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「リスクゼロで2桁パーセントのリターン」を生み出すタウリア

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SAPスタートアップ・フォーカス・プログラムについての過去のポスト:

HANAでカッ飛びたいソフトウェア・ベンチャー企業、大募集!~SFPその1

8月29日(水)キックオフ開催!基調講演はなんとあの方!~SFPその2

Startup Forum Tokyo、無事キックオフ!~SFPその3

HANAブートキャンプ!~SFPその4

SAPスタートアップ・フォーカス・プログラムについては、上記のように、このブログでも何度か書いているが、今回はこのプログラムの第一期生ともいうべきスタートアップ企業のひとつ、タウリア TauliaのHANA事例について紹介する。

リスクゼロで2桁パーセントのリターン」を得ることができる、Tauliaのビジネスモデルとは?

 

■支払サイト「60日」の不合理

企業の支払サイト(取引代金の締日と支払日のずれ)は、日本では「翌月」とか「翌々月」つまり締日から約30日や60日が一般的だが、アメリカでもほぼ同様に、「30日」や「60日」が典型的である。

そしてこの100年間、あらゆるテクノロジーの進化にも関わらず、この60日という長さは変わっていない、いやむしろさらに伸びつつあるという。

バイヤー(購買する側の企業)はサプライヤー(納品する側の企業)から請求書を受け取ると、平均して60日後に実際の支払をする。この間バイヤーはサプライヤーから、利子ゼロのカネを強制的に借りているに等しい。

しかしその60日間の資金繰りをつなぐため、サプライヤー側は何らかの資金調達を(もちろん有利子で)しなければならない。銀行から借りるか、あるいは売掛債権をファクタリングするか。そしてこの資金調達コストは、結局は廻りまわって、納品価格に上乗せされているわけである。

この60日間というのは、請求から入金まですべてが郵送と手作業で行われていた100年前には合理的な長さだったかもしれない。しかし受発注管理システム/請求・支払管理システムで電子的に行われている現代においては、単に昔の商慣行の名残にすぎないとも言える。(そしてもちろん、バイヤーにとっては、利子ゼロで資金が調達できるという便利な余禄でもあるだろう。)

しかし、バイヤー側の手元資金に余裕があり、“強制的にカネを借りる”必要がない場合には、この「資金調達コストの上乗せ」は嬉しいものではない。むしろさっさと払ってしまう代わりにその分を値引きしてくれるのであれば、そのほうがよほどいい、というケースも多い。

Tauliaはこの不合理に目をつけ、ダイナミック・ディスカウント Dynamic Discountという新しいサービスの提供を始めたのである。

 

■タウリアのサービス:Dynamic Discount Optimizer

ダイナミック・ディスカウントの仕組みは極めてシンプルだ。

1. タウリアはバイヤー企業に対し「ベンダーポータル Vendor Portal」を提供しているが、この中でバイヤーは「早期支払い金利」と「資金の枠」を設定する。

例えば「早期支払い金利 1.0%/月」「資金 1000万ドル」と設定した場合、「1000万ドルまでの範囲なら早く払えるよ、ただし30日につき1%を割引してくれるならね」という条件をベンダー側に提示することになる。

2. 請求書をバイヤーが受領・確認すると、サプライヤーには自動的に「早期支払いオプション」が提示される

例えば「60日後に50万ドルを支払い」という請求書があった場合、サプライヤーには「30日後なら1.0%割引の49.5万ドル、0日後(翌日)なら2.0%割引の49万ドル」という条件が提示される。(実際には「段」はなく、1日単位で選べる)

3. サプライヤーがベンダーポータル上で条件を確認し、それをOKすると、

4. 双方に自動的に更新がかかる。

つまり「60日後に50万ドル」が「翌日に49万ドル」という請求書に更新され、それが双方のシステム(サプライヤーの請求システム、バイヤーの支払システム)にただちに反映されて、期日に支払いが実行される。

すでにお分かりのとおり、この「早期支払いオプション」は、双方にとって大きなメリットがある。

  • バイヤーにとっては、早く払うだけで、上記の例でいえば月1.0%つまり年12%ものリターンが得られることになる。
     
  • 一方サプライヤーは、2か月早く払ってもらえば、その分資金繰りが楽になり、運転資金の調達が不要になる。

これまではこの「不合理な60日」を乗り越えるために、サプライヤーはたとえば売掛債権のファクタリングを行って、両社とは無関係な第三者に手数料を儲けさせていたわけだが、このコストが不要になるということだ。

そして仮にバイヤーが資本コストがより低い大手企業、サプライヤーが資本コストがより高い中小企業だった場合、このDynamic Discountによるメリットはさらに大きくなる。

話を単純化するために数字を適当に置くと、たとえばバイヤーの資本コストが年1%、サプライヤーは年25%だったとすると、バイヤーは年1%の資本コストで12%のリターン=ネット11%のリターンとなるのに対し、サプライヤーは年25%のコストを払わず12%で済んでいるわけなので、ネット13%のメリットがあるということになる。

そしてどちらにとっても、これは「オプション」にすぎないという利点もある。つまりバイヤー側は、手元資金として設定した枠(上記の例では1000万ドル)に達した時点で早期支払いオプションは提示されなくなるし、サプライヤー側も手元資金に余裕があり60日待って満額払ってもらうほうがよければ、そうすればよいのだから。

 

■タウリアについて

タウリアは2009年にサンフランシスコで創業。当初からこのDynamic Discountingを主要サービスとしている。

CEO、CPO(チーフ・プロダクト・オフィサー)をはじめとする創業メンバーがSAPテクノロジーの経験者であったこと、そして企業間取引(バイヤー、サプライヤー双方)システムの業界標準がSAPであることから、タウリアは当初からSAPとのパートナーシップを組み、主にSAPユーザー企業を中心にサービスを提供してきた。

Tauliaサイト TauliaのWebサイト。右側に「SAP HANA、AWSとの提携」の記事、下のほうに「Vender Portal & Dynamic Discounting for SAP」の文字も見える。

タウリアのWebサイトによれば、彼らの顧客には、ゼロックス、ファイザー、コカコーラ、モトローラ、ジョン・ディア、三菱電機、富士通、ガートナー、キャノン、コダック、スプリント、ベライゾン、アクセンチュア、アーンスト&ヤング、デル、AT&T、ACE、アメリカ赤十字、Fedex、ウオールストリートジャーナル、Yahoo、PG&E、タイムワーナー(以上、順不同)といった錚々たる企業が名を連ねている。

また上記のWebサイト画像の上部には、「ある大手ユーティリティ企業では、2011年の1年間に3140万ドル(約25億円!)の節約を達成しました。タウリア採用に伴うROIは2000%に達しています」とある。

タウリアのサービスが処理した金額の累計は2012年8月の時点で850億ドル(約6.8兆円)に達しているという。

TauliaのWebサイト(英語、以下同様)
http://www.taulia.com/
Dynamic Discountingサービスについて
http://www.taulia.com/platform/dynamic-discounting
より詳細なブローシャ(PDF)
http://pages.taulia.com/rs/taulia/images/Cropped-DDO.pdf
経営陣
http://www.taulia.com/about/management-team
Taulia Completes Record-Setting Second Quarter (2012年8月8日のプレスリリース)
http://www.taulia.com/resources/news/176-taulia-completes-record-setting-second-quarter

 

■HANAの採用でクラウド・ファイナンスへ

今回のスタートアップ・フォーカス・プログラムを機に、タウリアはHANAを彼らのエンジンとして採用し、さらなる新サービスに乗り出した。これはクラウド・ファイナンス Cloud Financeと呼んでいる。

上記ダイナミック・ディスカウントでは、バイヤーとサプライヤーを直接仲介し、ファクタリングを行う第三者を締め出すことによって双方がWin-Winとなって利益を得ていた。クラウド・ファイナンスは、ある意味それとは正反対に、売掛債権の短期ファクタリングを通じて利益を得る機会を第三者に提供することによって、バイヤー、サプライヤー、資金を運用したい第三者のすべてがWin-Win-Winとなる仕組みだ。

参考:クラウド・ファイナンスについて(Tauliaのサイト、英語)
http://www.taulia.com/sap-hana-cloud-finance

サプライヤーが発行した請求書をバイヤーが受領・確認すると、SAP HANAはその支払条件やバイヤーおよびサプライヤーの信用力などをリアルタイムに計算して、適切な「ディスカウント」を第三者に提示する

例えば「60日後に50万ドルを支払い」という請求書があり、バイヤーの信用力が極めて高い(=60日後に支払われないリスクはほぼゼロ)一方で、サプライヤーの信用力はさほど高くなく、資本コストが年25%におよぶと判断された場合であれば、クラウド・ファイナンスは第三者に対して「30日あたり1.0%」(年12%)というディスカウントを提示するかもしれない。

つまり第三者はこの売掛債権をサプライヤーから即日買い取って「60日分=2.0%割引の49万ドル」を支払い、一方60日後にバイヤーから50万ドルを受け取ることになる。第三者は年利12%で資金を運用することができた一方、サプライヤーには25%-12%=ネット13%のメリットがある。

そしてもちろん、Tauliaは、メリットを受ける各社から薄くマージンを得るわけである。

なぜこのクラウド・ファイナンスにHANAが必要なのか?同社のCPO、マーカス・アメント氏は下記のビデオの中で簡潔に理由を説明している。


YouTube: Taulia reinvents discounting with HANA (英語、4分43秒)

「単に、データ量が膨大だからです。我々の顧客である大企業、たとえばジョン・ディアやコカコーラなどの会社は、年間、文字通り数百万もの発注をし支払をしています。そのサプライヤーも数千社に上ります。これらの計算を瞬時に行い、数秒以内にディスカウントを提示できなければ、資本を提供する第三者は去ってしまいます」。

 

■さらにHANA Oneを採用

タウリアのクラウド・ファイナンスは、HANAを含めたそのシステムをAWS(アマゾンWebサービス)上で稼働させることになった。これはAWSでHANAの本番環境が動かせる新サービス「SAP HANA One」上で認定された最初のサードパーティ・アプリケーションとなったわけである。

Taulia、SAP HANAおよびAmazon Web Serviceと提携
http://www.taulia.com/resources/news/211-taulia-teams-with-sap-hana-and-amazon-web-services

クラウド的に多数の第三者から資本を集める、という部分に加えて、システム全体をクラウド化。二重の意味で「クラウド」を名乗ることになった、タウリアのクラウド・ファイナンス。

既存の商慣行の不合理を衝き、HANAのパフォーマンスで解決して、バイヤー、サプライヤー、資金を運用したい第三者、のすべてにメリットを提供する、見事なビジネスモデルである。

しかしタウリアは、ことあるごとに、これは「金儲け(だけ)のためのシステムではない」と強調している。マーカス・アメント氏は上記YouTubeのビデオの中で述べている。

「現代の大企業にとってもっとも重要なのは、信頼できるサプライチェーン。つまり信頼できるサプライヤーたちとのネットワークです。大企業は信用力があるのだから、それを使って、サプライヤーが低利の資金を得るオプションを提供すればよい。そうすることでサプライヤーたちをハッピーにさせ、サプライチェーンをより強固にすることができるのです

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※本稿は公開情報をもとに筆者が構成したものであり、タウリア社のレビューを受けたものではありません。

 

参考情報:

■Taulia on AWS, powered by SAP HANA (2012年10月16日のTech Ed Las Vegasでのビシャル・シッカ(SAPのCTO)のキーノートスピーチの一部を、タウリアのCPO、マーカス・アメント氏自身がアップしたもの(笑))
http://www.youtube.com/watch?v=7NcTZk8cgvE

■Vishal Sikka Announces SAP HANA One: SAP HANA Platform on the Public Cloud (HANA Oneに関するSAPからのアナウンス。Tauliaについても言及されている)
http://www.saphana.com/community/blogs/blog/2012/10/16/vishal-sikka-announces-sap-hana-one-sap-hana-platform-on-the-public-cloud

 

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