記録するジャーナリズムから、測って確かめるデータイズムへ

ワセダクロニカルが報じた、共同通信スキャンダルで問われる日本のマスコミのデータジャーナリズム

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http://www.wasedachronicle.org/articles/buying-articles/4/

共同通信からの「おわび」-買われた記事04:ワセダクロニクル via kwout

日本の報道の自由報道に関する疑問を書いて以来、報道への不信を感じていたのですが、今回のワセダクロニカルの報道で、共同通信がその報道を認めてお詫びしたというのは驚きました。

なんとなく変な宣伝くさい、報道は昔から見聞きしていましたが、現場の責任者へのコネとか付け届けとかいう程度という認識でした。それが、電通から、KK共同(株式会社共同通信)へ、そして社団法人 共同通信へというお金と記事の流れがある組織的な流れがあったとなると深刻さは大いに違います。

日本のマスコミが、共同通信が配信する記事を拾って見出しをつけて流すのをメインとしているわけで、そこに買われた記事が混じっていたというのは由々しき問題です。

文春砲が持て囃されていらい、他のマスコミが報じたことをソースとして報じることが日本でも始まっています。ここで、ワセダクロニカルを出典として共同通信への疑問を報道するマスコミが出てくるかが日本のジャーナリズムの今後を占うことでしょう。

ワセダクロニカルをみると、私が期待する、データに基づいた報道、データジャーナリズムという言葉がありました。post-truth Politics (ポスト真実の政治)の時代が到来した今、報道は何がフェイクなのかということを問われています。通信社が配信した「事実」に信念を載せて主張する従来型のマスコミを超えて、データを集め分析し、判断する、新時代のデータジャーナリズムが日本に根づくことを期待しています。

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