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顧客サービスとITのおいしい関係を考える

企業ユーザにとってのクラウドとは何か

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昨年後半から”クラウド”というキーワードが、注目されるようになってきました。ITを自社の業務に使う企業ユーザの立場から見て、クラウドがいったいどのような意味を持つのか、オルタナティブブロガーの林 雅之さんが書かれた書籍【「クラウドビジネス」入門】を引用しながら考えます。

著者はこの本の中で、クラウドコンピューティングの構成要素を、端末レイヤ、ネットワークレイヤ、そしてクラウドサービスレイヤの3つのレイヤで定義しています。

端末レイヤは、パソコン、シンクライアント、ネットブック、携帯端末などの機器です。ネットワークレイヤは、インターネット、VPN、NGN、携帯電話網など回線の種類です。端末レイヤとネットワークレイヤをどうするかは、クラウドに限った話ではありませんから、とりあえず気にする必要はありません。

企業ユーザがクラウドを考える時に中心になるのは、クラウドサービスの部分です。著者は、クラウドサービスは、SaaS(サービスとしてのソフトウェア)と、PaaS(サービスとしてのプラットフォーム)の2つの柱で構成されるとしています。

それでは、SaaSから見ていくことにしましょう。

【第1章 事例から学ぶクラウド】では、セールスフォースCRM、グーグルアップスなどのユーザ事例が紹介されています。クラウドに興味がある企業ユーザには参考になると思います。

ここで注意しておきたいのは、クラウドサービスの1つの柱であるSaaSは、別に目新しいものではないことです。自社でサーバを所有しない点において、SaaSはその前に流行ったASPと変わりません。アプリケーションのカスタマイズや既存システムとの連携ができたり、他のユーザとサーバを共同利用できるマルチテナントになっていたりすることが、ASPとSaaSの違いと言われることがありますが、これはサービス提供側の言い分です。SaaSはASPの進化形に過ぎません。わざわざSaaSと言い換えなくても、ASP2.0と呼べばよかったのです。

ASP/SaaSは自社所有より安いと言われることがありますが、これも正しいとは言えません。一般に、ASP/SaaSはユーザ数が少ない時に少ない費用で始めるには有利ですが、大規模ユーザが長期間使うと、自社所有より割高になることがあります。

例えば、Google Apps Premier Editionは、100アカウント以上なら1アカウントあたり年間6,000円です。高機能なメールだけでなく、ドキュメント共有などの機能が含まれますが、これが安いかどうかは移行の費用や手間を含め慎重に検討すべきです。

現時点では、Google Appsを最も効果的に使えるのは、小規模で所属会社を超えたチームでプロジェクトを組む時だと考えます。著者はこの本の執筆中にGoogle Appsを使って出版社や編集者とやり取りしたそうです。このような状況であれば、Google Appsは便利なツールです。

もう一つの柱であるPaaSは、まさにクラウドらしい部分です。この本では、PaaSをクラウド基盤サービスと呼んでいます。SaaSを開発する環境や運用する環境を有償サービスとして提供します。

PaaSは、ソフト会社が利用して、自社システムへの投資コストを下げて、独自アプリケーションを提供するような場合に有効です。特にスタートアップの企業がBtoC向けのサービスを始める時に、効果的と考えます。

一般的な企業ユーザが、自社だけで利用するシステムでPaaSが必要になる場面は、それほど多くないかもしれません。ユーザ側から見れば、社内サーバ、自社所有のサーバをデータセンターに預けるハウジング、他社サーバを借りるホスティングの延長上にあります。必要があれば使うだけです。無理に使う必要はありません。

クラウドは新しい言葉ですが、概念やそれを支える技術は目新しいものではありません。IBMは”ユーティリティーコンピューティング”と言っていました。さらに遡れば、オラクルが提唱した”NC(ネットワーク・コンピュータ)”やサン・マイクロシステムズの”The Network is The Computer”がありました。

企業ユーザは言葉の違いや目新しさに惑わされることなく、自社でサーバを保有しないことや、業務データを社外に置くことの意味を、真剣に考えるべきでしょう。クラウドが流行語になったからと言って、あわてる必要はありません。自社に何が本当に必要なのかを、考えるだけです。

その時に参考になるのが、【第4章 クラウドの時代に備える】です。この章では、企業ユーザがクラウドを導入する際に、リスクをどのように考えるべきか、導入に向けてどのように準備していけばいいか等、ヒントと注意点が書かれています。この章を読むだけでも1,260円の元は取れるでしょう。

【「クラウドビジネス」入門】は読みやすくて有用な情報満載の本なのですが、一つだけ残念なことがあります。

この本には執筆完了の直前までの最新情報が詰まっています。この本の旬はまさに今です。移り変わりの激しいクラウド界隈ですので、残念ながら来年の今頃には事例や業界の動きの多くは古くなってしまうでしょう。「TCP/IP入門」のような基本技術の書籍に比べると、賞味期限は短いです。

サービス精神の旺盛な林さんのことですから、長期安定の印税生活を狙うことなく、来年は【2010年版「クラウドビジネス」入門】を出してくれるに違いありません。

今後のクラウド界隈がどうなっていくか、楽しみにしつつ注目していきたいと思います。

参考リンク

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