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Adobe CS6は電子書籍出版の救世主となるのか? EPUBをめぐる書籍制作現場の困惑と期待

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 前回のエントリー「iBooks AuthorのファイルフォーマットはEPUB3非互換」の注1で触れましたが、オライリー・ジャパンや技術評論社では IT系書籍のEPUB出版を開始しています。出版業界(特にIT系書籍分野)内では以下の記事は相当読まれたようです。

オライリー・ジャパン、電子書籍専用タイトルをEPUBで刊行へ|ITmedia eBook USER
 http://ebook.itmedia.co.jp/ebook/articles/1201/12/news085.html

 そのオライリー・ジャパンのEPUB出版システムの詳細が、オライリー・ジャパンのブログで公開されていました。

オライリー・ジャパンのePUBフォーマットを支える制作システム - O'Reilly Japan Community Blog
 http://www.oreilly.co.jp/community/blog/2012/01/free-opensouce-softwares-support-orj-epub-titles.html

オライリー・ジャパンのePUBを制作しているシステム
Systemdesc
出所:オライリー・ジャパンのePUBフォーマットを支える制作システム, オライリー・ジャパン


 これはすごい。武藤健志さん+トップスタジオさんの技術力が遺憾なく発揮されています。このシステム(※1)は製品化して売り出してもらいたいほどですが、オープンソースソフトウェアを使っているのでちょっと難しいですね、残念ながら。

 実は、このオライリーのEPUB制作環境がニュースになるということ自体、出版業界がEPUB出版で立ち後れている証左となっています。現在、DTPで最もよく使われている組版ソフト Adobe InDesign はDTPデータをEPUB(XHTML)で書き出すことはできますが、市川せうぞーさんによれば使い物になりません(以下の記事参照)。さらにせうぞーさんは、「EPUB(XHTML)が必要であればAdobe DreamweaverとSigilを使う方が100倍簡単です」とまで書いています(※2)。

InDesignは電子書籍の中間ファイルたり得るか?(市川せうぞー)| ITmedia eBook USER
 http://ebook.itmedia.co.jp/ebook/articles/1101/19/news056.html

 しかし一般の編集者やDTP関係者が、EPUB出版のためにDreamweaverとSigilに熟達しなければならないというのは本末転倒というか、通常はあり得ない話でしょう。DreamweaverとSigilに熟達するということは、つまりはWebプログラマー(あるいはHTMLコーダー)になるということに等しく、編集やDTPとはまったく異なるスキルとなります。もちろん、そこに活路を見出して、「紙媒体(DTP)もウェブ(ウェブページ制作)もできまっせ!」と言える人は幸せですが、そうは言えない人のほうが多数なのは想像に難くありません。

 発想の転換で、逆の考え方もあります。DTP(InDesign)を中心に考えるのではなく、EPUB3を主と考えるのです。鎌田博樹さんは、以下の記事で次のように述べています。

ジョブズの遺産:iBooks新戦略をめぐる7つの問い |EBook2.0 Magazine
 http://www.ebook2forum.com/members/2012/01/seven-questions-about-ibookauthor/

出版社がとるべき選択肢は、基本的にはよりEPUB純正にフォーカスすることだ。EPUB3からはみ出た部分に意味があるならば、iBooks AuthorやKindleGenに変換して、それぞれのフォーマットで出版して出せばよい。つまり、「アップルのものはアップルに、アマゾンのものはアマゾンに」ということだ。次に、独自に出版し販売する方法を確保するために、はみ出した部分をEPUB3に取り入れて標準にしてしまえばよいのである。

 たしかに、"電子出版のみに限れば" EPUB3を基本とするという戦略は正しいでしょう。そして、スクリプトを使ってEPUB3のタグをInDesignタグに簡単に変換できればいいのですが、そう簡単な作業ではありません(スクリプトを書くのは、プログラミングの素養がある人でないと無理です)。たとえある程度変換ができたにしても、最終的には手作業でレイアウトを整える必要があります。たとえば、ウェブページに含まれる無駄な改行を取る作業は機械的には行えません。また、図版のテキスト回り込み(テキストの回り込み処理の具体例)も無理でしょう。ほかにもいろいろと問題がありそうです。

 では、今後の道筋として、どのようなものが考えられるでしょうか?
 先ほどのせうぞーさんの発言にもあったDreamweaverは、InDesignと同じくAdobe社の製品です(※3)。であれば、InDesignとDreamweaverがうまく連携して(キレイな)EPUB3を書き出すことができればすべて解決です。間もなく Adobe から CS6(Creative Suite 6)の販売時期について発表されると思いますが、そこで一体どんなサプライズがあるのか。そして、もしサプライズがなかった場合の業界の落胆は相当なものになると思われます。

 がんばれアドビ。

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※1 オライリー・ジャパンのePUB制作システムのコアとなるのが「ReVIEW」です。ReVIEWとは「テキストマークアップ型の原稿フォーマット(および変換システム)」のことで、そのReVIEWについて武藤さんがpage2012のセミナー(2012年2月8日)で使ったスライドPDFがアップされていました。ReVIEW形式のテキストの実例も掲載されています。[追記 2012-02-13]
書籍制作フローを変える。「ReVIEW」という解。
 〜マークアップと自動組版と、時々、電子書籍〜

 武藤 健志 氏(株式会社トップスタジオ)
  http://kmuto.jp/events/page2012/page2012.pdf

※2 Sigileの開発者ブログによれば、SigilのEPUB3対応は「年内に可能かどうか」という状況だそうで、この書きぶりだと来年まで持ち越しそうです。[追記 2012-02-09]
Making epub happen: Sigil 0.5.1 Released|Making epub happen(2012-02-05)  http://sigildev.blogspot.com/2012/02/sigil-051-released.html

※3 Dreamweaverは、元々はMacromedia社の製品で、旧称は「Macromedia Dreamweaver」。Macromediaは2005年にAdobeに買収された。

【関連リンク】
Adobe、「Creative Suite 5.5」発表 メジャーアップデートを2年間隔に変更  http://www.itmedia.co.jp/news/articles/1104/11/news065.html
アドビ、「CS3」「CS4」を「CS6」アップグレード対象に  http://www.itmedia.co.jp/news/articles/1201/13/news027.html

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