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AWSの無償インスタンス提供の先にある戦略とは

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先週は、Amazon Web Servicesが新たな価格帯をEC2に対して提供を開始した。 

無償インスタンスの提供である。 

ただし、期間が一年と限定されている事と、インスタンスのサイズも限定されている、といういわば期間限定、お試しバージョンのサービスの登場である。

俗にFreemium、と呼ばれるビジネス戦略はクラウドのビジネス、Web2.0の市場においてはごく当たり前に提供されるもので、AWSは、既にSimpleDB, Simple Queueing Service (SQS), Simple Notification Service (SNS)の3つのサービスに対しては無償のサービスを提供する中、今度は中核のサービスであるEC2も無償で提供する事になった。 

多くの記事がこの無償のサービスの登場について分析を行う中、主としてその分析はユーザーの急激な増大に対する期待に集まっているが、いくつかの記事はその先の一年後、この無償サービスの期限が来た時にどうなるのかについては議論している。
下記のような予測があげられている。

● クラウドの導入は、企業に取ってのIT資産の容量管理(Capacity Planning)の考え方に大きな影響を与えている。従来、システム運用のピーク時に照準をおいたシステム容量を基本的に行っていた考え方が、システムの負荷が最も低い状態に主軸を置いてシステム容量設計を行う考え方に変わりつつある。
● その一つとしてあげられるのが、逆転の発想である。通常のシステム運用をクラウド上で行い、そのシステム構成は、最低限を負荷に対応できる規模に押さえておく。その代わり、システムに対する負荷が増大した時にOn-Premiseにおいてそのサービス要求をすべて受ける構造を持つ方式である。
● この方法論と、上記のAWSの無償サービスを組み合わせると、通常のシステム運用を事実上タダで動かす事が可能になる。負荷増大が起きた時だけ、必要な分のIT投資を行う事によってシステム運用コストを最適化する事が可能になる。

AWSの提供するこの無償サービスは、単にAWSの新規ユーザを開拓する事だけではなく、システム運用の新たなコンセプトを実際に実現できる環境を提供できる、という点で大きく評価をしてるアナリストが登場している。

同じ分析記事に置いて、さらにAWSの内部におけるメリットもいくつかあげられている
● 一度システムの小さなインスタンスをAWSに作り上げると、ユーザはそこから出て行くインセンティブがほとんどなくなる。通常はタダでシステム運用を行い、いざトラフィックが増大した時だけ費用を支払うという仕組みが出来上がるため、AWSとしては無償サービスで入ってきた顧客はほぼ永久的にユーザであり続ける事が期待できる。
● 顧客あたりのインスタンスが小さければ、総合的にAWSの運用するデータセンタ環境のUtilizationが向上することになる。大きなインスタンスを数個保有するより、小さなインスタンスを大量に保有する方が、技術的にデータセンタの利用率が向上する事が期待される。 大きなインスタンスを契約している企業がある時点で契約解除した時にその違いが顕著に現れる。 小さなインスタンスは入れ替えが激しいかもしれないが、ある程度一定の顧客層と利用率を保証できるからである。 さながらテトリスのゲームのようである、というたとえもある。
● 基本的にIaaS事業は、長期契約があまり存在しないため、上記のように小さなインスタンスを重視した経営方法というのは非常に需要な意味をもつ。この辺の戦略、従来のSI事業としては従来の発想から切り替えるのに苦労する事が多いに想定される。
 
結論として、AWSのコンセプトは次のような捉え方をする事が可能である。
● 長期的な契約を欲するユーザのためのサービス = Reserved Instances
● 短期、小規模のインスタンスを要求するユーザ層 = 今回発表された無償バージョン
● それでも余剰の空間をオークションを通して更なるユーザ要件で埋め、極限までデータセンタの利用率を向上させる = Spot Instances

クラウドコンピューティングは技術論ではなく、ビジネス論である、と今や多くのアナリストは論じており、今回の発表とそれに同期した分析を集約すると、さらにこのコンセプトが進化して、経済論になりつつある、と感じている状況である。 英語で言うと、"Cloud Economics"という言葉でよく表現される。

日本のクラウドコンピューティングも、そろそろ技術論から脱して、一挙に経済論、それも日本のIT市場に合った形での経済論が必要になっている、と強く感じている。

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