【書評】『ゲームシナリオのためのSF辞典』:フィクションとノンフィクションをつなぐ
歴史の世界に「たら、れば」は禁物と言われるが、科学の世界においての「たら、れば」は大きな意味を持つ。夢想するという遊び心こそが、さまざまな真実を解明してきたことに違いないし、SFというジャンルに昇華することでエンターテイメントにすることもできる。本書はそんなSF小説やゲームを創作する際のネタ本として活用することを目的とした、変わり種の一冊。
SFに登場した題材やテーマをきっかけに、そのテクノロジーに興味を持つことは多い。SFが、科学における『もしドラ』のような役割を果たすこともありうるのだ。仮に、SF小説やゲームの制作に携わる人でなくても、本書は十分に楽しむことが出来るだろう。
◆本書の目次
第1章 科学技術
テラフォーミング/重力制御/タイムトラベル/タイムパラドックス/質量保存の法則/エントロピーの増大/反物質/バイオテクノロジー/動物の知性化/クローン/人口知能/ロボット/アンドロイド/生命倫理/バイオハザード/パワードスーツ/ビーム兵器/物質転送/ロケット/スペースシップ/宇宙推進器/超高速航行/ウラシマ効果/ワープ航法/コールドスリープ/サイバネティクス/コンピュータ/ハッカー/コンピューターウィルス/電脳空間/バーチャルリアリティ/ナノテクノロジー/ローテクノロジー/サイコダイブ/オーパーツ/超古代文明
第2章 巨大構築物
軌道エレベーター/宇宙ステーション/宇宙コロニー/ダイソンスフィア/ジオフロント/ウォーターフロント・海上都市/海中都市/移動都市/ドーム都市/巨大移民船
第3章 生命
生物の進化/DNAと遺伝子/シリコン生命体/スターシード/人工生命/情報生命体/ウィルス・細菌/ミュータント/生きている化石/超能力/不老不死/新人類/アフターマン/シフトアップ/オーバーロード
第4章 世界・環境
暦/地球温暖化/氷河期/ユートピア/ディストピア/ハルマゲドン/核の冬/汚れた未来/カタストロフィ/資源問題/パラレルワールド/異次元/深海
第5章 宇宙
宇宙空間/星/宇宙開発/惑星/恒星/小惑星・衛星/彗星/ガス惑星/太陽系/銀河系/宇宙線/ブラックホール・ホワイトホール/中性子星/スペースデブリ/スペースマタ―/エーテル/地球外生命体/宇宙からのメッセージ/宇宙人/宇宙時代における犯罪
第6章 テーマ
ファーストコンタクト/宇宙戦争/銀河帝国/クラウド/生活圏拡大/情報戦争/歴史改変/スペースオペラ/サイバーパンク/スチームパンク/コンピューターの暴走/ロボットの反乱/ポスト・アポカリポス/人間の意識/神と宗教
例えば、本書を脇に置きながら、ゼロ年代最高SFとの呼び声が高い『虐殺器官』(伊東計劃・著、ハヤカワ文庫)をめくってみる。
『虐殺器官』-あらすじより
9.11以降の、”テロとの戦い”は転機を迎えていた。先進諸国は徹底的な危機管理体制に移行してテロを一掃したが、後進諸国では内戦や大量虐殺が急激に増加していた。米軍大尉クラヴィス・シェパードは、その混乱の影に常に存在が囁かれる謎の男、ジョン・ポールを追ってチェコへと向かう・・・・・彼の目的とはいったいなにか?大量虐殺を引き起こす”虐殺器官”の正体とは?
描かれているのは「核の冬」と呼ばれる時代での出来事。主人公は科学的に「サイバネティクス」と呼ばれる情報処理を行いながら戦闘をし、「DNAと遺伝子」などのストーリーが随所に散りばめられている。後半の肝となるシーンにおいて、主人公は、とある女性にこのように言われる。
「進化が良心を生み出したの。わたしたちの文化も。親から子へ、人から人へ伝えられる情報の流れ。ミーム、ってことば、知ってるでしょう」(※『虐殺器官』、P206)
例えば「ミーム」に関する説明は、本書の「情報生命体」の項目で、以下のように書かれている。
「ミームとは、人の心の中の情報生命体と言えます。生物と違い、情報自体が活動したりするわけではありませんが、人間の心を通じて繁殖するわけです。」(※『ゲームシナリオのためのSF事典』、P123)
ちなみにこの「ミーム」という概念は、リチャード・ドーキンスによって提唱されたものであるそうだ。『虐殺器官』の中で大きな意味をもつ「大量虐殺の文法」も、この「ミーム」の一種と捉えることができる。そして、この「ミーム」と人間精神とのせめぎ合いこそが『虐殺器官』の主題であることを、読み解くことも可能だ。
本書を活用することで、SF小説を十倍楽しく読むことができるだろう。そして、フィクションとノンフィクションをつなぐ”知の扉”を開けることができる一冊でもある。
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