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記者としての取材や編集者としての仕事の中から浮かんだふとした疑問やトピックをご紹介。裁判や企業法務、雑誌・書籍を中心としたこれからのメディアを主なテーマに、一歩引いた視点から考えてみたいのですが、まあ、精密でない頭の中をそのままお見せします。

「生き残るための」文章の書き方(11)文章も企画も、すべては「問いかけ」から始まる

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前回、「高いところから見渡して、構成を考えよう」という話を書いた。
今回からは、ちょっと角度を変えた視点から文章の構成について見てみたい。

■生きることは「問いかけ」に始まる
すべての文章は、「......って、なんだろうか?」という問いかけから始まっている。
大学や高校で卒論をはじめとする論文を書いた方も多いと思うが、「何を書くか」という問いかけ、すなわちテーマ設定には時間をかけ、かつ「どうしてこういうテーマに取り組むのか」をきちんと書くように指導されたはずだ。
これが大学院で修士論文や博士論文を書くということになれば、ここがちゃんとしていないと先へ全く進めなくなる。

問いかけとは、「問題を立てる」こと。何が問題か、何が不便か。何を解決しなければならないか......
われわれは言語で世界をとらえている。
視覚や聴覚から脳に入力される以外の五感で感じたことも、必ず言語で認識し、分析し考えている。
だから、文章術だけではなく、政治から行政、農業から第三次産業、日常生活に至るまで、自然に「問いかけ」が言葉でなされている。

「問いかけ」は「答え」が出ることによって収束する。
答えについては回を改めるが、文章の一番シンプルな形は、

「問いかけ→答え」

の構造なのである。
一見、問いかけがないように見える文章もたくさんある。しかしちょっと考えれば、書かれていない「問いかけ」を見つけることは難しくないと思う。

■帯コピーには、その本の「原点」が書いてある
では、私の仕事の分野から例を上げて見てみよう。

たとえば、本の帯に書いてある宣伝コピー。じっくりと読んだことがあるでしょうか?
おそらく書店の店頭で一瞬チェックされて終わりだろうと思う。
しかし、帯のコピーに編集者は力を込めている。
ここが売れるか売れないかの分かれ目だ、と思いながら。
帯に何が書いてあっても変わりないよ、という自嘲も頭の隅にはあるけど。

帯に入れられる限りのある字数(目立たせるためには文字を大きくするので、字数はさらに少なくなる)で、本の内容やウリを伝えなければならない。
時々使われるのは、その本が書かれるもととなった問いかけだ。

こころみに、私のデスクのそばの本を拾い上げてみる。

「頻繁に市場を襲うようになった金融危機の原因は何か。 (問いかけ)
 ウォール街のリスク専門家が体験を交えて赤裸々に描写。 (まあ「答え方」か)
『われわれが、サブプライム問題の犯人です』
 (「答え」。ちょっとトリッキーでお洒落な仕掛けだ)」

(リチャード・ブックステーバー『市場リスク 暴落は必然か』、日経BP社)

もう一冊。

「市場を弄ぶ"魔性の記号"の正体とは (問いかけ)
 サブプライムバブルを演出し、金融危機の"戦犯"と目される格付会社。
 民間企業の「意見の表明」にすぎない格付記号を、
 なぜ市場は盲信し、権威にまつりあげたのか。
 (1行目の問いかけの中身をさらに詳しく問いかけている)」

(黒木亮『トリプルA 小説格付会社(上)』、日経BP社)

本の世界がこの「問いかけ」から始まるのだ。
ところで筆者は金融危機の本を固めて読んでいるようだが、何かものになるのだろうか。
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