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ケータイ小説、2つの視点

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偶然かどうかは分かりませんが、ケータイ小説をテーマにした新書が、最近続けて2冊発売されました。ソフトバンク新書の『なぜケータイ小説は売れるのか』(勝手ながら、以下『なぜ』と略します)と、マイコミ新書の『ケータイ小説がウケる理由』(同じく、以下『理由』に略)です。既に弾さんが両者を比較したレビューをされているのですが、僕も蛇足気味に比較レビューを。ちなみに僕は(当然ながら?)献本ではなく、どちらも自腹で購入したものです。

 

両者はともに、「代表的なケータイ小説は何か」「これまでどのように発展してきたのか」などの概略を解説してくれています。この点については大きな違いはなく、どちらを読んでも一通りの情報が得られるでしょう。しかし「ケータイ小説って何?」という解釈の部分については、両者は大きく異なります。

 

まず挙げられるのは、両者が注目しているものの違い。『なぜ』ではケータイ小説の中身を見ることに重点を置き、その内容が文学や物語の歴史から見た場合にどのように位置付けられるかを考察されています。これは著者の本田透さんが、『電波男』などの著作がある作家さんであるという点が大きいのでしょう。一方『理由』の著者は、モバイル関連サービスを展開する会社・株式会社イオスCEOの吉田悟美さんで、いわばケータイ業界の人。おのずとケータイ業界全体から見た視点が多くなり、「仕掛け側」の人々(魔法のiらんどなどのサイト運営者や、ケータイ小説を出版した出版社など)への取材も行っています。『なぜ』が内側を見ているのに対して、『理由』が外側を見ている、といったところでしょうか(もちろん両者ともそればかりではありませんが)。

 

しかしアプローチの仕方については、両者の関係はまったく逆になります。『なぜ』の著者である本田さんは、あくまで「外部の人間」という立場を崩しません。外部の人間のままで、ケータイ小説と「ケータイ小説にハマる若者」を分析し、ご自身の枠組みの中で解釈をされています。一方、『理由』の本田さんはご自身もケータイ業界に長く身を置かれているということもあって、「当事者の視点を理解しよう」という姿勢が感じられます(例えば『なぜ』では一切行われていない、ケータイ小説の著者や読者に対するインタビューが、『理由』では積極的に行われているという点が象徴的でしょう)。『なぜ』は外から中を見た本、『理由』は中から外を見た本、と対比できるのではないでしょうか。

 

従って、「ケータイ小説の中身と、それを取り巻く人々のどちらにより興味があるか」という点を考えないでみた場合、私たち(30代前後のPC世代を想定しています)に読みやすいのは『なぜ』の方でしょう。「ニヒリズム」「ポストモダン」「ニーチェ」などの言葉が普通に飛び出してくるものの、本田さんの視点は私たちと同次元にあるものであり、それ故(同意するかどうかは別にして)『なぜ』に出てくる意見は理解しやすいと思います。一方の『理由』には哲学用語は間違っても出てきませんが、

 
   

――自分のパソコンが欲しいと思う?

   

★(アサミ)思わない。ケータイで全部できちゃうから。ケータイはメールもできるし、パソコンは持ち運びづらいし、やっぱりケータイ。

   

(『ケータイ小説がウケる理由』74ページ、一年生の女子高生に対するインタビューから抜粋)

 

など、所々で「彼ら」の世界を理解しないといけない箇所があります。その意味では、何度も読み返すようになるのは『理由』の方かなぁ、という感じですね。

 

ということで、視点の異なる2冊の「ケータイ小説解説書」。別に狙ったわけではないのでしょうが、上記の通り両者がお互いに足りない視点を補うような格好になっているので、一緒に読めばケータイ小説への理解が倍増するのではないでしょうか。弾さんも「両方読むとケータイ小説論はもうマスターしたといっていいだろう」とコメントされていますが、できれば2冊とも、間隔をあけずに読むことをお勧めします。

< 蛇足 >

ちょうどタイムリーなことに、昨日の朝日新聞に「携帯電話のフィルタリングにより、ケータイ小説の掲示板からも未成年が閉め出され、ケータイ小説がピンチに陥っている」という記事がありました。なぜ掲示板へのアクセスが、ケータイ小説にとってそんなに重要なの?という点についても、両書(特に『理由』の方)を読むと理解できるでしょう。簡単に言えば、ケータイ小説が執筆され、人気を博すまでに著者<->読者間のコミュニケーションが非常に大切であり(例えばケータイ小説では、読者の反応によってストーリーが変化するということが度々起きる)、携帯フィルタリングによってこの関係が断ち切られようとしているわけです。携帯フィルタリングが何を壊そうとしているのか、より正しく把握するためにも、両書を読むことが必要かもしれません。

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