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【全くの雑談】相撲八百長問題に思う

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全くの雑談なんですが、Twitterに書くにはスペースがないので。

私は相撲は全くと行って良いほど興味がないのですが、最近の相撲八百長問題で思い出したことがあります。

私はプロレスは昔から好きだったんですが、かなり昔の米国の新聞でプロレスラー(たぶん、ダニースパイビーだったと思いますが記憶があやふや)がインタビューを受けていて、"Is professional wrestling real?"と単刀直入に聞かれた時に、"Yes, the skill is real."と回答していました。

これは、プロレスの本質を表した名回答だと思います。100キロを越す大男が一生懸命スキルを磨いて超人的な運動神経を見せてくれるという点で、筋書きが決まっているとかそういう話とは関係なしに価値のあるエンターテイメントだということです。

相撲だって力士が体を鍛えているのはリアルな話なので、試合が見ておもしろければ勝ち負けがあらかじめ決まってようが関係ないと個人的には思う(もちろん、明らかに手抜きとわかる試合では困る)のですが、そうはいかんのでしょうね。相撲の八百長裁判で力士が「技術は本物です」などと回答したら暗に「試合は八百長です」と言っているようなものなので大失言とされてしまうでしょう。

Comment(4)

コメント

ゆきち

その流れでいくなら、相撲も電流爆破マッチ開催とか、主催団体を複数立ち上げて、エンタメ主体とガチバトル主体の団体にわかれるとか、そういうことが起きてもいんじゃないですかね。まあ、利権がありすぎて、そういうことはほぼありえないでしょうけどね。

伝聞情報なんですが、「ヤバい経済学」(http://bookweb.kinokuniya.co.jp/htm/4492313788.html)のなかに統計的に相撲の八百長を証明している記述があるそうです。
裁判でも証拠として出せばよいと思うのですが、統計的な証明ではだれがやったかは分からないので、認められないのでしょうかね。

yocc

プロレスが一時の繁栄を失い、その座を他のよりリアルっぽい格闘技競技が埋めていることを考えると、どうかな、と思いますけれど。
「この勝負(というか興行ですね)には意味がある」という幻想を興行主の側が担保するのか、それともそこを興行側は担わずに観客の側が割り切ってみるのか、興行の質としてあまりにも大きな違いがあります。勝負事であるという看板を外すなら、客側の失望感もありますし、大きな代償を払う覚悟がいると思います。

それよりは、勝負事として成り立つような競技システムを作り上げたほうが前向きと思います。
相撲協会は無論、現状維持を望むでしょう。しかし幻想の維持にほころびが出てしまってるとなれば、どっちかに進まざるを得ないでしょうね。

単純に、嘘をつかれているのがいやなんですよ。
 
テレビのヤラセ問題と同じことです。

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