UX(ユーザーエクスペリエンス)を黎明期から追いかけ続けてきた筆者は、昨年度の成長期を経て、いよいよ今年度は成熟期に入ろうとするUXの姿を再び追いかけることにした。第2章の最後に「UXは概念や理念」であり「デザイン思考などの方法論でUXを実践することの必要性」を論じてきた。ただし、その孤高な理念を下敷きにしても、なかなか実際の業務に反映できない、もしくはその効果や価値が見えにくいとの話を、特に現場ではよく耳にする。そこで第3章では、UXの成熟期を見据え「より現場に即したUX」とは何か、もしくは「UXを通じて何が日頃の業務や事業全体に貢献するのか」といったことに焦点を絞り、言及してみたい。

【第10回】デザイン思考ベースのUXグランドデザイン

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・デザイン思考の盛り上がり

デザイン思考の話を講演ですると、いつも皆さんに熱心に聴いていただける。そのブームとも言うべき雰囲気を、昨今は特に肌で感じる。デザイン思考は、私のようなデザインがバックグラウンドの人間ですら、数年前まで耳にしたことがなかった。ましてや、そうでない人々にとってはデザイン思考と聞いただけで、自分の話ではないと耳を閉じてしまうのが一般的だろう。私自身も自分のテリトリーであって、一般の人々にはほぼ無関係のことと誤解していた。

 

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・経済産業省も進めるデザイン思考

untitled.bmpところが昨年のちょうど今頃、いつもやっているUX活動の線上で、経済産業省からデザイン思考の委員会にお声掛けをいただいた。もちろん経済振興が主業務の一部となる経済産業省にとって、デザインに関わる興味をお持ちの方々がおられても、それは不思議ではない。デザイン思考を手法のひとつとして確立し、日本企業全体へ波及させ、日本国経済の成長の原動力とするといった孤高なリーダーシップに大いに共感し、本委員会に参加した。委員会では省庁の縦割りの課題や知的所有権での障壁、さらにグローバルでの壁や法規制にまで話は及んだ。ただ、日本には私たちが古来から持つ固有の良さがあり、デザイン思考自身も既に日本文化の中には含有している事実すら発見できた。大変有意義な委員会に日立代表として出席する機会を得たことを、改めて関係者に感謝したい。

 

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・IDEOがけん引するデザイン思考

このデザイン思考は私が知る限りでは、米国のデザイン会社IDEO社がけん引していると思っている。数年前に他界した創立者のビルモグリッジ氏とは、1980年代に私が米国駐在している際に、IDSA(米国インダストリアルデザイナーズ協会)を通じて知り合い、当時彼が社長をしていたIDEO社の前進であるサンフランシスコのID-Two社に訪れたこともある。その会社はアップル社の画面デザイン全般を引き受けていたと記憶しており、デザイン業界でも最先端企業だった。したがって、単にデザインに特化した事業領域から、現在のデザイン手法をとおしたデザイン思考を売りに、米国でも主要なコンサルティングファームに変貌を遂げた、その先端を志向する企業成長のプロセスには納得ができる。

 

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・誰もが取り組めるデザイン思考でイノベーションを起こす

このデザインの非デザイン領域への解放は、前回のコラムでリフレームについて述べているが、まさにその典型だ。デザインは好きだがデザインしたり考えたりはできないと決めつけている多くの人々に、その考え方を転換させた。クリエイティブを生み出し、事業にイノベーションを起こすのは、デザインそのものもあるかもしれないが、むしろその発想やデザインを生み出す手法にこそ、トリガーがあるということ。そして、それはデザイナーの特権や特質ではなく、誰もが取り組めるということが広く波及し、デザインそのものが多くの人々にとってより身近な存在になった。ここに至るプロセスでのIDEO社の果たした役割は大きく、デザイナーが常に求め続ける「見やすく」「分かりやすく」「使いやすく」そして「伝わりやすい」といった多くの要素が、さまざまな分野で多用され、デザイン思考は、企業の事業成長を支える手法であり、イノベーションを起こす足がかりになるという考え方が、広く定着した。

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・何をやるにも「仮説」と「可視化」を忘れない

これまで当社で取り組んできたUX活動の領域は、「提案力」「商品力」「品質の向上」であり、いずれの場合も、上記の「見やすく」「分かりやすく」「使いやすく」そして「伝わりやすい」といった要素は不可欠で、それらをかみ砕き、以下のチェックリストに置き換えてみた。これを単に評価するだけでなく、仮説を持ち可視化(ビジュアライズ)することも忘れてはならない。

 ■提案力

  • 幹部向けにはきちんとエグゼクティブサマリーを準備する
  • より深くお客さまのことを知り見る、その意味でエスノグラフィ(行動観察/前回コラムを参照)を使う
  • 見る側、聴く側の立場に立った内容や構成へリフレーム(前回コラムを参照)を加える
  • お客さまの単なる事業貢献だけでなく、イノベーションを起こすところまで提案に加えるのが真の提案書
  • お客さますら見えない課題を浮き彫りにして、コンセプトを共創する
  • 標準提案書は効率化を図れるが、内容はお客さまごとに必ず精査する

 ■商品力

  • クラウド社会、利用社会では、継続的な利用を前提としたサービスを準備する
  • ストーリーのない商品は売れない、必ず商品単位でエクスペリエンステーブル(サービスを構成する価値や登場人物を整理し、その経験の流れを遷表化)を作る
  • ルック&フィールを重視する、デザインはサービスの一部と深く認識する
  • ステークホルダーすべてに対し、「見やすく」「分かりやすく」「使いやすく」そして「伝わりやすい」をユーザビリティで実現する

 ■品質向上

  • 「見やすく」「分かりやすく」「使いやすく」そして「伝わりやすい」ということが、すなわち品質が良いということ
  • サービス利用という考え方から、サービス共有という考え方へ移行
  • 品質評価がそのまま客観評価につながるコミュニケーションルートを作る
  • お客さまの意見や満足度をウォッチし、修整機会や修整ルートを常に準備する
  • サービス利用期間の長さこそが感謝の大きさと同義と考える

 

そして、サービスドミナントロジックで検証する

さらに上記を包含した上で、サービスドミナントロジック(従来のモノやサービスを一体化し、「新たな概念のサービス」として再定義し、さらに売る側と買う側の垣根を取り払い、その関係性をプラットフォームと捉え、価値や利益を共有、常にそのプラットフォーム上で相互に事業を共創)を実践していくことが、これからの事業には求められる。そして、それこそが、豊かなステークホルダー間の経験を産み、経験価値が高まるルートとなる。

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・今の経営者に求められるもの、それがサービスドミナントロジック

私自身はこの新たなスキームを考えて行く中で、大きなバリヤとなり、行く手を阻む障害は、利益至上主義をけん引する経営者なのではないかと思っている。国内に目を向けると、少子化や未婚者増加による人口減少は必至で、これまでのようにマーケットが拡大するとは考えにくい。一方グローバルでも一部を除いては、似たような状況へと向かっている。持続可能な地球や社会を築く中で、エコシステムに目を背けることはできない。したがって、そのプラットフォーム上では、利益や価値だけでなく損失や障害についてもその痛みを分かち合うことが、真のサービスドミナントロジックの実践であるし、何より驚きや感動を共有できる経験価値基盤は、良し悪しを取り混ぜることで、より強固となる。

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悪い経験もUXの一部

UXは、常に「良い経験をお客さまに提供する」ことに議論が集中しがちだが、実は悪い経験もUXの一部であり、今後は総合的に経験を捉えることが、良い経験を浮き彫りにし、価値を高めることになる。またそのポイントは前述の「見やすく」「分かりやすく」「使いやすく」そして「伝わりやすい」といった要素により構成されていることが肝要で、既に多くのビジネスに解放されているデザイン思考は、持続可能な社会を形成する企業にのみ、その事業発展を約束してくれるのだと、私は常々考えている。

UXのグランドデザインを進めるうえで、本コラム「UXのトビラ」「UXのトビラ2」で述べてきた要素は、是非ご参考にしていただきたい。世界のすう勢はホリスティックエクスペリエンス(全体経験)であり、地球全体のハーモニーが要になる。これから自社の中期計画や長期計画を立てられるのなら、是非デザイン思考を活用されながら、真のUX企業をめざしていただきたいと思う。

 

次回は、本シリーズの最終回となるので、UXの未来シナリオについて議論してみたい。UXそのものが今後はどのように進化し、企業や社会にどのように溶け込んで行くのか考察してみたい。

 

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