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【書評】『スナイパー』:狙撃手たちの実像

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河出書房新社 / 単行本 / 330ページ / 2011-06-18
ISBN/EAN: 9784309205649

殺人請負人、一匹狼、冷酷無比、非人間的な殺人マシン、狙撃手と聞いてイメージすることといったら、そんなところだろうか。今日の戦争では、敵殺傷数の大半が狙撃チームによって行われているという。多くの戦争において、通常戦が終わると、非正規戦へとフェーズが移り変わる。その非正規戦という局面において情勢を優位にするためには、狙撃以外にほとんど手がないのが実情なのである。

本書は30名ほどの狙撃兵から実際に聞いた体験談をもとにして書かれた一冊である。全員米軍での実践経験があり、ほぼ全員が複数の人間を殺している。危険、リスク、困難を背にしながら、自分のミッションに直面しながら生きている狙撃兵たち。そんな彼らの実像に迫るドキュメントである。

◆本書の目次
はじめに 先導するレンジャーたち
第1章  狙撃作戦の基本
第2章  海兵隊狙撃手ジェームズ・グラーテ二等軍層
第3章  ブラヴォー・フォーと8541
第4章  米陸軍レンジャー チャールズ・グリーン少佐
第5章  班長 ジェームズ・ギリランド
第6章  面妖な弾道計算
第7章  二等軍曹 ハリー・マルティネス
第8章  商売道具
第9章  ジェームズ・”ロック”・マグリン伍長
第10章 狙撃手の復讐
第11章 ロブ三等軍曹
第12章 ブライアント・プルーエット
第13章 特技下士官アーロン・アーノルド
第14章 ジョゼフ・ベネット
第15章 米海兵隊二等軍曹ティモシー・ラセイジ
第16章 ジョン・ワイラー
第17章 ケヴィン・マキャラリー
第18章 ジェフ・チャン

本書に登場する狙撃手の言葉を借りれば、その仕事の一部は科学だという。はるか遠くにある極小の標的に、弾丸を命中すればどうすればいいかという科学なのである。重要な変数の一つに風がある。わずかな微風でも600メートルを超える距離になると、フィート単位でのずれが生じる。さらに、これが遠距離射撃になると、地球の自転まで計算にいれなければならないのだ。武器も戦術も目新しいものではないのに、敵兵からもっとも恐れられる所以は、こんな緻密さのうえに成り立っている。

狙撃兵のほとんど全員が、その人間性を疑われた経験を持つそうだ。だが、驚くことにそうした非難のほとんどは、民間人ではなく、ほかの軍人からのものであることが多いという。狙撃手は、現場に全ての裁量がないとその機能を果たすことは難しく、戦闘をコントロールしたがる指揮官とはそりが合わないなどというところにも要因があるようだ。

戦場に赴いた兵士とPTSDとの関係は、非常に密接である。戦場ではマシンのような冷静さを究めた狙撃手たちも、やがて故郷に戻ると、人間の良心との呵責に苛まされているに違いない。そんなどこか願望にも近い気持ちで読み進めると、その期待は木っ端みじんに打ち砕かれる。本書に登場する約30名が、ひとりの例外もなく、人を殺したことに罪の意識も後悔の念も抱いていないという。なかにはエクスタシーに近い高揚感を覚えたと言うものまで登場する。かといって、彼らがゲーム感覚で人を打ち抜いていく殺人鬼のような人種かというとそれも違う。

例えば戦場にて。ひとりの男が歩いてきて、道端に立ち止まったとする。小さなブリーフケースから何かを取りだした。ただのゴミだろうか、それを地面においたら、再び来た道を戻ろうとしている。このあっという間の数秒間に、この男が、罪のない民間人か、それとも敵の隠れ戦闘員かを判断し、決断を下すのである。その過程において、倫理的、道徳的、法的、戦術的、技術的な全ての見地から決断するという技法を持ち合わせなければならないのである。

爆弾を落とすパイロット、砲撃を撃つ砲手などは、標的が物理的に遠すぎて、自分の罪を想像することしかできない。しかし、狙撃手は、自分の相手に殺されるだけの理由があることを、自分で理解し、自分の判断で相手を撃つ。敵を個人として識別しているかどうかが、最大の違いである。そして、自分の行為の結果をその目で確認し、それを引き受けて生きているのだ。

本書は、軍事上のアーカイヴとして貴重な価値を持つものであるだろう。しかし、一方で、本書に登場する人物は、他人にその詳細を語ることが出来るくらい、自分の心に折り合いのつけることが出来た30人に過ぎないという見方もできる。人には話せずに、いまだ苦しむもの、あるいは戦場において一瞬の逡巡が命取りとなり、帰って来られなくなったもの。そんな声なき声が、30人の背後にはあるということを忘れてはならないだろう。

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