UX(ユーザーエクスペリエンス)を黎明期から追いかけ続けてきた筆者は、昨年度の成長期を経て、いよいよ今年度は成熟期に入ろうとするUXの姿を再び追いかけることにした。第2章の最後に「UXは概念や理念」であり「デザイン思考などの方法論でUXを実践することの必要性」を論じてきた。ただし、その孤高な理念を下敷きにしても、なかなか実際の業務に反映できない、もしくはその効果や価値が見えにくいとの話を、特に現場ではよく耳にする。そこで第3章では、UXの成熟期を見据え「より現場に即したUX」とは何か、もしくは「UXを通じて何が日頃の業務や事業全体に貢献するのか」といったことに焦点を絞り、言及してみたい。

【第9回】UXによるワークスタイル変革・3つの方向性

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前回、前々回とエンジニアリングの話に偏った感があるので、今回はUX(顧客経験価値向上)の原点に立ち戻り、その活動に注力してきたスタート地点を探ってみた。やはり、基本は人財育成をバックグラウンドとしたマインドセット(本人の経験や教育、時代の空気などを背景にしたものの見方や考え方)のリセット、すなわち意識転換だったのではないかと思う。猛烈なスピードでエンジニアリングは進歩し、一方でエンジニアリングのみではイノベーションが起きにくいというジレンマも出てきている。私自身も勝手に「テリトリーミックス(分野混合)」といった新語を発信し、協創や共創、そしてそれらをベースにした新たな意識変化による競争(コンペティション)が、今生まれようとしている点を取り上げてきた。そこで、企業文化の転換点として、また企業や社会が生まれ変わる代名詞として使われているワークスタイル変革について今回は考えてみた。

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■「新たな概念のサービス」の時代

私が考えるUXは、やはり提案力、商品力(これからはサービス力)、そして品質なのだと思う。確かにオムニチャネル化した購買形態では、想定できないタッチポイントがさまざまなステップで生まれている。特に今後は、どのような商品であれサービスであれ、それらを一体化した「新たな概念のサービス」の時代となるため、継続的なお客さまとの関係が構築できなければビジネスの成功はない。サービスの話に触れるお客さまに対し、一般的に提案力は営業の力と考えられているが、この新たなサービスの時代では、営業でも設計でも研究でも品質保証でも、さらに総務や法務、コーポレート部門などでも、ありとあらゆる部門が提案力を求められるし、社内外を問わずサービス力も、そのサービス品質の高さも求められる。それぞれの部門が単に自分たちの分掌をこなしているだけでは、新たなサービスの時代には対応できない。

ではなぜ、新たなサービスの時代になったのか? 以下のステップが進行中だからだ。

  1. 持たない経営、持たない社会の到来によるクラウド化、所有から利用への変化
  2. データトラフィック量が増えてビッグデータがクラウドに蓄積され、その処理ソフトも登場
  3. センサー社会の到来で、世の中の動きもつぶさに、しかも世界的規模で把握が可能に
  4. 数値データに加え、その意味データ解析まで可能となった結果、AI(人工知能)の進化をサポート
  5. AIやロボットでできることとできないこととの峻(しゅん)別が進み、人ができる作業においては創造性が必須に(この点はもう少し時間が必要である)

この新たなサービス社会の到来で、私たちは何をすべきなのか。明確に言えることは「ワークスタイルを変革しなくてはならない!」ということだ。当社のワークスタイル変革のコンセプトにもなっているが、「時間」と「空間」の変革、それらの掛け合わせで生まれる「心」の変革により、成長を続ける企業をめざすことが今後の課題だ。

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■ワークスタイル変革には、まずイノベーション

ワークスタイル変革のまずその前に、基本中の基本はイノベーションを起こすこと。しかも、日本人の多くがこれまで誤解し続けてきたイノベーション=技術革新という構図ではなく、イノベーション=創新(中国語。私自身はより良い翻訳だと思っている)を行うことだ。このコラム執筆中も日本語変換したが、すでに「ソウシン」と入力して「創新」が出る。私の理解するイノベーションとは、常に新たなものを創り続ける努力、もしくはそこから生まれた結果だ。しかも波及するところにその本質がある。技術論だけではない。

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では、主題であるワークスタイル変革の今後の方向性を考えてみよう。

■方向性(1):混ざり、つながり、続ける

さて、ワークスタイル変革の今後の方向性だが、ひとつは冒頭でも述べたテリトリーミックス、すなわち異分野人財の混合による生き生きとした会社、もしくは社会の形成が挙げられる。仮に同一分野だけの等質な考えしか持たない組織なら、分野を超えた別の会社や異業種とのコラボレーションも考えられるだろう。これまでのイノベーションの多くは、確かに技術の発明や進歩により引き起こされてきたかもしれないが、今後は文系人財も大いにイノベーションを起こす主役になれるのではないか。漢文や漢詩を深く読み解き、歴史や時代の感性を分析し、今の世の中を真摯(しんし)に見つめる力。ニーチェの思想に感銘し、哲学に深く踏み込む論理的な思考もいい。国際社会の思想を俯瞰(ふかん)し、社会学の観点から新たなインスピレーションを得ることもあるだろう。イノベーションはエンジニアだけのものでない。むしろ多角的な思考形態や多種多様な知見こそが、昨今は新たなイノベーションに直結している。さまざまな人財が社内にいるのなら、そのメンバー間の混合もいいだろう。いずれにしても、これまではあまりなじみがなく、会話も無いようなメンバー間の協働には、おそらく新たな発見やトリガーが存在し、結果としてイノベーションを生む。ここで忘れてならないのは、単発に終わるのではなく、混ざり、つながり、続けることだと思う。これはワークスタイル変革を成功に導くための方向性であると同時に、導火線的な役割を果たす。

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■方向性(2):まずやってみる

次の方向性としては、まずやってみるというプロトタイピングの繰り返しではないかと思う。とにかく、ステークホルダーを含むできる限り多くの参加者を得て、高回転でアイデア出しからプロトタイピングまでを回し、参加者や関与する人々全体の合意を形成することだ。その意味で、プロトタイピングは大きな力を発揮する。下図は当社のワークスタイル変革の活動シンボルとして、この春に私の席のすぐ近くに関係者で作りあげた協創空間だ。全社に展開するには、まだまだ時間がかかるかもしれないが、具体的な空間があるだけで、その場を介したさまざまなアイデアが生み出されつつある。活用率は、以前の机と椅子だけの打ち合わせコーナーに比較して大きく跳ね上がり、協創の場として活用されている。やはり物事は、やってみて初めて分かることも多々あり、それがプロトタイプの魅力だ。

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なお、やみくもにプロトタイプを作っても仕方がないので、ぜひ仮説だけは立ててほしい。イノベーションを起こすためには、このような空間や設備、そしてアイデアがあふれ出るような場が、「きっと必要だ!」という仮説を持ち、推進してほしい。仮説に加え、誰もがそのアイデアや仮説を共有できるよう可視化、すなわちビジュアライゼーションも必須だろう。ここでは、過去のコラムでも何度か触れているデザイン思考の方法論が生きる。見やすく、分かりやすく、使いやすく、そして伝わりやすい補足資料や素材、プレゼンテーションにより、プロトタイピングは加速する。そのプロセスには多くの失敗があると思うが、昨今はそれらの失敗をできる限り最小限に抑え、それを経営側は許容し、失敗=経験と置き換えて新たなイノベーションにチャレンジする構図こそが、成長する企業の証だとする考え方が広まりつつある。そもそも、企業の中の新規事業も新会社の起業も同様に、今新たなことにチャレンジしなければ、その存続すら危うい。

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■方向性(3):しっかりみて、無駄をなくす

3つ目は、リーンスタートアップのさらなる活用だろう。リーンスタートアップとは、直訳すると「無駄のない新規ビジネス起業」。いかに精度が高く、効率よく新事業や新会社を立ち上げるかという方法論だと、私は理解している。米国西海岸の高成長企業の多くが、この方法論を熟知・活用し、大きな成果を上げている。書物をあさると、どうも成長可能な起業がスタートアップで、それ以外はスモールビジネスだそうだ。さてこのリーンスタートアップ、上記方向性(2)に述べた高回転で小さく回すことも含むが、さらに重要なことは、各プロセスで分析の深化が求められるということだ。具体的には、市場のニーズや課題がある現場に飛び込み、肌で感じ、周囲とコミュニケーションを交わし、ニーズや課題を掘り下げるところに、今後のワークスタイル変革の方向性を見る。IT業界では多用されているエスノグラフィー(行動観察)もその手法のひとつだが、やはり見る→観る→診る、その後結果をベースに、創り→さらに看るといった観察と分析および創造の繰り返しで、明確にワークスタイルは変革を遂げる。この分析の深化は、そのまま経験の進化でもある。ユーザーエクスペリエンスが積み上げられた経験価値の高い部門や会社は、それだけで人々の憧れとなるし、感動を生む組織となりえる。この流れはリーンすなわち無駄がなくシェープアップされた部門や会社を作り、結果として次の成長軌道に乗り、イノベーションを生む。

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最後に、ブラック企業は言うにおよばず、イノベーションのない会社やワークスタイルが変革できていない会社には、優秀な学生は来ない。さらに、最も危ないのは画一的な社員しかいない会社だろう。今後はおそらく、画一的で知的な単純作業はAI(人工知能)などに置き換わる可能性が高い。ならば、上記3つの方向性を検討し、イノベーション企業に脱皮するのが先決で、結果として優秀な人財が集まることになるだろう。

※文章中に記載された社名および製品名は各社の商標または登録商標です。

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