IT×教育の情報を、青年マーケターがお届けするブログ。

英語の授業が中学校から英語開講になり、日本の英語教育はこれからどう変わるべきか

»

Photo

グローバル化に対応した英語教育改革実施計画として、中学校の授業を英語で行うことが決定され、波紋を呼んでいるようです。

英語授業、中学校も英語で実施へ 教員は「英検準一級」以上

◆中学校で子供が英語で英語を学ぶようにできるのか?

今回文部科学省が取り入れようとしているのは、言語教育学で言う『Immersion Program』というもので、文字とおりimmersion(浸る)ように英語にどっぷりつかり、英語を英語で学ぶという教授法のことです。

オリンピック誘致に成功し、英語学習を日本において本格的にメス入れをしようとする動きはとても素晴らしいと思います。しかしその一方で、わずか7年で既存の英語教育を根本から変えようとするには必要十分な期間かどうかは疑問が残ります。

例えば、おとなりの国韓国では、ゆうに10年を超える期間を費やし、英語教育に必要な1万6,600人の教師を対象に120時間の短期研修を行いました。しかしそれでも、韓国では学校の教室が混乱に陥ったことがあります。そんな韓国は実は、小学校からの英語教育は1997年に小学校3年生から週2回の授業が必須化されている英語教育の先進国なのです(事実、韓国の英語教育は大きく改善されました)

今の日本は、韓国がしたことと同じ過ちを犯そうとしているような気がしてならないのです。"愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶ"とはよく言ったものですが、隣国の二の舞いになる可能性は大いにあるでしょう。

◆日本の最大の問題はカリキュラムではなく教師の質

日本の教員免許のシステムでは、一通りの教育学の科目とそれぞれの科目講義の単位を習得し、介護体験と教育実習を受けることで取得することができます。科目の授業を取ってはいますが、もちろんそれだけで教えられるようになるわけではなく、英語だってそれだけで英語を英語で教えられるようになるはずがないのは、想像に難しくありません。

英語を英語で教えるといことには、主に2つの技能が求められます。

  1. 純粋な英語4技能の高いスキル
  2. 英語をメタ的(客観的)に初学者に教えるスキル

これらのスキルは、ただ英語ができるだけでは到底できません。英語のネイティブであっても英語を教えられるとは限らないことは、日本人が外国人相手に必ずしも日本語を教えることができないのと同じです。その言語ができることと、その言語を教えることができるのは全く異なるスキルなのです。

現状、日本人の英語教師で英語を英語で教えられる人がどれくらいいるでしょうか?そして、それがわずか7年で劇的に変わるでしょうか?早急すぎる変化によって、ただでさえ教科指導の他にも担任や部活動の顧問、生活指導など多忙を極める教育の現場が大きなしわ寄せをくらう可能性が高いのです。

どれだけ素晴らしい英語教育のカリキュラムがあろうと、それを教育の現場で実践するのはあくまで教師です。カリキュラムだけが先行して、肝心の教師が置いてけぼりになっていないか、一抹の不安を感じずにはいられません。

◆今の日本の英語教育に必要なこと

1.教師の質の改善

先述したように、教師の質を上げることは必須です。そして質の向上のためには、優秀な人材が教師になりたいと思うような相応の報酬や働きがい、社会的地位がなければいけません。例えば教育水準が世界一といわれるフィンランドでは、教師という職業はフィンランドでは高校生のなりたい職業上位に選ばれるほど、人気があります。日本で言えば弁護士や医者などと同じくらいの知的教養のある職業として認識されています。(フィンランドの教育についてはこちらの資料に詳細が書いてあります)

まずは日本で優秀な人材が教師になるという選択がしやすくなるようにする必要があります。就活の失敗した時のために教員免許を、という程度の認識のされ方本当に優秀な人材が教師になりたがるようにはならないでしょう。知的プロフェッショナルには、それ相応の報酬が与えられる社会であるべきです。

2.教師の数を増やし、教科指導に専念できるようにする

教師の数の確保もまたとても重要な要素になります。そしてただ教師の数を増やすということではなく、教科指導、生活指導、また保護者へのケアなど多岐にわたる教師の業務をそれぞれ担当する専門家を確保する必要があります。実は教科指導以外に生活指導なども責任範囲である国は珍しく、アメリカなど諸外国ではそういった業務はその専門の人が雇われるシステムになっています。

教科指導のプロフェッショナルが生活指導でも同様にプロフェッショナルとは限らように、それぞれの専門性を活かせるような仕組みとして教師の数を増やし、教師が自分の専門性を発揮できるような環境にする必要があります。

3.学校の中だけではなく英語を学べる環境を整備すること

おそらく週に5時間を英語開講の授業にしたところで、中学生の英語習得が大きく変わることはないでしょう。しかし、世の流れとして英語を身につけることの社会的な必要性は必ず高まってきますし、事実TOEICなど英語試験において就業時に求められるスコアは年々高くなっています。

現状、日本において英語を学べる環境はかなり限られています。受験までの読み書き以外に書くこと、話すことを学べるのはオンライン英会話などのwebサービスくらいであり、おまけに有料です(ビジネスでやっているので当然ですが)。学校で英語を学ぶ機会を増やすと同時に、もっと経済的・物理的に英語を学べない子供が存在しなくなるような社会作りも進めていくべきです。もちろん官民両方から。

英語教育の話は根が深いので、長くなってしまいました。様々な懸念点もありますが、私は英語早期教育の流れにはおおいに賛成です。変化には常に問題が起こるものですが、ただ表面をなぞって上辺だけの変革にならないようにするにはどうするべきか、考え続けていこうと思います。

    このエントリーをはてなブックマークに追加

Comment(0)

コメント

コメントを投稿する