UX(ユーザーエクスペリエンス)を黎明期から追いかけ続けてきた筆者は、昨年度の成長期を経て、いよいよ今年度は成熟期に入ろうとするUXの姿を再び追いかけることにした。第2章の最後に「UXは概念や理念」であり「デザイン思考などの方法論でUXを実践することの必要性」を論じてきた。ただし、その孤高な理念を下敷きにしても、なかなか実際の業務に反映できない、もしくはその効果や価値が見えにくいとの話を、特に現場ではよく耳にする。そこで第3章では、UXの成熟期を見据え「より現場に即したUX」とは何か、もしくは「UXを通じて何が日頃の業務や事業全体に貢献するのか」といったことに焦点を絞り、言及してみたい。

【第10回】業種により変わるUXのアプローチ(自治体・流通・金融)

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私は一時金融事業部に在籍し、主として金融系のWebサイトのデザインコンサルタントやサイト制作を担当していた。2000年代前半のことで、まだまだデジタルマーケティングに至る前のいわゆる情報提供が主となるホームページの時代だ。ただ、当時からお客さま経験価値(以下UX)を主として考え、それをサイトデザインに反映し、UXを追求していた。その後、研究開発部門でシステムのユーザビリティやGUIなどを掘り下げ、マーケティング部門への異動となった。常にお客さま視点を意識して、現職場ではデジタルマーケティングを推し進めてきたにもかかわらず、どうも業種によってUXへのアプローチが違うのではないかという疑問が常々あった。そこで今回は、日立システムズ社内関連部署へのヒアリングを元に業種での違いを浮き彫りにし、それぞれでのUXアプローチについて考えてみた。

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■自治体系のUX:住民を待たせない、たらい回しにしない

自治体の業務も多く請け負っている当社では、マイナンバー制度の導入により、一大変革期を迎えている。このマイナンバー制度は、単に自治体だけでなく一般の企業でもその対応を迫られており、来年から逐次制度の導入が進んでいく予定だ。私自身も過去に何度も自治体に足を運んでいるが、ライフイベントの際はとにかく公私共に忙しい。そんな中で、証明書の発行や各種届け出などの手続きは、できるだけ簡略化したいのは誰でも同じだろう。自治体サービスのUXは、まさに「待ち時間を減らす」「たらい回しにしない」の解決の歴史だったといえる。その途上では、住基カードやコンビニ交付サービスなどが登場した。住基カードは発行に手数料がかかるうえ、効果と照らし合わせた結果、残念ながら活用されているとはいいがたいが、今回のマイナンバー制度は、個人番号カードの発行が全国統一で無料。また、現在利用されているコンビニ交付サービスは画期的で、本庁で例えば300円で発行される証明書が250円の自治体などもある。こちらについては時間的にも金銭的にもユーザー視点に立っているので有効活用されているが、マイナンバー制度導入で、さらに進化の可能性を感じる。また、市民への窓口間における複数サービスの、導線の整理やレイアウト変更、庁舎建て替えの際には総合窓口を設け一本化するなど、自治体単位では大変な苦労を伴い、UX視点での住民サービスの向上に努力しているが、今後はこれら多くの課題がマイナンバー制度の導入により解消されるだろう。

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さて今後の自治体UXはどう変わるか。一言でいえばネット自治体、バーチャル自治体になるだろう。庁舎に足を運ぶという機会は激減し、マイナンバー制度の共通基盤上で届け出や証明書発行、決済などが進み、明らかに住民の作業も減る。さらにその先は、出産や入学、進学や引っ越し、就職や結婚、定年などのライフイベントが自動登録され、各種届け出や証明書の発行自体も無用になる時代が到来するかもしれない。本来UXは課題解決のプロセスで有効だが、究極は課題がないということだ。

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■流通系のUX:Speed is Money 時間をお金に換える

最近A社の会員向け1時間配達サービスが話題になっているが、産業流通の中でも、リテールに関わる流通業は最もUXが要求される業種だ。この業種の現時点での最大課題は「人材不足」。飲食業も含め、とにかく人が足りない。従来は潤沢な人材を背景に、しっかりとした教育期間を設けて一線に配備していたのが、そもそも人材がいないうえ、いても教育の時間がなかなか取れないというのが実情だ。そこでIT武装による合理化や効率化が求められるが、すべてのビジネスはサービスだといわれるこの時代に、サービスを売りとしている業界は新たな段階に移らなければ、その存在価値を問われる。欲しいものを欲しいときに欲しい人に届ける。そのためにはUXをベースとしたカスタマージャーニーマップの作成やサービス提供シナリオを作ることが重要になる。

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業界での課題が「人材不足」とするなら、エンドユーザーはどうかというと「時間」であり、サービスのスピードを際限なく求める。どのような業界でも常に差別化が求められるが、A社が売りを「Speed」としながらUXでも差別化されていることが重要だ。具体的にはスマートフォンやタブレットなどの入力にストレスがないこと、倉庫群が配達先とマッチングされていること、洗練された配達員がいることなどがすべてスムーズに連携されて、はじめてひとつのサービスが実を結ぶ。現時点は都区内の一部のみだが順次広がるということで、ロジスティクスの従来概念に一大変革を起こしつつある。いよいよサービスデザインの真価が問われる時が来た。

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さて、今後流通の世界はどう変わるか。個人データの蓄積がさらに一歩進み、ある個人の起床から就寝までのさまざまな行動や思考経路から次の一歩を、場合によってはリコメンド行動やリコメンド思考の選択肢を提示され、サービスに浸る、もしくは浴びる状況になるのではなかろうか。筆者はほぼ20年近く前にウェアラブルPCのデザインを担当していたが、当時やっと商品化にはなったものの、周辺のネットワークやサービス、コンテンツまで含め、UX視点でのサービスまで練り込めなかった。機が熟していなかった。しかし、今はコンテンツもあり、アプリもあり、ネットワークも整備され、ビッグデータの利活用もますます進む。おそらくウェアラブルもひとつのソリューションとして、流通業界ではテーマになっていくだろう。また、本コラムで度々登場しているAI(人工知能)による徹底的な自動化やビーコンを利用したマーケティング主導の囲い込み、情報提供もさらに進むと思われる。そこでの基本は、やはりお客さまの経験を価値に替えるUX発想、そしてそのスピードアップやリアルタイムなどの「時間」がキーになるだろう。

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■金融系のUX:UXで仕切る金融系コンタクトセンター

すでに一部の金融機関でAI(人工知能)を使ったコンタクトセンターが話題を呼んでいるが、ほかの業種同様にAIの活躍する場が多いのも金融系の特色だろう。コンタクトセンターには大きく分けて、3種あり、「インバウンド型」がマーケティングを目的としてお問い合わせや資料請求を受け、実顧客化していくもの。2つめが「アウトバウンド型」、こちらもマーケティング目的で、コンタクトセンター側からお客さまに電話をかけるタイプ、そして3つ目が「ヘルプデスク型」だ。金融系の場合、AIが活躍する場は3つ目で、お困りのお客さまに応対するのが主だ。(やや書くのははばかられるが)優良顧客はリアル店舗へ、そのほかの多くのお客さまは、できる限りスピーディーに、しかも気持ち良く完結させるのがUXの基本だろう。従って、前者は人中心の手厚い対応、後者はAI+人での対応だ。

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さて、金融系の顧客接点についていうと、そもそも金融商品やサービスが分かりにくいと感じる方は多いと思うが、そこにこそUXの活用域がある。日々めまぐるしく変わる法規制のしくみ、さらに前述のマイナンバー制度の導入も拍車をかけている。それらをまとめたトレンド情報の提供や発信、単に興味を持つだけでなく飽きさせないようなゲーム的な要素を取り入れたUXの仕掛けなども、今後は求められる。また比較的年齢層が高い優良顧客には、金融商品やサービスの内容を熟知した人材をあて、対面で気持ちの良い対応を提供する対応力なども、UXの向上には欠かせない。すべてをIT任せにしない企業側の姿勢こそが、ブランド・エンゲージメントに直結する。

またAIを駆使する一般顧客向けコンタクトセンターでは、着信初期のお客さまとのやり取りやFAQが、いかに自然でよどみのない会話として成立するかがポイントになる。特にFAQでの高度化は時間の短縮が最も期待されるところで、単に質問への回答を提供するだけでなく、場合によっては世間話も交え、楽しく、しかも無意識に求める情報や回答が入手できたら、それこそが驚きや感動になる。

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では、未来の金融現場はどうなるのか。すでに一部の金融機関では調査や実証実験が開始されているが、コミュニケーションロボットの普及拡大はひとつの選択肢だろう。コンタクトセンターのさらなる人工知能化も進む。これまでのFAQをベースとして答えるだけから、さらに進んで顧客の反応や会話を収録分析し、それら結果をAIにフィードバックすることも進むだろう。また振り込み詐欺や保険等での各種犯罪を抑止もしくは摘発し、信頼性が向上することも、お客さまにとっては重要なUXの要素となる。

今回3業種についてUXの可能性を探ってみたが、今後はスーパーオムニチャネル化(業種だけでなく、あらゆる枠組みを超えた顧客の購買行動の多角化)が予測されるので、業種ではなくむしろ個人のライフステージの切り口でUXが議論される日が来ることも考えられる。人が生まれてから死ぬまでの行動のすべてがライフログとして蓄積され、その歴史がひとつのチップに収まる。UXはそのオブラート。そのような不思議な世界が今、始まろうとしている。

取材協力者(敬称略):松本晋(自治体系)、加藤智満(流通系)、高森浩信(金融系)

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