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【はやぶさ・富士】ブルートレイン最後の運行

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2009年3月13日18時3分。それは、東京駅始発の最後のブルートレイン「はやぶさ・富士」の発車の時刻だった。

私はオルタナティブブロガーの定例ミーティングに参加するため、ちょうどその頃に東京駅を通りかかった。線路を挟んだホームから見ると、「はやぶさ・富士」が停車している特急ホームは、カメラを抱えたマニアで身動きできないくらいの超満員の混雑。ホームの黄色線に沿ってロープが張られ、警備員が出ていた。機関車や客車の周りはストロボの嵐。

ITメデイアは隣の有楽町にある。山手線で有楽町に移動したところ、有楽町駅のホームにもマニアが集まっていた。山手線と京浜東北線の電車は、危険防止のために徐行しながら入ってくる状況。ホームの東京側の端には、「はやぶさ・富士」の通過を撮影しようと待つ人が多数。「黄色の線まで下がる」ように繰り返しアナウンスされていた。

「はやぶさ・富士」は定刻通り東京駅を出て、その数分後に有楽町駅を通過して行った。かつては「走るホテル」と言われた車両も、補修の跡が多数でかなりくたびれた印象。

私としては、2005年に長崎行き「さくら」が廃止された時点でブルートレインの時代は終わったと思っている。今回の「はやぶさ・富士」の最後は、有楽町のホームから静かに見送った。「はやぶさ・富士」、お疲れ様。

なお、「さくら」の名前は、2011年に新大阪-鹿児島中央間を直通運転する新幹線の列車名として復活することが決まっている。

東京駅の混雑。手前が「はやぶさ・富士」。背後に見えるのは新幹線。

Tokyo

有楽町駅で通過を待つ人たち。

Yurakucyo

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Comment(2)

コメント

竹内です。

オルタナティブブログミーティングに行くときに寄り道すれば見れたのですね。残念なことをしました。大分出身なので、昭和40年代は東京に来るときは、富士を使うのが普通でした。その後新幹線ができたり、飛行機が便利になったりしたので、かなり前から役目は終えていたように思えます。最後に乗ったのは1990年くらいですが、そのときすでに、社会の生活レベルの向上から取り残された感がありました。コストをかけて時代にあったサービスすれば、乗車率は向上すると思いますが、コストを回収するレベルの回復は見込めないのだと思いました。

テクネコ

飛行機や新幹線で数時間で行けるところを16時間かけるブルートレインが成り立つには、列車の豪華さ等、乗ること自体を商品にする演出が必要と思われますが、それだけのコストをかけても見合わないという判断だったのでしょうね。

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