覚があるにせよないにせよ、それを実行している方たちだなぁと思いました。」(人材系企業社員)
時勢に根ざしたビジネス構築は、言い換えれば時勢の奴隷のようなもの。主人である時勢が違う方向を向けば、それまで自分が注力してきたこと、自分の人的なつながり、自分の優先順位付け、すべてをそこに従属的に変えなければならなくなります。

【5】Whyは社会的でなければならないのか?

次に出てきた論点は、これです。

幼いころから、これをやりだしたら止まらない」「これさえできれば楽しくて仕方ない」という要素は、誰にでもあります。

これをそのままWhyにしちゃいけないの?世の中の人に共感してもらえるようなもの、他の人のためになるような「社会的なWhy」でなければ、Whyはダメなの?

というのが、この論点です。
「Whyを掘り下げると根源的欲求に近づいていってしまう」(敎育系ベンチャー代表)
これは、大いに共感するコメント。

アメリカの著名な心理学者であるミハエル・チクセントミハイが提唱する「フロー理論」の中でも、個人が没頭できる仕事こそ、最大の成長と成果をもたらす、という指摘があります。

では、この個人としての充足があれば、Whyは必ずしも社会的なものでなくてもいいのでしょうか?

そんな話を、イベント後に、日本最大のC2Cコミュニティである「ココナラ」(http://coconala.com/)の創業者である南章行さんと議論していたら、
Whyを「自分のあり方」と「社会のあり方」の両方を矛盾なく関連するかたちで持った段階で、初めて少し突き抜ける感じがする
という指摘がありました。

なるほど、この「突き抜ける感じ」は、個人的にはまだまだ実感したことがないため、そういうものだろうなあ・・・としか言えないのですが、ここに大きなヒントがありそうだと、直観的に思います。
・実はWhyはエゴの上に成り立っている(結局は自分が幸せになるため)
・Whyには自分の中だけの深淵なWhyと、自分以外に表現できるWhyがある。
・自分以外に表現できるWhyは、エゴに基づいた自分の中だけのWhyが、社会に受けいられる形で調整されたもの
(シンクタンク上級コンサルタント)
というコメントにも、同じ思想が反映されているかと思います。

こう考えると、「Whyと自分のあり方との合致度」「Whyと社会のあり方との合致度」には、次の図のような関係があるかもしれません。

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理屈でいうと、

【自分のやりたいことをWhyとする】
何時間でも何日でも、没頭して集中して、それに取り組むことそのものが楽しいことを続けるのが、最もパフォーマンスが上がるし、最も成長をもたらすし、その取り組みそのものが幸福である(フロー理論より)。

【社会の求めることをWhyとする】
自分が直接知らない多くの人の共感を得ることができ、自分だけではどうしようもない資源や才能を集めることができ、多くの人が社会に対して貢献できる、エネルギーのうねりをもたらすことができる。

という2つの要素が合致することで、とてつもないパワーが生まれるのかもしれません。

そして、それ以上に「このWhyの接点を突き詰める事で、自分と社会とが本当の意味でリンクする」というところに、何か本質的な意義があるようにも思えます。

そういう意味ではひょっとしたら、「ビジネスでの成功」「プロジェクトの長期的成功」を追い求めるのが入り口となり、

・そのためのHowを考えて手を動かす
・そのためのWhatを見つめなおす
・そのためのWhyをつきつめる

という逆流によって、自分と社会が本質的に繋がるということがもたらされるのかもしれません。
「自分に嘘をつかず、本当の自分を開示し、自分との対話を行うため(結局は自分との戦い) 」(シンクタンク上級コンサルタント)
といったコメントも、そうした点を指摘しています。

【6】WhyとWhat・Howの関係は直接的とは限らない

そして、忘れずにおきたいのが、このポイントです。自分が根源的に持っているWhyは、それが直接的に自分の取り組むWhatやHowといった行動につながっていなくても、間接的に自分のWhyを具体化する人たちへのサポートという形もありえるという観点です。

「他の方の話を聞いていて、WhyをWhat・Howへ転換させる方法って、必ずしもダイレクト・直接的ではないのだなと思いました」(サービス系企業マネージャー)


「Whyのテーマが大きいなか、自分が弁護士としてやれることは限られている。一方で、リスクをとってチャレンジするアントレがいる。自分が弁護士としてそうした人たちをサポートすることで結果的にwhyに直結できるんじゃないかと気づきました。」(弁護士)


「ディスカッションを通じて(Why/What/Howの)ツリーには複数の形があるのかな、という印象を持ちました。具体的には、多くの人を巻き込んで行く大木を育てたい人、誰かの大木の枝になりたい人、とかね。」(ベンチャーキャピタリスト)

自分が取り組んでいることで、自分のWhyが実現できるのか?自分が今やっている仕事は、本当に自分がやりたいことではないのではないか?と疑問を抱いたり、モヤモヤしたりしているなら、この観点を思い出してみるのも、いいかもしれません。

直接のWhyの推進者となるだけではなく、上記のように、例えば起業家を応援するベンチャーキャピタリスト、法律面という専門性で他者をサポートする弁護士など、自分が推進したいWhyを、間接的にサポートするという方法も、あるのではないでしょうか。

【7】具体的には、どうやってWhyを深めていくのか?

では、具体的にどうやってWhyを深めていけばいいか。その答えの1つは、先ほどから挙がっている「How・What・Whyの繰り返し」にあります。

「本気で何かにチャレンジすると何らかの矛盾や課題に気づきやすくなり、そこで初めて新たなWhyが生まれてきたり、もともと持っていたWhyがより「太く」なったりするもの」(ベンチャー経営者)

「Whyを持っている人に出会ったり、問いが投げられる機会があることは、きっかけになる可能性はあるけれど、もっと地道な、小さな(上記の)ループを回しながら、幹を太くしていくんじゃないかなぁという気がする」(ベンチャー経営者)

「Whyは探し続けることで、いつか見つかる。という話が印象的でした」(海外人材系企業マネージャー)
というコメントにもある通り、スタートがどこからであるかというのは問題ではなく、何度も何度も、How・What・Whyをグルグルと繰り返しチャレンジし、そこで本気で踏み込み続けることで、Whyが深まる、つまり、先ほどの「自分と社会のWhyが繋がる」瞬間になるのかもしれません。

さらに、今回の議論では、上記のような繰り返し目の前の仕事にアプローチする以外に、以下の3つの方法が、「Whyを深める方法」として挙げられていました。

【方法1】Whyをドキュメントなどにまとめてみる
【方法2】他の人とWhyを語り合う
【方法3】Whyに忠実そうなWhatやHowを試せる実験場を持つ

1つ1つを、簡単にご紹介します。

【方法1】Whyをドキュメントにする

この方法は、最も手軽な反面、賛否両論の指摘がありました。
「人は気が進まない、よくわからないことにはWhyを求め、論理的に納得感を作り動く。個人視点で見ると、Whyを作るというのは、協力してもらえる人への説得力を持った何かを作るということであると思う。ただし、非常に言語化しにくいがゆえに、言葉にすると嘘っぽくなってしまうことは多々ある。 」(銀行勤務・非営利コミュニティ運営者)

「夢中に取り組んでいるときにはWhyは言語化される必要は無く、何かを成し遂げた後に後付けで論理的に整理される場合も多いのではないか。言葉で説明してしまうと、とたんにつまらないものに感じてしまう側面もある。説明不可能なものはどこか魅力的に感じる。その一方で、今回のイベントで自分のWhyを言語化することで自分自身の思考の整理をすることもできた。」(ゲームメーカー勤務)
といった指摘があるように、言葉にすると、メリットも数多くある反面、その言葉の定義に自分が引っ張られてしまい、自分のWhyが歪められてしまう・自己暗示にかかってしまうリスクもあります。


【方法2】他の人とWhyを語り合う

方法1を補完する意味でも、「他の人とWhyを語り合う」という方法は強力です。
「(他の人達とWhy・Whatを紹介し合うことで)自分のWHYを整理することができた」(大手電機メーカー勤務)
というように、人に対してWhyを語ってみると、自分でしっくりこない内容は、話したときの感覚や、他の人の反応からも感じることができます。

また、自分だけの思い込みや、過小評価していたことが、他の人からのフィードバックでガラッと変わることもあります。
「ダイアローグを通じ、他の3人のメンバーからは、「Whyはできているよ!」と言われ、自己認識と他者から見える自分のギャップに驚きました。自分ではいつも自信がなく、人には何も与えられないと思っていましたが、何となくですが、自分らしさを見つけられた気がします。私は私でいいんだと思い、血が通った感じになりました。」(広告代理店勤務)
【方法3】Whyを忠実に試せる場をつくる

これは、特にイントラプレナーの多くが実際に取り組んでいる方法です。
例えば、自分は敎育と全く関係ない仕事をしているが、敎育について課題意識が高まりつつある。

そんなときに役立つのが、例えば高校生・中学生への敎育をテーマとしたパートタイムNPOへの参加。

普段とは違ったHowやWhatを試すことができ、自分にとってのWhyを色々と模索することができる場を持つことによって、そのWhyの幹を、より多角的に深めることができます。

以上、いかがでしたでしょうか。

あなたが現在取り組んでいるHowやWhatには、突き抜けることのできるWhyは存在していますか?

それでは

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yasuyasu1976

石井先生の話を聞いて来ました。

一言で言えば、

「過去と未来へ”手触り感”を持つことができれば、”過去ー現在ー未来”は一体化し、それを基盤として、ブレない視座と軸を獲得することができる」

という気付きを初めとして、多くの刺激を受けた時間でした。

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そこで、この記事では、そんな石井先生への感謝の気持ちを込め、先生が伝えてくれたことだけでなく、それを受けて、自分が考えた仮説や、自分の観点からのインプットを表現したいと思います。

今回の要旨です:

1.表現には「ログを残し、過去と未来のつなぐ」力がある
2.表現には「人と人の脳をつなげ、圧倒的創造性を発揮させる」力がある
3.表現には「個人の思考を深化させ、高い創造性へ結びつける」力がある
4.MITメディア・ラボの「表現」に対する深遠な姿勢
5.過去と未来への手触り感を持つための処方箋
6.石井先生への3つの質問

それでは、本編です。

1.表現には「ログを残し、過去と未来のつなぐ」力がある

過去と現在が繋がるという感覚は、テクノロジーの進化によって、急速に深まっている。
表現され、ログが残っている過去の人達は、そのアーカイブ力によって、過去と現在を行き来している。

例えば、ツイッターのBOTによる名言で自分が様々な思考の刺激を受けることで、現在の思考や思想、自分が切り開いた観点が、後世の人たちに影響を与えることを実感できる。

例えば、石井先生がセミナー中に紹介した、石井先生の母上の詩をBOTにしたものによって、いつでも過去の肉親の考え、自分のベースとなる人の影響を、心に刻むことができる。

個人が表現することが容易になり、過去のことを頻度高くリマインドするのが容易になることで、「過去は分断された想い出ではなく、現在とつながっている。」「未来から見れば、現在は分断されるのではなく、つながる。」ということを、実感することができるようになる。

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これは、生きていく上での「過去」に対する実感を、大きく覆す観点。

アメリカの著名な心理学者チクセントミハイが「フロー理論」の中で紹介しているように、「自分が何かをすれば、それによって対象物に変化を与えることができる」という実感、「自己統制感」があることで、その対象物が自分ごととなり、本能的に取り組むことができるようになる。

そして、過去に対する実感をテクノロジーによって大きく変化させられた我々は、未来は僕らにとって、自己統制感の対象であり、影響を与えることができる対象であり、つまりは、自分ごとであり、自分と一体になる、ということに気付かされる。

こうして、「過去ー現在ー未来」の3つの要素は一体化し、その全てが自分ごとになることで、僕らは実感値として「過去ー現在ー未来」が一体化したものを、自分が考える上での判断の軸であり、視座を持つ基盤として考えるようになる。

これは、左脳的に頭で考えてそうなるものではなく、感覚的に、手触りを以って初めて得られるものだ。だから、実際にBotを使って頻度を高めたり、未来に向けて物事を考え、それが残るような営みを行い、未来へのログを自ら遺すことで、初めて実感値になっていく。

過去の偉人の多くが、伝記を記したのも、この視座が強かったかもしれない。

現代においては、例えば石井先生は、こうしたセミナーにて後進に丁寧に情報を提供し、惜しみなく終わったあとの時間で名刺交換し、ツイッターで丁寧にリアクションすることで、こうした感覚を得ているのかもしれない。

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2.表現には「人と人の脳をつなげ、圧倒的創造性を発揮させる」力がある

表現の2つ目の価値は、他の人の脳みそとの連動、即時の情報交換による刺激と、そこで精製されていく圧倒的なアイデアであり、互いの成長だ。

これをするには先ず、自分の意見と、相手の意見の研ぎ澄まされた独自性が大切になる。グループジニアスのキース・ソーヤなども指摘しているように、個人の意見、それまで積み重ねてきた視座が価値を発揮するためには、

「まず、互いに相手に影響されずに、自分の持っているものを出し切る

という点が重要。例えば、場の空気を呼んだり、ちょっとやそっとのビビッドなアイデアなどに触れて、コロッと変えてしまうような視座では、そもそも互いの相互作用を活かす、活発な議論で貢献をすることができない。

この状況を石井先生は「徹底議論」と位置づけているが、徹底議論を成立させる大前提は、この「日々研鑽し、磨き上げた視座」に他ならない。

(そして、その視座を厚みのあるもの、しっかりとしたものにしてくれるのが、前出の「過去ー現在ー未来」が一体になったものを基盤とする、ブレない、揺るがない一体感となる。)

こうした軸がしっかりしていることを前提としたとき、もう一つ「徹底議論」を起こすために重要な要素として「即時性・同時性」が挙げられる。

思考は、互いの脳みそがシンクロし、互いに0.5秒レベルで意見を交換しあうことで、まるでグリッド・コンピューティングを、異星のシステム同士で行うようなすごいシステムに進化する。
だからこそ理想は、言語ではなく表情などもセットになり、視覚・聴覚・触覚・嗅覚までもを総動員した、リアルな場での「徹底議論」となる。

そして、物理的な制約がある中で、これに近い状況を再現するのが、ツイッターによる即時のアイデア表出と、そこに対する即時リターンとなる。

(と、ここまで書いてみると、石井先生がツイッター馬鹿である理由に、妙に共感してくる)

3.表現には「個人の思考を深化させ、高い創造性へ結びつける」力がある

そして、表現の持つ3つ目の力が、そもそもその表現を行う中で、自分の脳内で高い学習が起き、散発的だった思考の種同士が統合され、新たな発見となる点にある。表現のプロセスこそが、思考のプロセスであり、創造のプロセスなのだ。

例えば、このブログ記事を制作していく中で、断片的にメモをした20〜30のポイントを構造化しようとすると、初期的な論理矛盾や、掛けあわせて考えると深みを増す内容などが、ポンポンと出てくる。
その内容を、誰がターゲットで、どんな風にしたら理解してもらえて、それによってこんな変化をもたらしたい、などとイメージしながら書き進めると、どんどん思考が再統合・再解釈・最想像、というステップを踏んでいく。

これは、表現手法を変化させると、表現による思考のタイプも異なってくる。

例えば、ツイッターによる表現の場合であれば、140字で伝える(正確には、リアクション余裕を考えて、110字くらいが適正)ために、何をそぎ落として、何を相手のメタファ・アフォーダンスに頼るのかを想定する。瞬間の反応を期待した、思考の急速パッケージングを行う。

例えば、フェイスブックでのシェアであれば、それを画像としてまとめたり、インフォグラフのように、映像的・絵画的に変化する。特定の相手を想定・コントロールできるフェイスブック上のシェアでは、ツイッターとは違った、複雑な特定前提や文脈を前提とすることを表出する。

4.MITメディア・ラボの「表現」に対する深遠な姿勢

以上のように、表現するということには、

・「過去ー現在ー未来」を感覚として一体化させてくれる力
・現代の他の人との脳を直接コネクトし、圧倒的な創造性を発揮してくれる力
・思考を深め、断片を統合し、脳の力を最大限発揮してくれる力

という、3つの素晴らしい力がある。

そして、その力は、個人の能力を最大限に発揮させ、多くの人同士のインタラクションによってさらにその創造性を高め、それが「過去−現在ー未来」という大きな「一体」に対して貢献し、続いていくという充実感を与えてくれる。

この「表現すること」の持つ深淵なる力について、表現をテーマとしているMITメディア・ラボの石井教授が語ることへの、圧倒的な腑に落ち感を感じることができた。

5.過去と未来への手触り感を持つための処方箋

というわけで、この「表現の力」に基づく世界観に自分も貢献するために、以下のことに取り組んでみてはどうだろうか?

■「過去ー現在ー未来」とつながる
・まずはBOTのフォローによって、過去とのつながりを感じてみよう。
てっとり早いのは、石井先生のフォローしているBOT達を、下記URLより自分で探しだしてフォローしてみるという手。

https://twitter.com/ishii_mit/following

・自分の両親や祖父・祖母が残した表現を、日記などから集めてみよう。
それから、自分の両親へ「大切にしてきた価値観」「自分ががんばってきたこと」
「人生でいつもわりと役にたった2〜3のこと」といった観点で、話を聞いて、書き留めてみよう

・未来に向けた預言を、日々の表現の中で心がけてみよう。例えば100年先、例えば10年先に自分を置いたとき、そこから見える現代をイメージし、何がこれから起きるのか、どのような方向に物事を動かしていくといいかを、稚拙で構わないから、表現してみよう

・未来がどうなるか?という観点で、友人や知り合いと語り合ってみよう

■他の人の脳みそと連動してみよう

・他の人と、徹底的に議論をしてみよう。ただし、この議論は最初から深いものにするのは難しい。これまでそういった営みをあまりしてこなかった場合は、尚更そうだ。なので、焦らず、毎週一回、4人程の固定メンバーで集まり、2時間程度、深い話をし続けてみよう。その中で、自分の視座を形づくりつづけ、徐々に深い話し合いに入り、互いの脳が相互作用する感覚を身につけ、どんどん場に真剣に、楽しく潜り込んでいってみよう。

・日々の会話の中で、仕事の場面で、研究の場面で、自分の軸をぶらさず、自信を以って表現し、それを伝えきった上で、他の意見との相互作用、他の脳との相互作用を楽しめるようになろう。

・思ったことを、常に軸を持ちながら、ツイッターで即座に公開しよう。シリアスな場面、守秘性の高い切迫した場面こそ、自らの思考が高まっている瞬間なので、そこを逃さず、賢く即時につぶやいてみよう。

■表現する側に回り、様々な方法での表現を試みよう

・人によって表現方法には向き・不向きがあることがトーマス・アームストロングらの研究でも分かっている。なので、様々な表現方法を試し、自分の脳が最も活性化し、自分が最も心地よく発信ができる方法を模索してみよう。

・例えば、石井教授が紹介していたのが、詩人の和合亮一さん (@wago2828) の速射砲。これは、詩という表現形態×ツイッター、という新たな表現方法。こうした取り組みを作っていくことで、施工方法そのものも新しくなり、新たなものが生み出されることとなる。

・表現の方法には、ツイッターのように即時性を重視するものもあれば、ブログ記事、あるいは書籍出版など、じっくりと熟考に適したものもある。さらに、それは文字だけに限らず、他の人へ語ってみる場面を日々の会話の中でトライする、何かのイベントを自分で企画したり参加したりして、そこでの口頭の発表を試す。さらには、音楽や粘度制作・絵画などなど、枚挙にいとまがない。

6.石井先生への3つの質問

さて、最後は、今回の記事のストーリーとは別に、石井先生へお聞きしてみたい3つの質問を、その質問背景も含めて3つ、提示しました。こういったインプットは、わざわざ日本に戻られ、時間を割いてお話いただいた石井先生への、せめてものお返しだという気持ちをこめて、お聞きしたいと思います。

質問1:何年先の未来が視座の範囲ですか?

未来は、何年後までの未来を視座として持つかによって、世界観が変わるかと思います。100年先なのか、それとも1000年先なのか。そのどのレベルまでを考えるべきか、考えるのかは、個人の価値観にも拠るかと思います。

その上で、個人的には、自分たちの世代は、少なくとも自分たちの所業によって発生させた変化のうち、物理的に不可逆性の高い影響をおよぼす世代のことまでは視座に含める必要があると考えます。おそらく、古代に比べて僕らが進化した一つのポイントは、自分たちが何をしたら、何年後まで影響が残るのかを、かなり正確に推定できるようになった点。

なので、原子力を始めとした環境に関する課題を考える際は、その所業によって、どれだけの未来を一体化して考えなければいけないか、その覚悟と責任感が問われているのかとも感じました。

石井先生は、この「一体感を持つ未来の範囲」について、どのような視座をお持ちですか?

質問2:「飢餓感」というパラメータの持つ意味合いとは?

ツイッターでも触れましたが、「飢餓感」は、ナリでいくと以下のような無限ループを辿る気がします。

「飢餓感の高い状況(例 戦後日本)」→「経済発展」→「豊か」→「飢餓感の欠如」→「衰退」→「飢餓感の高い状況」・・・

そして、特に日本はこの「飢餓感の欠如」のステップに来ていて、漠然とした不安や、没落への危機感があるからこそ、石井先生の「造山力」「道程力」「出る杭力」といったものが、日本での講演や、ツイッターでの反応で特に大きいのかな、とも思います。

ですが、この「飢餓感」は、果たして経済面とだけリンクし、過去→現在→未来の流れの中で、安定振動系のように揺り戻していくだけのものなのでしょうか?

個人的には、これは「過去ー現在ー未来」という一体感の中で、飢餓感が相棒とするテーマが変化していくものなのではないかと感じています。

古代であれば「生存そのものに対する飢餓感」、中世〜現代であれば「豊かな暮らしに対する飢餓感」、そして、これからしばらくは「自分たちの存在意義に対する飢餓感」なのではないのかな、と考えています。

先生は、この点、どうお考えですか?

昨日のお話から察するに、「飢餓感」やその他の要素よりも、「如何に、”過去ー現在ー未来”の一体感の中で、自分が受け持っているわずかなこの時間の中で、どうやったら完全燃焼しやすくなるのか?」を重視していらっしゃるようにも思えました。

質問3:現在というスナップショットの中で、自分が一体と捉える範囲はどこまでか?

昨日のセミナーの中でも、ちょいちょい、先生や参加者の方々の中から「日本をどうするか?」「日本人をどうするか?」という暗黙の前提でのやり取りが多かったように思います。ですが、100年後の未来、1000年後の未来を考えると、個人的直感としては地域の壁がどんどん壊れていき、日本という括りだけで物事を考える意味合いが薄れてしまっていくような気もします。
さらに言えば、「過去ー現在−未来」の中で、現代ならばまだ「過去」は、物理的日本の中に制約しても十分自分のルーツとしての大半をカバーしている感覚がありますが、100年先になったら、もはや日本に住んでいる人が、日本だけをルーツとして捉える世界観では無くなっている気がします。

こうすると「過去ー現在ー未来」を一体として捉えようとした場合、先生の感覚の中で「現在」に含まれるのは、どこまでの範囲でしょうか?

最後に、心より、今回のような刺激溢れる機会を下さった石井教授、そして、今回の会を主催してくださった株式会社リクルートマーケティングパートナーズ(http://www.recruit-mp.co.jp/)のみなさま、ありがとうございました。

それでは

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▼関連記事

『スタートアップの本当の魅力を教えてくれる「コンストラクティビズム」とは?』

・・・MITやタフツ大学での研究者との対話の中で、表現すること・何かをつくることが、最大の学習に結びつくというテーマについてご紹介した記事です。

http://blogs.itmedia.co.jp/yasuyasu1976/2012/05/post-7b68.html

『「フロー体験」理論のあまりの凄さに戸惑いを隠せない』

・・・今回の記事でも触れた、ミハエル・チクセントミハイの提唱する「フロー理論」に関する記事です。はてなブックマーク2300獲得(AlternativeBlog全体で歴代一位)の、大ヒット記事です。

http://blogs.itmedia.co.jp/yasuyasu1976/2011/11/post-66a9.html

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最近、身の回りの30代ビジネスマンの友人たちの多くが、驚くほどベトナム、インドネシア、フィリピンといった東南アジアの国々に関心を寄せ、アクションを起こしている。

フェイスブック上には、こうした国々で新しいビジネスの立ち上げを模索している人も多く、所属する企業の仕事として駐在したり、自分で起業を行なっていたりと、身近なところで、グイグイと「東南アジアシフト」が始まっている。

こうした「東南アジアシフト」だが、たまたまの自分の環境や、縁の無さによっては、このシフトに乗り遅れてしまい、後で取り返しのつかない後悔をする恐れがある。

今回は、こうした「東南アジアシフト」に乗り遅れてしまう原因が、フロー理論における「難易度調整」の失敗にあることを紹介し、その対処方法を提示する。

というわけで、記事の要旨は以下のとおり。

1:何故「東南アジアシフト」が急速に起きているのか?

2:フロー理論の「難易度調整」に失敗すると、東南アジアは縁遠い

3:状況別の「適切な難易度」の選択肢紹介

それでは、本編へ:

1:何故「東南アジアシフト」が急速に起きているのか?

30代ビジネスマンの間では、かなり常識になりつつ話だが、なぜ「東南アジア」が魅力的なのかをおさらいすると、以下の3つのポイントが挙げられる。

・平均年齢が日本より20歳若い成長市場:

下の表で分かる通り、これらの国々は、日本より遥かに高い成長率を維持しているのに加え、国民の平均年齢が、20歳近くも若い。消費行動が盛んで、労働力にも事欠かないことから、日本では頭打ちになっている様々な分野で、市場の成長が見込める。

Keizaiseicho

・物価が安い:
少ない手持ち資金で、日本よりも手軽にビジネス立ち上げが可能。100万円の手元資金があれば、日本で1000万円程度の初期費用がかかるビジネスにも着手できる。
・日本に対する高いリスペクト:
これらの国々の多くは、第二次世界大戦の敗戦から復興し、アジアの中で急成長を遂げ、先進国であり技術大国である日本に対し、とても高いリスペクトを持ってくれている。そのため、民間企業だけでなく、各国政府も、日本からのビジネス進出に好意的で、日本企業であれば、規模が小さくても優遇され、信頼される。

Koukando

こうしたことから、市場が飽和し、似たような相手と競争をしなければならない日本国内に留まるのではなく、ベトナム・インドネシア・フィリピンなどに進出し、チャンスをモノにしようという動きが、企業レベルでも、個人レベルでも、にわかに活発になってきている。

2:フロー理論の「難易度調整」に失敗すると、東南アジアは縁遠い

一方で、これほど成長著しく、魅力溢れる東南アジアが身近にあるにも関わらず、何か「東南アジアは、自分とは無縁だ」と感じてしまうのには、「難易度調整」の失敗が原因として挙げられる。

この「難易度調整」とは、アメリカの著名な心理学者ミハエル・チクセントミハイが提唱する「フロー理論」において、

『自分にとって、難しすぎず、易しすぎない、適度な難しさにチャレンジするときにこそ、人は高い集中状態(=フロー状態)になり、取り組みを加速することができる』

というものだ。

東南アジアを紹介する記事の多くは、先見性が高く、いちはやく東南アジアに仕掛けをしているような企業の紹介で溢れていたり、20代の早い段階からこうした国々で企業したりと、華々しいチャレンジや成功例となっている。

こうした記事に紹介された内容は、30代になると人によって極めて難易度が高いものとなり、「難易度調整」の観点からすると「難しすぎて、真剣に取り組むことを諦めてしまう」テーマになってしまう。

そこでオススメするのが、下記のメニューのように「人脈」「専門性」「家族の理解」の3つの項目について、自分の状況と照らしあわせて、適切な難易度の選択肢を選ぶという方法だ。

20130122_75410_2

3:状況別の「適切な難易度」の選択肢紹介
では、具体的にこれらそれぞれの選択肢には、どのようなものがあるか、いくつかオススメの実例を紹介しよう。ここで紹介する選択肢は、いずれも

高いビジネススキルに裏打ちされていて、取り組みが成果に結びつく下地がある

・東南アジア現地でのコネクションや、活動実績が1年以上ある

・コンセプトが明確で、ソーシャルメディア上で感度の高い人の支持を得ている

といった条件を満たしている。

■「東南アジアシフト」の転職先としてオススメの2社

テラモーターズ:
NHKスペシャルでも取り上げられた、東南アジアに進出する日本のベンチャーの雄。電気バイクが主力製品であり、創業3年目ながら、既に国内ではトップシェアを誇る。
創業者で代表の徳重徹氏は、シリコンバレーでの経験も豊富で、主要株主には出井伸之 (ソニー㈱元会長)、山元賢治 (Apple Japan元代表取締役)、辻野晃一郎 (Google Japan元代表取締役社長)など、錚々たる面々が揃う。非常にベンチャースピリットを大事にする社風であり、社員一人ひとりの職責が極めて大きいのが特徴。

▼テラモーターズの採用ページ

 

クロス・フィールズ:
マッキンゼー・アンド・カンパニー出身の小沼大地氏が代表を勤めており、NPOという形態ながら、ビジネス面での成功を見据える。同社の「留職」という営みは、国内の大手企業に対して、社員を東南アジアなどの地域にNPO支援として送り込み、そこでの成長を促すという、新しい形態の社員研修サービスであり、既にソニーパナソニック・テルモ・ベネッセ・NEC・日立製作所など大手が導入を続々と決めている。
このクロス・フィールズは、転職し、活躍する場としてオススメである。

▼クロス・フィールズの採用ページ

 

 

■「東南アジアシフト」へ日本国内から参加できるプログラム

ハバタク「XIPプログラム」:ハバタク社は、IBMの戦略コンサルティング部隊出身者3名が設立した、敎育とアジアへの仕掛けをメイン事業としたベンチャー。
オススメするのは、同社が今年から展開している「和橋プロジェクト」の一環である、ベトナムのベンチャー企業の成長を、日本にいながら支援するという内容のプログラム。
同社は、ベトナムに支社を持っており、現地企業89社から選定した、成長性と社会性を兼ね備えた現地企業2社への支援を目的としてこのプログラムを推進しており、高いレベルでのビジネス展開に、国内からサポーターとして参加することができる。

▼同社プログラムXIPのエントリーページ(2月2日キックオフ:「Co-Creation Partner」としてのエントリーが、上記に該当)

いかがでしたでしょうか?

もしもまだ、東南アジアに対して具体的なアクションを取る機会が無くて、だけど何かウズウズするものがもしあれば、上記のような機会にチャレンジしてみてはどうでしょうか。

それでは

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yasuyasu1976

「あの人の話はいつも、何がいいたいかよく分からない・・・」
「途中まで辛抱強く聞くんだけれど、ようやく最後まで聞いて、なんとか意味が分かる」
「なんだかわからないが、とにかく話を聞いているだけで疲れる」

こんな風に感じるシーン、昔よりも増えていませんか?

FacebookやTwitterを駆使し、センスよく情報源をまとめておけば、とても効率良く情報収集や連絡ができてしまう、最近の環境。

その分だけ、「リアルに顔を突き合わせて会話をする場面」には、ネット上での情報のやり取りを超えた何かを求めており、以前よりも”期待値”が上がっています。

このエントリーでは、こうした「話が分かりづらい人」の共通項とも言うべき5つのポイントについて、その概略と、具体的な内容についてご紹介します。

■5つのポイントとは?

最初にまとめてしまうと、こんな感じになります。

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以下では、これら1つ1つについて、詳細な内容をご紹介します。

■ポイント1:30秒以上かかる

話が長い!というのは、いろんな意味でダメなんですが、特にまずいのは、

「会話が複数人のキャッチボールであることを忘れて、一人で壁当てモードになっている」

という点。人と人が会話をすると、互いの脳が刺激し合い、シンクロ(共鳴)し合い、その刺激によって思考が深まり、新たな発見やアイデアがもたらされます。

ところが、一人で30秒以上話している人は、他の人との相互作用に意識が行っておらず、せっかくの相互作用のチャンスを奪ってしまっています

個人的にはこれが最も「イラッ」とすることであり、折角時間を作って会話をするためにみんなで集まっているのに、バカにしてる!と、頭に血がのぼることも少なくありません。

何か演説のように情報伝達したいなら、そんなことメールかブログででも書きやがれ!というのが、正直なところです。前近代では、そういうツールがなかったので、長々とした話は、小学校の校長先生の挨拶で時々あるように、仕方なかったのかもしれませんが、現代では、そんなのは不要です。

■ポイント2:文章に「。」がない

これは、とにかく「今自分の言いたいこと、頭にあることを全部言ってしまおう」という人の特徴です。他の人に遮られないように、間合いを入れず、一気に吐き出していく。

「え~、今回の問題は、社内と社外での見解の温度差がかなり大きいということだと思っていて、え~、昨日聞いてきた話では先方は山田部長レベルで不満があるらしくて、え~、そこは結局経済条件の折り合いを社内で何処まで割り切るかで、え~・・・」

話を聞かされている側は、「いったいいつになったら、この話が終わるのか?」「言いたいことばっかり一方的に言いやがって・・・」という風な不満を感じることでしょう。

多くの場合、この話し方の人は、間合いや「。」を入れることによって、そのすき間に他の人から質問されたり、カットイン(割り込まれ)たりすることを、無意識のうちに嫌がっています

こういう人の場合、話し方の中に「スペースを埋める」ための特定の言葉が混じるため、その言葉を見つけてしまえば、改善も指摘も、簡単になります(上記の場合で言えば「え~」というのが、それに該当します)。

■ポイント3:最初の3秒が存在しない

「ん?それって質問してるの?それとも、反対してるの?」

というリアクションを誘うのが、この「最初の3秒が存在しない」、つまり、何を目的にして発言をしているかを、最初に言わないという話し方です。

この問題については、かなりテクニカルに解決が可能。会話の目的に応じて、下記の言葉を最初に付けてみましょう。

・「これは提案なんですが・・・」
・「これは個人的な意見なんですが・・・」
・「これは質問なんですが・・・」
・「認識が合っているか確認したいのですが・・・」

人間面白いもので、こう宣言してしまうと、話の内容がそこからあまり脱線しなくなり、結果的に発言内容もシャープになります。

■ポイント4:事実/解釈/意見の使い分けがない

これは、外資系やコンサルに入ると最初にトレーニングされる要素の1つです。ロジカルな議論をするときに、「何が事実」「何は解釈」「何は意見」という3つが切り分けられていると、参加しているメンバーの中での土台を固められるようになるのが、その理由です。

例えば、

「今日は雨が降っていて、夕方からのイベントは中止なので、かなり明日はクレームが来るので、今日のうちに多めにアルバイトの人に出勤の打診をしますね。」

と言うのではなく、

「今日は今のところ、雨が降っていますね」(事実)
「夕方からのイベントは、中止が決定しました」(事実)
「中止になったことに不満を感じている人も、少なからずいると思います」(解釈)
「その結果、クレームの電話が明日はかなりかかってきて、業務に支障をきたしそうです」(解釈)
「その混乱や業務の負荷を軽減するために、今日のうちにアルバイトの人を多く確保しておき、明日は出てきてもらいたいと思います」(意見)

となっていると、この話を聞いた側は「中止になったことに不満を感じる人は、それほど多くないのではないか?」(=解釈の相違)や、「アルバイトを多くするという方法以外に、他の部署から応援に来てもらう方法もあるよ」(別の意見の提示)などと、話に応じたリアクションが取りやすくなります

解決方法としては、表で紹介したように、「事実を言う時は”青”」「解釈を言う時は”黄”」「意見を言うときは”赤”」を頭の中にイメージする、という方法がオススメです。

これは、人と意見をすりあわせたりするときに、

「青=事実」については、丁寧に材料を揃えれば、それほど議論にならない
「黄=解釈」については、割と人によってバラつきや見解が異なることがあり、議論になることも多いので、ちょっと難易度が高い
「赤=意見」については、各個人で最も違いが出やすく、なおかつ”事実”と”解釈”をクリアしていなければいけないので、一番難易度が高い

という意味合いも持っています。

■ポイント5:内容と感情が不一致

一言で言えば、これは「言葉として伝わること」と「表情や声色から感じること」の2つの間に違和感があると、人間は相手に不信感を抱き、内容が頭に入ってこなくなる、ということです。

不一致といっても、完全に真逆であることは稀で、多くの場面では「相手に感情が全くない」ことと、話をしている内容とにGAPが出てしまう、というのが多くのケースです。

有名なエピソードとしては、小泉元首相と、その直後に就任した安倍元首相(時の人ですね・・・)との、記者会見が挙げられます。

小泉さんの場合は、TVカメラが回り始める前と後で、全く様子が変わらず、自分の思いのままに発言し、内容が理解しやすかったそうです。
一方、安倍さんの場合は、記者たちといつも談笑し、気さくで良い人なのに、TVカメラが回りだすと、とたんに無表情になり、のっぺりとした話し方により、回りに話しが伝わりにくかったそうな・・・。

こうした「内容」と「感情」を一致させることができるようになると、言葉の組み立て方など以上に、強力にメッセージを理解してもらいやすくなります。

そのための1つの方法は、大勢の前で「自分のこだわりのテーマや、好きなものをプレゼンしてみる」というものです。

海外の小学校では、小さいころからクラス全員相手に「自分が好きなものはこれ」というプレゼンをすることで、感情と意見を上手に表現する鍛錬を積むそうですが、これは、大人になってからも可能です。

その具体的な練習場所として、ふたつほどご紹介したいと思います。

・練習方法その1:TEDxイベント予選会へのエントリー
世界的に有名なTED(Technology Entertainment Design)という、学術・エンターテイメント・デザインなどの各分野の第一人者が、自分の持っているアイデアを動画で語るという営みがあります。ここで紹介されるショートプレゼンは、20分未満の時間の中で、その分野の第一人者が、懇親の力を込めてプレゼンをするため、圧倒的な迫力と、内容の濃さがあります。

ここで「内容」と「感情」の一致トレーニングとしてオススメなのは、日本でも様々な場所で開催される、「TEDx◯◯」といったイベントへのエントリーです。これらのイベントの多くでは、スピーカーを公募しており、その予選会に参加し、認められるとイベント自体でトークができます。下記などより、応募してみてはどうでしょうか?

▼2013年5月に渋谷ヒカリエで開催されるTEDx東京の予選会エントリー
http://tedxtokyo.com/ja/participate/

・練習方法その2:書籍プレゼン大会「ビブリオ◯◯」へのエントリー
上記のTEDxはちょっと敷居が高い、そこまで話すようなテーマは持っていない、という方には、「ビブリオ◯◯」と呼ばれる、書籍プレゼンのイベントへの参加がオススメです。

こちら、元々は2007年に京都大学情報学研究科共生システム論研究室の谷口忠大氏が提唱したもので、参加者の前で自分が好きな本について5分間のプレゼンを行い、「どの本が一番読みたくなったか?」という基準の投票にて、勝者を決定するというゲーム。

誰でも、小説やビジネス書、科学雑誌に・・・に、と「自分が好きな本」があります。そこにある思いを、そのまま素直に表現できればできるほど、この投票で多くの支持を得られ、自分の感情を表現する練習になります。

▼参考:ビブリオ・アリーナ100で感情がとてもよく出ている「きのこの教え」プレゼン

http://www.ustream.tv/recorded/25015786

※2分50秒あたりからの5分間をご覧ください

直近では、2012年11月16日(金)19:30-22:00にて、渋谷ヒカリエで「ビブリオ・アリーナ100」が開催されますので、もしお時間のある方は、エントリー・参加してみてはどうでしょうか?

▼ビブリオ・アリーナ100のエントリー申込フォームと詳細(当日もWebからエントリー可能)

http://www.hikarie8.com/court/2012/10/biblioarena-100-3rd-round-100.shtml

それでは

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今、世界中の都市問題、地方政策問題、環境問題、税制や社会保障問題など、あらゆる分野の専門家が注目している都市がある。

大阪だ。

日本は元々、欧米の先進国が2030年代に迎える高齢化率を現在迎えており、そこからくる社会保障費の増加や、生産人口の減少による経済的減退、お年寄り社会とそれ以外の世代との文化的GAPや衝突など、これから10年後・20年後を見据える欧米諸国にとって、いいお手本・試金石となる状況にある(下図:内閣府「高齢社会対策」資料より)。

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そこにきて、さらに日本国内でも特に問題の集積地となるのが、大阪だ。

例えば、全国に13ある政令指定都市の財政を比較したデータを見てみると、大阪市は定員の健全度や将来負担の健全度(言い換えれば市民一人あたりの借金残高)などで、最も成績が悪い都市の一つとなる。

また、経済そのものの落ち込みも際立っており、1995年以降の県内総生産額の推移を比較すると、東京はもとより、全国平均をも激しく下回っている。

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一方で、人口は大阪市だけで250万人。

この、「少子高齢化を先取りしており」「その中でさらに状況が悪化している都市であり」「世界の主要都市と比較に足るだけの人口を抱えている」という3つの条件を満たした大阪を、将来的な課題解決のためのラボとして捉える動きがあるらしい。

この詳細について、LinkedInという世界的なSNSサービスの日本の第一人者であり、大阪出身であり、大阪についての取り組みに着手し始めた谷口正樹氏に聞いてみた。

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谷口 正樹 氏 プロファイル
Change Osaka編集長。
教育系の学部を卒業後、クラウド型のeラーニング研修会社にてコンサルティング営業を担当。ソーシャルメディアマーケティングを手がける株式会社トライバルメディアハウスにうつり、特にビジネスSNS”LinkedIn”を専門としてサービスを提供。その後独立。
現在は東京から地元大阪に戻り、ブログメディア”Change Osaka”の運営や各種イベント提供、企業のマーケティング活動の支援などを実施。
■最近「大阪の未来を考える」というテーマで、活動・イベントを仕掛けようとされていますが、どうして今「大阪」なんですか?

大阪出身であるという個人的な思い入れ以外に、大きくは、2つの背景があります。

1つ目は政治的な面ですが、橋下さんが物凄い勢いで改革をやろうとしている。大阪は、経済的に回復していくためには、行政は土台をつくる。ただ、その上に乗っかる民間のアクションがないと、大阪って復活しないという実感があります。

もう1つは、さらにその根底に流れるところなんですが、日本中の課題が集積されているのが、大阪だと思います。貧困・産業・いろんな課題が大阪には集積していて、異常な高齢化を考えると、この解決方法に、世界も注目しています。

課題だらけだからこそ、大阪の状況を打破して、世界に示していく、そんな気概で大阪にきている人も多い。世界に、範を示す。そんな意義があるのではないかと思っています。

■谷口さん個人の思い入れ・こだわりについてもう少し教えてください。

自分個人としては、これから人生を生きていくにあたって、人間一人が与えられる影響は、すごく小さいと自覚しています。だからこそ、僕が生まれ育った地域、家族、そういうところで、自分が果たせる価値提供をするのが幸せだ、という考え方もある。それが、僕の考え方。

自分の個人的なテーマとして、自分の人生を悔いなくするのに、地元というものがあります。自分にとっては、それが大阪。地元愛というものを持って、賛同してくださるのであれば、チームをつくって、動かして行きたい。

■谷口さんの「チームをつくり、動かしていく」という活動には、東京で活躍する大阪出身の方が多く含まれていると伺っていますが、実際には距離的な問題など、難しい部分もあるのではないですか?

コミットの度合いというのは、人それぞれでいいと思っています。それぞれ皆さん、自分自身を大切にしてもらうということを前提とすると、東京にいながらにして、というのも全然あると思います。小さいレベルでいえば、大阪でイベントを行うときに、東京の人に手伝ってもらうとか、ご自分の状況、自分なりの地元大阪にできることを発見してもらえたらいいな、と思っています。地元のことを考えるだけでも意味があると思いますし、自分なりの答えが見つかったら、いいなあと思います。

そういう人達がネットワーク化されていると、つながって、コラボレーションが起きていくんじゃないかと思います。

■それから、大阪出身以外の方々にも、期待をされているんですよね?

東京以外の場所が注目される、東京以外の可能性を考えさせられる場面って、結構あるんですよね。京都の町家のコミュニティとか、福岡の明星和楽(※アメリカのSWSXというイベントを模した、テクノロジー×アーティストの一大イベント)。

東京以外の様々な文化が、ポコポコ生まれているようなイメージがあります。

非東京からのムーブメントという流れが生まれてきているという感じがして、大きな枠組でいくと、政治の分権、あるいは地方で暮らすという文脈。そういう生き方は面白いし、そういうことに対するニーズがあると思う。東京以外のところでアクションを考えたいという方には、ぜひ参加して欲しいです。

■そんな中、9月27日に大阪について考えるイベントを東京で企画されていますが、どんな狙いで開催をするに至ったんですか?

私が10月から大阪に戻って、さっき話しをしたようなことを自分で実践しようと思っています。僕は、いろんな人と信頼できる絆ができることで、思いもよらないことが沢山起きるという経験を沢山してきたので、そういう人達をチームにしていく、ということをやっていきたいというのがきっかけです。

大阪への想いを持つ人達をコミュニティ化することで、凄い可能性が拡がると思っています。

■当日は何をするんですか?

大阪の未来をつくるとまではいかないですが、一緒に考える、考えるだけではなく一歩踏み出すような、そんな場にしたいと思います。

まず、大阪での出来事の多くは水面下で起きているので、僕自身が「今の大阪はこんな感じなんですよ」と、どんな観点から注目されるに値するかを、情報提供したいと思います。

後半は、ワールド・カフェ形式にて、大阪でどんなことができるかのアイデアを出し合うとともに、当事者として大阪にどうコミットできるかを考えて、それをアクションにつなげるきっかけにしたい、と思っています。

■このイベントが終わったあとに、どんなことが起きていくイメージですか?

最低ラインとしては、当事者意識を持った状態で、今の大阪の動向に注目してもらいたいと思います。その中で、自分にも何かできることがあると思ったら、小さなことでいいので、一歩・半歩ということを動いてもらえたらいいなあ、と思います。

必ずしも大阪に帰るということではなく、人それぞれ

参加者のコミュニテイとしては、ゆるくコミュニティ化して、その中で大阪の動向などを、コミュニティを通して情報提供したり、議論していったりしたいと思います。

■このイベントに参加を検討している人へメッセージは?

この大阪というテーマは、自分的には間違いなく面白いと思っています。

ちょっと最近の改革の動きが興味あるな、という方であれば、水面下で起きていることも含めて、よくも悪くも人が集まりだしている・動き出している、ということを知るだけでも、とても面白いかと思います。

ぜひ、参加してください。
(以上、谷口正樹氏へのインタビュー)

いかがでしたでしょうか?

この課題先進都市「大阪」への取り組み、あなたも主役側に回ってはみませんか?

それでは

 本文中にご紹介した9月27日開催「大阪×ワールド・カフェ」イベントの参加申込フォーム・詳細はこちらから

参加申込フォームはこちら

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yasuyasu1976

このエントリーは、教育についての新たな取り組みをしようとする友人の、熱くて分かりづらいブログ記事に触発されてご紹介する内容です。

人材開発の分野でコンサルタントとして働いていた当時の経験・研究などをベースとして、小学校・中学校・高校・大学・・・と、学校選びに頭悩ます当事者の方々に、ぜひともお読みいただきたく。

###この記事の要旨

■教育には4つの段階(Level)が存在する
■学校選びにハマってる時点で、Level4を放棄している
■Level4に必要な要素は「時間軸」と「影響軸」の広い捉え方
■「自分で学校は変えられない」は大きな誤解

それでは本編です。

■教育には4つの段階(Level)が存在する

まず、この図をご覧ください。

Learninglv4

これは、およそ学校で身に付ける学習要素を、ある切り口で4つのレベルに切り分けたものとなります。

まず、Lv.1(レベル1)。この教育は、過去の人類の学んできた内容を理解できるようになったり、他の人が発する意見を理解できるようになったりするために、文字を読めるようになるところからスタートします。これと対になるのが、書くという技術。これによって、自分の瞬間的な思考を、記録し、他の人へと伝えることができるようになります。

次に、Lv.2(レベル2)。この教育は、例えば小学校で国語・算数・理科・社会という大きなカテゴリー別の学習をすることに始まり、世の中の捉え方の様々なフレーム(枠組)を学んでいきます。この学習体系を身につけることで、例えば男女が2人で買い物をしている風景が、「この二人は、合わせて幾ら支払ったんだろう?」(数学)、「この二人は、それぞれどんな気持ちで相手のことを考えているだろう?」(国語)・・・という風に、世の中を様々な観点から捉えることができるようになります。

更に、Lv.3(レベル3)。これは、Lv.2で学んだ観点が、実際にどのように社会の中の中で使われているかを理解し、そこで自分が果たすべき役割や、位置付けなどを見出し、自分がそれをどう活用していけばいいかを学習します。

例えば、理系の大学生であれば、自分が学会発表をするときに、その学会がどのように運営されていて、自分が新たに提示する発表内容がどのように参加者に捉えられ、そこからどんな議論が起きたり、どうしたらその蓄積によって自分が評価されたりするかを、学び取っていきます。

そして、Lv.4(レベル4)。これは、Lv.3である程度世の中の仕組みを理解し、体感した上で、それとは違う、独自の仕組みやルールを作り出し、他の人にそれを使ってもらうことを学ぶ段階です。言い換えると、既存の社会やシステム、既存の学問に対して、新たなエッセンスを持ち込み、それまでにない世界を世の中に創り出すことを学ぶ段階です。

このLv.4の力、「仕組み・ルールを作る側に回る力」こそ、アップルがiPhoneで世界の携帯市場の独占を導いたり、Facebookが世界中の人のソーシャル・コミュニケーションのスタンダードになったり、みんながTwitterで呟いたりと、おおよそこの時代に最も大切な力であることは、疑う余地がありません。

ルールにしたがって泳ぐLv.3の力ではなく、ルールを作るというLv.4の力こそ、組織が発揮すべき力であり、その構成メンバーである個人が強みとすべき力であるわけです。

■学校選びにハマってる時点で、Level4を放棄している

さて、ここで子供の小学校・中学校・高校・・・と続く学校選びに関して、多くの親が行うのは、「どの学校がいいか?」ということを、学校評価をしている本や、学習塾が発行しているガイドブック、はたまた雑誌などを基に比較し、検討するというプロセスです。

この姿勢こそが、今回テーマとしたい「Lv.4の放棄」につながってしまいます。

つまり、本来は自分の子供にとって最も大切である「教育」を考えるときに、実は親がとっている行動は、既存のルールや仕組みを参考にして、「どの学校がいいか?」という判断を行う側に回るというLv.3の行動に終始してしまっているのです。

「どんな学校を作って、何を学んでもらうのか?」
「自分自身が、新たな学習環境の醸成にどう寄与できるか?」

という観点・発想には、全く至らない。

一番大切だと思われるテーマに臨むときに、自分の親は既存のルールや仕組みに頼り、そのルールや仕組みを問うたり、新しいものを創造しようとする行動(Lv.4)をしない。

この事実を、最も身近で目の当たりにする子供に対して、将来的なLv.4学習への素地や、指向性を期待するのは酷です。

大切なものにアプローチするとき、既存の仕組みやルールに頼ってばかりいて、新しい仕組みやルールを自ら考え、その制作の一員となり、世の中を変えていこうという「大人の背中」を見せる機が失われてしまっているのです。

■Level4に必要な要素は「時間軸」と「影響軸」の広い捉え方

では、なぜ多くの場合「学校選び」というLv.3のスタンスに陥ってしまうのか?
それは、結局自分の身近なことしか見えていないからではないでしょうか。

自分が親になって初めて、教育に関心を持つ。学校を選ぶ段階になって、短期間でその問題を解決せざるを得なくなる。そして、自分の子供が目的の学校に入れたら、それはそれでよしとしてしまう。

これでは、仕組みやルールを変えるという、Lv.4を発揮するために必要な準備や取り組みを取れなくなって当たり前です。

これを捉え直すと、多くの状況において、Lv.4の取り組みをするためには、「長期的な視野に立って」「自分だけでなく、他の子供、社会に存在する多くの子供のことを考える」という2つの要素が必要だという分かります。

世の中への捉え方が、「時間軸」と「影響軸(=自分に間接的に関わっているところにも、視野を拡げる方向性)」という2つの軸で拡がることによって、初めてLv.4の取り組みを行うことができ、それそのものが、自分の子供にとっても「Lv.4の取り組みとはこういうことなんだ!」と実感し、その行動を将来学び、できるようになることに繋がります。

■「学校を変えることはできない、与えられた選択肢を選ぶだけ」は大きな誤解

さて、ここまでの流れで、こう思う方が多いのではないでしょうか?

「学校そのものを変えるなんて、行政やなんやら色々あるし、とても自分が変化させるというイメージなんて想像がつかない」

という風に。でも、それを子供の将来に置き換えると

「世の中のことを変えるなんて、既存の仕組みとかルールが色々あるし、とても自分が変化させるイメージなんて想像がつかない」

という風になってしまいます。それって、とてもさみしいですよね。

実際、学校そのものに関わり、影響力を発揮し、変化させるという行動は、国によってはごくごく日常的に、当たり前に行われています。

これらの国での特徴は、学校が地域と根強く密着しており、その運営や方針に、地元の人たちが影響力を発揮し、「自分自身の子供、地域の子供に、よりよい教育環境を提供しよう」ということに、自らが関与しています。

そして、そんな親たちの「社会のルール・仕組みの変化に直接参加する姿勢」を子供たちはいつも目の当たりにすることで、「ルールや仕組みを変化させることは、自分自身のやるべきことなんだ」という実感を持つわけです。

こうした、「直接自分たちの手で学校を、教育を変えていこう」という営み、日本でも最近、色々な形で行われていたりします。

例えば、友人が行なっている下記のプロジェクトでは、一般の人と地方の議員が連携し、その流れから学校変化を試みようということを仕掛けていたりします。

▼地域から全国へ教育の変化を働きかけるプロジェクト例
http://www.k3japan.org/

いかがでしたでしょうか。

「時間軸」「影響軸」を広くとっていけば、「学校」「教育」は、多くの人にとって自分ごとの課題となります。

あなたは、「学校」「教育」にLv.4の力を発揮しませんか?

それでは。

▼本文中にて、本記事のきっかけとなったとご紹介したブログはこちら
http://blog.habataku.co.jp/2012/09/blog-post.html

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yasuyasu1976

完全・完璧であるものは、人を寄せ付けません。

逆に、不完全であり、つっこみどころ満載であるものほど、「仕方ないなあ、やれやれ」というセリフとともに、多くの人を惹きつけ、そこに互いが変化しあう相互作用が発生し、個々人では成し得なかったような、発想に満ち溢れたものや、喧々諤々として熱く楽しめる熱気や、新たな人と人の繋がりが生まれます。

今回はこの、「不完全力」が、ソーシャルメディアが普及し、個別スキルの高い人達が1つの仕事に集結することに大きな価値がある時代だからこそ、とても大切なポイントであることをご紹介致します。

Imcomplete

###今回の要旨###

・人と人が交わることで価値が生まれる時代
・それを実現するためには、ツッコミどころがあるのが大切
・僕らが手慣れたスキルや手法は、実はツッコミどころを造らない
・ツッコミどころを造るには、具体的な方法がある

それでは、本編です。

■人と人が交わることで価値が生まれる時代

ここ10年、目覚しいテクノロジーの進歩によって、半年も年月が経過すると、それまで常識だったことが、通用しなくなることしばしです。例えばですが、スマホの無料通話/メッセージアプリであるLineは、サービス開始から1年足らずでユーザ数が2,000万人を突破、今や中高生も当たり前のように使うサービスとなりました。

こうした時代になると、例えばLineをどう使うかが書籍となる頃には、次のトレンドになるツールが出現し始めていますし、こうした新しいツールの情報そのものもウェブニュースやブログ・ソーシャルメディアに流れており、固定的な情報は、どんどん陳腐化し、さらに誰しもが知っていることとなるため、もはやあまり価値を持たなくなります。

それに代わって価値が高まってきているのが、実際にそうしたサービスを利用した複数の世代の人たち同士が、その利用経験や、自分の観点での感想などを共有し、話し合い、そこから新たな利用法や、将来への活用方法を妄想し、トライしていくといった、人と人が交わるという場面、経験の量となります。

■それらを実現するためには、ツッコミどころがあるのが大切

実際に、こうした複数の異なる観点を持った人同士が交わり、何かを仕掛けたり、一緒にプロジェクトを行うためには、ある種の「ツッコミどころ」が大切となります。

言い換えれば、

「この場に必要なのはAというスキルの人とBというスキルの人と・・・」

という風にして人が集められた状況よりも、

「このメンバーではAということができないし、Bってのも見当がつかない・・・」

という風に、危なっかしくて、助けたくなる状況の方が、

「しょうがないなあ、じゃあAなら僕が」
「Bだったら、あの知り合いの◯◯さんがいいよ」

という風に、より多様性に富んだ人たちが、自分の意志でどんどん飛び込んできてくれます。

そして、元々が「助けてあげよう」「僕が居なければ困るでしょ?」というスタンスで集まってきてくれているため、お互いのやり取りに遠慮もありませんし、より深く踏み込んだ検討や話し合いができ、そこから新しいものが生まれやすくなります。

■僕らが手慣れたスキルや手法は、実はツッコミどころを造らない

さて、一方で、いわゆる「プロジェクト・マネジメント」や、「プランニング」といった、僕ら多くのビジネスマンが教えられ、実践してきた方法は、この「ツッコミどころ」というスペースを、結果的に消してしまいがちです。

例えばですが、プロジェクト・マネジメントであれば、「主なリスクの洗い出しとその対策」という場面で、およそプロジェクトに必要そうな人材やパートナーはカバーしますし、常にプロセスの管理では、必要な人材や労働力が確保できるということに主眼を置くため、ツッコミどころは少なくなっていきますし、「ツッコミどころが少ない」ほど、よいプロジェクトであると思い込みがちです。

ですが、こうしたプロセスに慣れ過ぎると、そもそものプランを立てる際に、「自分の知っている範囲の人材」でカバーできることしかやらなくなったり、「失敗するかもしれない、弱みを見せることになるかもしれない」といった要素が排除され、「完璧で、とりつくシマがなく、周りはそのプロジェクトにちょっかいを出しにくい」という状況をどうしてもつくってしまいます。

もちろん、程度問題ではあるかもしれませんが、現在の変化が激しい時代では、こうした「完璧で取り付くシマがない」ことには、想像もつかない人から助けてもらったり、出会ったり、結果としてコラボしたりするチャンスを失ってしまう恐れがあります。

■ツッコミどころをつくる3つのコツ

では、実際にこうしたツッコミどころをつくり、多くの人に手助けしてもらい、そこに創発と熱気ある営みをするためには、どのような工夫があるか?この点について、最後に紹介したいと思います。

1:心からワクワクする何かに取り組み、無理目なピンを打つ

これは、プランニングをするときに、まずは「これが実現したら、どれだけ楽しいだろう?」という風に、心が小躍りするようなことを、初期のメンバー同士で話し合い、妄想を繰り広げ、固め、それを実現せざるを得ないような、現実的な「ピン」=固定条件を設定してしまうということを指します。

例えばですが、先日8月28日に渋谷ヒカリエで実施した「BiblioArena100」というイベントでは、「100人の前で、1VS1のプレゼンバトルを戦い、100人が一斉にプレートで判定するっていう舞台をつくったら、楽しいよね、興奮するよね!」という想いを最初に持ちました。
そして、そのための「ピン」は、さっさと「8月末に、100人を集めたイベントを実施します」と、FacebookやTwitterにて公言してしまうことです。

この「ピン」を置くことで、実現に向けた「手助け」を借りざるを得ない状況を、自ら創り出すことができます。

2:自分たちのコアな強み以外のことは、全部助けを求める

次に、このプランが決まったら、まずは徹底的に、自分たちの強みであることについて時間を使い、それ以外のことについては、極力助けてもらう前提でプランを組みます。

例えば、今回のイベントであれば「場のデザインと進行方向」については、企画チームが絶対的な経験、それからスキルを持っていたため、この部分については集中的に検討を行いました。
一方で、「集客」や「物理的な場所の確保」、それに「Ustreamによる中継」といった点は、そこそこしかノウハウがなかったため、無理に自前で解決しようとせず、「集客がピンチ」「場所がない・・・」といった形で、FacebookやTwitterを通して、周囲の人たちにヘルプサインを出していました。

こうすることで、いかにも危なっかしくて、でもどこかちょっかいを出したくなるような雰囲気の土壌ができてきます。

3:手助けを待つのではなく、手助けを求めて出かけていく

そして、実際に困っていることについては、誰かが手助けを申し出てくれるのを待つのではなく、「お願いするだけだったら、ダメで当然」という心持ちで、どんどん他の人に助けを求めていきます。

実際にやってみると分かるのですが、これは「助けを待っている」状況に比べて、遥かに広範な人に、遥かに高い確率で助けてもらうことができます。逆の立場になって考えてみればそうなのですが、自分のことを頼って、困っている状況で来てくれたら、もしその企画の内容に賛同でき、その人に何か魅力や可能性を感じることができたら、自分なら必ず協力します。

そんな、厚かましくも図々しい仕掛けをすることで、それまで接点のなかった多くの人に、協力していただき、そこから実際に、お互いがワクワクする仕掛けの指し手側に回ることができます。

こうしたステップを踏んでいくと、結果的に、それまで知りあうことがなかった人、あるいはこれまでメッコリと一緒に仕事をする機会がなかった人と、その営みの成功という共通ゴールに向かって、死力を一緒に尽くす経験ができ、互いの本質だったり、本当の相手の魅力が見えてきます。

そして、ひとたびこうした営みをしておくと、多くの人に対して「借り」をつくることができるため、今度はこうした人達が新しい仕掛けをしたり、何かの手助けが欲しいときに、気兼ねなく声をかけてもらうことができます。

そして、この「借り」と「貸し」の連鎖によって、普段であれば出会うことがなかったであろう人、接することがなかったであろうテーマ、組み合わされることがなかったであろうチームの一員となることができ、様々な可能性が拡がっていきます。

とても高い「完全力」の人で満ち溢れているこの日本だからこそ、たまには「不完全力」を発揮してみませんか?

それでは

▼上記文中に紹介した「BiblioArena100」というイベントの結果・詳細はこちらから
http://www.hikarie8.com/court/2012/08/biblioarena-100-100.shtml

▼このコンセプトをベースとして、友人たちと運営しているICJという団体のFacebookページはこちら
http://www.facebook.com/InclusionJapan

※このICJでは、上記にご紹介したコンセプトをベースに、以前様々な方々へ「借り」があり、それを元に多彩な依頼を受け、新たなイベントの仕掛けなどを行なっています。

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yasuyasu1976

もう最高です、ほんと。

タイトルの一文は、某大学生が「ONE NOUTS」というマンガを「オススメの1冊」としてプレゼンしてくれたときの言葉。

あ、正確には「リーダーシップ論が大切、そういう本を読め、という風に押し付けてくるのは、本当にクソなことなんだと、この本を読んで感じました」という言葉ですね(※この漫画の中では、様々な役割の人が活躍し、リーダー一辺倒でないことが描かれている、という流れの中での話です)。

マネジメントを専門にコンサルティングに携わっていた自分からすると、もう本当に痛快。言い得て妙だなと。実際、リーダーシップにばかり拘って、いわゆる「旗振り役」みたいなことを押し付ける頭の悪い場面を沢山みてきた身からすると、「よくぞ言った!」という快感でした。もう、自分の中で、共感しすぎて拍手喝采。最高に、興奮。

この言葉、8月28日に渋谷ヒカリエにて開催した「ビブリオ・アリーナ100」という、学生と社会人が、オススメ本の紹介というテーマで、1VS1で対決をし、約100名弱の観客が、どっちの本が読みたくなったかを、その場で投票して即決で勝敗を決めるという勝負での発表の1つです。

オススメ本を紹介っていうと、みなさん、あの恐ろしく退屈で苦痛な、小学校時代の「読書感想文」っていうのを思い出しませんか?400字詰めの原稿用紙2枚というノルマを課され、来週の国語の授業で発表するので、そこまでに書いて提出してくださいという、あの呪わしき読書感想文。

この「読書感想文」と、今回の「大人の読書感想文=プレゼンバトルでの発表」という2つのGAPが、今回の記事のテーマです。

今回の要旨です:

・読み書きの学習効率を高めるための仕組み「読書感想文」
・この仕組は「読書」と「自己表現」を遠ざける
・書籍そのものより、自己表現の方が遥かにセクシー
・「読書感想文」の呪縛から解放してくれるのが「プレゼン対決」というゲーム
・ゲームで開ける新たな可能性

■読み書きの学習効率を高めるための仕組み「読書感想文」

まず前提ですが、読書感想文って、小学校での学習効果という観点では、大変優れた仕組みです。このノルマを課すことで、

・自分が読みたい本は何かを探す
・論理だてて文章を読む
・本の中身を自分で再解釈・再編集する
・論理的に説明文章を書く
・多くの字を実際に自分の手で清書する

などなど、実に多くのことを学ぶことができます。そして、強制的に活字を読まされることをきっかけにして、それまで読書という習慣を持っていなかった子供のうち何割かは、読書をするようになるわけです。

■この仕組は「読書」と「自己表現」を遠ざける

ですが一方で、小学校時代に感想文を書くと、それによって大きな代償を支払うこととなります。それは「人の読書感想は退屈」「読書感想は、強制されるもの」という、暗黙裡の意識です。

まず、人の感想文が退屈なのは、小学校時代には、自分の人生よりも、その本に描かれている情報量や経験、世界観の方が圧倒的に大きく(小学生のみなさん、ゴメン)、感想文の内容のほとんどが、その本のちょっとしたサマリーになってしまう点です。

そうすると、「中途半端に本を紹介された」みたいな感じになって、読書感想を聞かされる立場からすると、なんともアクビの出る時間となってしまいます。

次に、読書感想文は強制的に書かされるため、自分がその時点で読みたいと本当に思ったものや、本当に伝えたいと思ったことと、タイミングが合わない場合がほとんどです。

言い換えると、自己主張なんて別にしたくないときに、「主張しろ」と言われるわけで、これでは、気持ちの乗った自分の主張などは、中々引き出されません。

■書籍そのものよりも自己表現の方が遥かにセクシー

さて、ここで冒頭の発表の感想なんですが、大学生ともなると、様々なことを考え、思春期から悩んできた葛藤、自分の経験、人生への捉え方など、その人独自のユニークで、かつ、ツッコミどころ満載な内容が、ある本を読んだアウトプットとして、泉のように沸き上がってきます。

これは、本当に本当にセクシー、面白くて、興奮させられます。さらに、その内容の多くは感情的で、いい意味でツッコミどころ満載、言い換えるとこちらが何かを質問したり、意見を表明したり、議論したりすることで、その考えがまた変化するかもしれないし、そこに関わったことで、自分も変化するかもしれない。

そういう、圧倒的にアクティブで一時的で、介在が可能で、自分が揺さぶられるものへと、「読書感想」が大きく変化していきます。

今回のイベントでも、以下のような自己主張が続出しました

・「キノコのおしえ」を読んで→社会で陽の目をいつも浴びるのが好きなわけではない人が、影でどれだけ世の中凄い貢献してるんだ!ということが、キノコが果たす役割と重なって、確信できた。

・「量子論」を読んで→人生、いろんなことが予測不可能なのが理論的にも実証されているわけで、だからこそ、むやみに結果を考えず、とりあえずどんどんやってみるのが大切だと思う。

・「山の音(川端康成)」を読んで→世代の違う人が、むっつりすけべ根性丸出しで、いろんな物事を捉えていることに、世代を超えた繋がりを感じる。

こんな話を聞いちゃったら、初対面でもその人が好きになってなって仕方ない。その発表者に語りかけ、色々と議論したり、仕事したり、飲み交わしたりしたくなる。そんな、人の個性や考えを、「書籍」というものがきっかけとなり引き出してくれる。これはもう、「読書感想」が持つパワーの凄さを感じずにいられないわけです。

小学生の頃に経験した「読書感想文」の無味乾燥感とは、まさに雲泥の差。それは、そこからの人生の積み重ねの多さ、とも言えるかもしれません。

■「読書感想文」の呪縛から解放してくれるのが「プレゼン対決」というゲーム

でも、突然会社や仲間内で「読書感想文を発表しあおうよ」となったら、普通ドン引きしますよね。あるいは、どれだけ暇なの?という風に。

そこで、こうしたことを幅広く、しかもクールに、みんなが集まって熱狂できるのが、「ゲーム」という仕組みです。人が何かにフォーカスし、集中するためにはゲーミフィケーションの理論より、

・ダイレクトなフィードバック(その場で反響が分かる)
・難易度コントロール(簡単じゃないけど、不可能じゃない)
・競争(誰かと勝ち負けを競う)

といった構造をもってくると、とても効果的。

※下図は、以前ゲーミフィケーションの勉強会を開催した内容をベースにした、簡単なまとめです

Gamifi

今回のプレゼンバトルでは、

「自分のプレゼン能力を駆使して、その場で相手との勝ち負けを競い、その反響が目の前ですぐに分かる。100人の前のプレゼンということで、簡単じゃないけど不可能じゃないくらいのハードル」

という設計があったため、小学校時代の「読書感想文」のイメージから脱却し、自分の自己表現を気兼ねなくできたかと思います。

そして、その結果として、先ほどご紹介したような、キノコや量子論や川端康成をきっかけとして、その人そものの観点や個性がぐっと引き出されたわけです。

■ゲームで開ける新たな可能性

このように見ていくと、小学校時代〜の中で、僕らは多くのことについて、方法論を学ぶことと引換にして、自己表現やオリジナリティを発現することを、暗黙裡に避けていたり、忘れていたりするのかもしれません。

こうした状況を打破し、本当にお互いの個性や魅力を発見していくには、今回のビブリオアリーナ100のような仕掛けを含め、今までにトライしたことのない、様々な形態のゲーム、「場」といったものに、積極的にトライしていくのが効果的です。

さあ、あなたはどんな新たなゲームを創りますか?

それでは

▼上記でご紹介したイベントでの各発表は、下記のリンクからご覧いただけます

1.↓↓↓「きのこの教え」など(きのこと人生について)

http://www.ustream.tv/recorded/25015786

2.「量子論」など(やってみなきゃあわからない)

http://www.ustream.tv/recorded/25016312

3.「山の音」など(むっつりスケベについて)

http://www.ustream.tv/recorded/25016312

▼このイベントを主催しているBiblioArenaのフェイスブックページ

http://www.facebook.com/BibilioArena

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yasuyasu1976

8月も下旬のこの時期、大学4年生は就職活動を終えた人もおり、社会人になる備えをし、大学3年生の多くは、これから来る就職活動に向けて、気を揉んでいるのではないでしょうか。

そんな、就職活動に巻き込まれるみなさんに、一つぜひとも伝えておきたいことがあります。

それは、

「人は、観察され評価される立場になればなるほど、パフォーマンスを発揮できなくなる」

という事実です。今回は、このテーマについて、進めていきたいと思います。

#####今回の要旨#####

1.就活中の学生は観察される側なので、パフォーマンスを発揮しづらい

2.観察する側・される側という関係が、採用担当者に誤解を生み、学生は自分自身を誤解してしまう

3.この誤解を解く鍵は「緊張する社会人」を観ておくことにある

4.社会人と学生、互いが緊張する姿を見ることには、更なる価値がある

では、本編です。

1.観察される側はパフォーマンスを発揮しづらい

まず、私が以前、組織開発のコンサルタントとして働いていた頃、企業のマネージャ候補者を選抜する研修(一般に、アセスメント研修、と呼んだりします)にて、評価する側として講師を務めていたときの経験をご紹介します。

その研修では、4人〜6人1組でグループディスカッションなどを泊まりがけで行い、グループに1人、評価する立場の講師がつきます。

この研修を実施するときに、複数のグループの講師同士で注意深く調整したのが、「観察している感」をどこまで出すかという点。観察する側の講師が、より「観察してますよ」という姿勢で各人を見渡すと、それだけでとたんに場の空気は固くなり、まるで参加者は蛇に睨まれたカエルのように、硬直してしまうのです。

ここで、新米の講師がよく陥りがちなのが、「一流企業のマネージャ候補なのに、みんなぱっとしませんね・・・」なんていう発言をしてしまうこと。こうした発言が出たら、むしろ注意すべきは、その講師が「観察の姿勢を取りすぎている」ということ。それによって、実は参加者同士の緊張感が高まりすぎ、本来の力を発揮し、周囲と連携して課題に取り組むことができなくなってしまうのです。

2.観察する立場に慣れきった採用担当者が誤解の連鎖を産み出す

ですが困ったことに、こうした基本的な点を、多くの企業の採用担当者は知らないか、あるいは知っていても、無意識のうちのそれを忘れてしまっています。

なぜか?

それは、採用担当者が学生のみなさんと接する機会が、「面接」や「グループディスカッション」など、観察する側の立場であるときに限られてしまっているからです。

そうすると、採用担当者はいつも「緊張し、パフォーマンスを発揮しきれていない」学生ばかりを見ており、暗黙裡に「学生」=「概ねパフォーマンスが低い」という風な勘違いをしてしまう。

ここで罪深いのが、少なからずそうした採用担当者は、面接の後半などで、学生のみなさんを「パフォーマンスが低い人」という風に取り扱い始める点です。人間、こうした相手の扱いの変化にはとても機敏ですから、こうした場面で学生のみなさんは「ああ、俺ってパフォーマンスが低いんだ・・・」という風に感じてしまいます。

以上のようなメカニズムにより、採用活動を通して、実際よりも自分の能力を低く評価され、それを自分自身が自己暗示されてしまうという危険性があります。

3.「緊張した社会人」を観ておけば、このジレンマから脱却できる

そこで、これを打破するためにオススメするのが、「フラットな立場で、学生と社会人が知的対決をする経験」です。

例えば、参加者全員が、自分のオススメ書籍を持ち寄り、アトランダムに当たった社会人1人と、学生1人が、その場でそれぞれ自分の本を口頭5分間にて紹介し、その場に居る人達に魅力を伝える。そして、どちらの本を読みたくなったか?というのを、残りの参加者全員の挙手にて勝敗を決するという方法があります。

こうした場に私も多く参加させてもらっているのですが、なんともまあ、学生と社会人の勝敗は、五分五分だったりします。これは、学生が特別優秀、とか、社会人が特別できない、ということではなく、およそ優秀な連中同士の対決にて、こうした結末になります。

この場に居合わせたり、自分自身が社会人としてプレゼンをするとよく分かるのは、「社会人でもしどろもどろになることは多々ある」「同じテーマで戦ったら、学生も社会人も、あまりパフォーマンスに差は無い」という点です。

これは逆に言えば、学生のみなさんは参加することで、

「ああ、社会人って、割と思った程大したこと無い」

「人は誰でも、観察されると緊張して、パフォーマンスが発揮しづらくなる」

ということを、体感できます。

そして、この感覚があることによって、いざ自分が就職活動で面接を受けたり、グループディスカッションをしたりしても、「まあ、観察されてるんだから緊張してあたりまえ」「目の前の社会人の面接官も、こっちの立場に立ったら・・・」という風に、精神的な余裕を感じ、フラットに近づくことができるようになります

4.社会人と学生が、緊張した姿を晒し合うことの本当の価値

そして、私が本当に強調したいのは、こうしてお互いに緊張し、本来のパフォーマンスを発揮し辛い状況を見せ合うことで、「学生」「社会人」という垣根や思い込みを捨てて、互いの世代を超えて、違う世代の良さを実感したり、互いにリスペクトしたりする大きな一歩となる点です。

私自身、海外のカンファレンスで数百人の前で講演したり、毎回様々なオーディエンス・テーマにてワークショップやプレゼンを実施したりしており、かなり自分のプレゼンには自信があります。

ですが、この5分間対決を経験してみると、毎回緊張に緊張し、大学生の対戦相手と勝ったり負けたり、負けたり勝ったり。その経験を通して、大学生のみなさんへのリスペクトと、ついつい思い込みで今まで「学生さん」というような捉え方をしていた自分に気付かされました。

そして、それによって、年齢が倍近く違う、多くの大学生の友人ができたことに、とても感謝しています。

今回のテーマ、あなたには思い当たるフシはありましたか?

それでは。

▼上記の趣旨に基づいて設計された「BiblioArena100」というイベントを8月28日19:30−22:00にて、渋谷ヒカリエにて開催します。ご興味のある方は、ぜひとも下記よりエントリーしてみてください。僕も、勝負の舞台に立ちたいと思います。
http://www.hikarie8.com/court/2012/08/biblioarena-100-100.shtml

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yasuyasu1976

先日、とあるチャンスがあり、アメリカのボストンにてMITやTufts大学に来訪し、コラボレーションやイノベーションに関する理論を、研究者と議論する機会に恵まれました。その議論の中で出てきた、学習に関する理論(コンストラクティビズム)が、あまりに鮮烈であったため、今回はその内容をご紹介したいと思います。

■今回の論旨
1.表現し創造することは、吸収するよりも強力な学習方法(コンストラクティビズム)
2.創造は、模倣よりも非効率でまどろっこしいが、最高の成長と幸福感をもたらす
3.効率化された現代では、起業(スタートアップ)こそが創造の開拓地
4.スタートアップは、金銭価値より成長価値・幸福価値で捉えるべし

それでは、本編です。

1.表現し創造することは、吸収するよりも強力な学習方法(コンストラクティビズム)

Const02

この議論は、上の絵にあるメモ書きから始まりました。議論をしていた相手のタフツ大学のブライアンは、こう切り出しました。

「学習というと、この左側のように、自分が何かを吸収していくということだと思い込みがちだけれども、コンストラクティビズムでは、この、右側のように、自分が何かを表現し、外に向けて創造していくときにこそ、本当の学習が起きると考えられているんだ」

ん?なんとなく分かるような、分からないような?

そこで、ブライアンは、こんな風に2つのコップをテーブルにひっくり返して、質問してきます。

Const01

「この2つのコップをぶつけたら、どうなると思う?」

そして、こう続けました。

「きっと、自分の知識の中からいくつかの経験則を引っ張りだして、考えたんじゃないかな。あるいは、理系の素養があったら、いくつかの法則を思い出して、それをあてはめて”一緒に動く?”、”反発する”なんて、考えたんじゃないかな?」

はい、僕は理系の出身であるため、まさにそれをやろうとしました。

そこで、再びブライアン

「コンストラクティビズムってのは、こうやってみるのさ」

といって、いきなり2つのコップをぶつけます。ああ、なるほど、こう動くのか・・・

「こうやって、実際にまずやってみると、何か分かるよね。で、今度はコップの重さを変えてみたり、2つのコップの重さを異なるものにしてみたり、ぶつけるスピードを変えてみたり・・・実際にこの状況で、何がどういうときに起きるのかを、自分で試行錯誤して考えようとすると、結構複雑なんだよね」

さらに、ブライアン。

「ピサの斜塔の話であるけれど、鉄の玉と木の玉を同時に落下させたら、どっちが先に地面に着くのか?これって、知識を引っ張りだしたら、一瞬で”同時でしょ”ってなってしまうけれど、本当にそれを導き出そうとすると、大変な作業と試行錯誤が起きるよね」

そうです、これこそがコンストラクティビズムの真髄。何かの法則や状況を、自分自身で試行錯誤し、そこから導き出そうとすると、知識を引っ張りだすよりも、遥かに複雑で難解なことに取り組まなければならなくなります。

この、

何かを表現し、産み出す」という営みこそ、複雑でチャレンジングであるがゆえに、そこに夢中で取り組むことができ、それによって自分が成長し、そして何よりも楽しいことである

というのが、コンストラクティビズムの真髄なのです。

実際に、このコップの話を子供たちにやってもらうと、手を動かし、コップのスピードを変え、様々なことを試行錯誤しながら、夢中になってあれこれと取り組むそうです

2.創造は、模倣よりも非効率でまどろっこしいが、最高の成長と幸福感をもたらす

このように、何かを表現し、創造していくというプロセスは、一般に勉強というと連想されるような、暗記や記憶といったプロセスから見ると、非効率的でまどろっこしいものであるため、ついついその価値が見逃されてしまいます。

「テストのときに、公式を最初から試行錯誤して求めようとして、時間切れで0点になった」みたいなのが、まさにその状況です。

同じ時間でどれだけのアウトプットが作り出せるかという尺度で考えると、この「表現し創造する」というステップは、とても低く評価されてしまうのです。

ですが、何かを表現し創造しようとしたときに、本人に起きることは、測り知れず大きなものがあります。自分が知らないことについて、まず、手を動かして色々な状況をつくってみる。次に、その要素を色々と変化させてみて、何と何がどう関連しているかを見定める。そして、それがどのような全体像を持っていて、どんな法則がありそうなのかを考え、書き留めてみる・・・・

これは、単純に何かを暗記し、それを思い出すといった作業に比べて、遥かに高度な作業を要求されるため、やり遂げていく最中で、多くの成長が本人にもたらされます

そしてブライアンは、こう続けました

「子供達への教育では、こうした状況を、大人が自分の持っている固定概念を捨てて、新しいものを創りだそうとすることをじっくりと見守って、そしてそれを子供と一緒に楽しむということで、物凄い成長を引き出すことができる

「大人も、本質的には子どもと同じでこれができるはず。ただ、君がさっきやったみたいに、大人は、多くの自分の知識を持ってしまっているので、創造モードに入りにくいんだ。そこだけが、大人と子供の違いだね」

と。

3.効率化された現代では、起業(スタートアップ)こそが創造の開拓地

この議論はとても新鮮で、その後日本に帰国してからも、何人かの友人たちとの議論や会話の中で、ずっと引っかかっていました。

そして、まさにこれが当てはまるなと感じたのが、新しく自分でベンチャーを起業するという、スタートアップの場面のことでした。

実際にやってみるとよく分かりますが、0ベースで企業をつくるのは、とてもまどろっこしくて非効率な作業です。
例えばですが、大企業では当たり前に行われる給与の支払いだったり、健康保険だったり、そもそもの株式会社としての登録だったり。本業のビジネスの組立で以前に、そんな雑務のようなところに、物凄い時間を取られます。

さらに、本業のビジネスモデルをつくるときも、新規性の高いものであればあるほど、試行錯誤と非効率な日々が続きます

大企業が日々繰り返し、多くの企業が採用しているビジネスモデルは、流石に中々よくできているもので、そつなく回っていきます。

ベンチャーが新しく始めたビジネスモデルは、傍目から見たり、後で自分たちで振り返ってみると「うわぁ・・・こりゃ酷い(笑)」って思うくらいに、とても非効率で、利用者にとっても不便であることが多々あります。

ですが、こうした非効率を、日々試行錯誤しながら育てあげていき、斬新で世の中にインパクトがあるものに仕立てあげていく感覚は、本当の意味で頭脳がフル回転し、充実し、何よりも幸せそのものです

4.スタートアップは、金銭価値より成長価値・幸福価値で捉えるべし

こう考えていくと、「なるほどね、事業計画の採算性とか、人生の費用対効果とかでスタートアップ(起業)のGO/NoGOを考えるなんて、ホントにナンセンスだよなあ」という結論に至ります。

私も、0ベースでの起業に関わる場面、新規事業の立ち上げに関わる場面が多いのですが、こうしたプロセスで常に話に出るのが「それって、採算性は?」という話です。

やってみるとよく分かりますが、こうしたビジネスの多くは、実際に手を動かして進めていくと、当初とは大きく異なったことが連続して発生しますし、時代の変化が速いため、当初計画に沿ったことが起きるなんてことは、まずありません。
そして何より、「何が起きるかが予測できる」ようなものであれば、そこには既に新規性がないため、モデルそものもが成功するわけがありません。

個人で言えば、「自分が起業してあれこれやるよりも、今の会社でそのまま勤務した方が生涯賃金の期待値は高い」という捉え方のみで是非を判断するのは、非常に勿体無い。

ここで罪なのが、「数値化」というもので、金銭対価の計算は「金銭」という数値化されている尺度があるため、検討しやすく、把握が容易です。
それに比べて、「成長」や「幸福感」といったものは、定量化が難しく、そのため過去の先人の経験に関しても、どの程度のものだったのかをきちんと把握することができません。

結果として、起業についても金銭対価での側面の評価の割合が大きくなり、本質的な「成長感」「幸福感」といったものを、中々知ることができなくなります。

だからこそ、改めて思います。

こうしたスタートアップに取り組んでいる人と接し、自分もできる範囲から、新しいものの創造へと取り組んでみて、その感覚を体感できるようにする努力は、とても大切であるということを。

あなたは、これから何を表現し、創造していきますか?

それでは

▼今回の記事のブライアンが所属する、タフツ大学CEEO(Center for Engineer Education and Outreach)のサイトはこちら

http://ceeo.tufts.edu/

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吉沢 康弘

P&G、コンサル、ベンチャー経営を経て、現在は、ライフネット生命保険株式会社。理系研究者の父の影響などから、ビジネスをアカデミックに捉え、試行錯誤するのがライフワーク。

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