原発の稼働ができないということで、原発への依存度が高い関西電力のエリアで、今年の夏の電力不足への心配が高まっています。昨年の夏は東京電力のエリアにいたことで、東京都区部を除いた計画停電で困りましたが、今年は関西電力のエリアでの電力不足の影響を受けそうです。

そこで改めて、昨年の関東の電力不足のときに書いた自分自身のブログ「節電の目的は何でしょうか?」を読み返してみました。偶然かもしれませんが、昨年も15%の節電ということが言われて、自動車会社を中心に休日を土曜日、日曜日以外に移動するということが実施されていたことを思い出しました。

昨年のブログでも書いたように、15%の節電はピーク時に不足する電力であって、不足していない時間帯にいくら節電しても意味がありません。停電を回避するためには、節電することは重要なことですが、もっとも負担が少なく効果の高い方法を考えることが必要だと思います。

関西電力が、昨年の東京電力の電力不足の時よりも有利な点は、周囲の電力会社がすべて 60Hz だということです。東京電力は、北の東北電力も同時に電力不足だったということに加えて、西の中部電力は、60Hz 50Hz なので、電力の融通に制限があったことが問題でした。電力会社すべてを合わせても不足するならば、仕方がありませんが、不足したときに隣の電力会社から融通できるということで選択の自由度は高くなります。

無理しての節電は、精神的な達成感は得られるかもしれませんが、業務の効率を下げて、経済にも影響がでてしまいます(シンガポールのような暑い地域の発展は、エアコンなしには考えられません)。無理しないで、電力不足への対処に貢献できる方法を考えていきましょう。

Katsushi Takeuchi

ここ数年、グローバライゼーションという言葉を目にする機会が増えています。以前から言われていたことですが、日本国内のビジネスだけでは厳しいので、海外に目を向けるという企業が増えてきたということだと思います。私はソフトウェアの国際化、言いかえると「グローバライゼーション」を専門の一つとしてやってきました。その過程でソフトウェアのグローバライゼーションは、単に画面に表示される文字を英語(または他の言語)にすればよいという単純なことではなく、ソフトウェア開発の仕組みから、会社の組織や運営に至るまで、関連する会社機能のすべての部分でグローバライゼーションへの考慮が必要だということを感じました。たとえば海外の会社と契約するためには、契約書を担当する法務機能がグローバルに対応している必要があります。

ところが最近、社内のグローバライゼーションでは十分でないケースが多くなってきました。ビジネスを行う上で、パートナー企業の果たす役割の重要度が上がってきたことで、パートナー企業がグローバライゼーションに対応しているかどうかが重要になってきています。

たとえば、自社製品のマニュアル作成を外部の企業に委託するということを想定してみます。その製品の販売先が日本に限定されているならば、日本語のマニュアル作成能力だけで、パートナーを選べばよいのですが、もしその製品を将来海外で販売していくつもりがあるのならば、日本語だけでなく海外の言語のマニュアルを一度に作成できるパートナーを選んだほうが、日本のマニュアルを後から別の会社に翻訳を委託するよりも効率的です。ところが、このようなグローバライゼーションに対応したパートナーを日本国内で見つけることは簡単ではありません。

グローバルなビジネスを目指そうとする企業は、パートナーとして必然的にグローバルな企業を選ぶこととなり、グローバル化した企業だけでエコシステムを完結させてしまう傾向が強くなります。もし、グローバル化が進んでいくと、グローバル化に乗り遅れた企業は、グローバル化していないという理由だけによって、競争力を失うということが起きるように感じています。スピードが求められる時代において、案件があったらグローバル対応するというのではなく、戦略的にビジネスをグローバル対応しておくことが重要だと感じています。

Katsushi Takeuchi

最近、若い人は物を考えないという批判を頻繁に耳にします。しかし、これは若い人に限った問題ではなくて、どの世代でも同じようなものだと私は感じています。かつての欧米各国が示した方向性に従って欧米を追っかければ価値が出ていた時代では、先輩がやってきたことをそのまま学んで進めば良かったのですが、欧米各国との差が小さくなり、一部の分野では追い越してしまったこと、そして他の国々に追いかけられ追い越される立場になったことで、先輩がやってきたことをそのまま無批判に引き継ぐのではなく、考えることが求められるようになってきたのだと思います。

そもそも、日本の教育では考えることは求められていません。できるだけ沢山のことを記憶して、記憶した内容をそのまま試験用紙に書くことが教育のゴールです。世界の中での日本のポジションや、社会に求められる能力が変化してきているにも関わらず、未だに教育現場で記憶重視の教育が行われている一番大きな原因は大学入試です。大学への入学方法が、記憶重視でないものに変わっていけば、もっと考える教育が行われるようになるのではないかと思います。

記憶重視教育の典型的な例が、年号の記憶です。大学が、年号を問う問題を大学入試で出している限り、高校での記憶重視の教育は変わらないでしょう。そもそも歴史を学ぶ理由は、過去の歴史を知り学ぶことで、現在の社会の成り立ちを知り、より良い未来を作っていくための知識をつけることだと思います。決して年号を憶えることがゴールではありません。年号を知らなくても歴史から学ぶことはできます。ただ、様々な出来事を時系列に並べてみるという意味で、年号を利用することは否定しません。年号の記憶は手段であり、目的ではありません。単なる手段であるべきものを入試問題にしたことが、ひずみを生んでいます。

科学的に考えると、出来事を時系列に並べる時に求められる精度は、1年がベストとは限りません。1000年以上昔の話は、10年くらいの精度で十分でしょう。一方、明治以降の事柄は、1ヶ月単位で見ないとわからないことがあるかもしれません。それを、どの時代でも1年単位で間違えないように憶えることを求めることは全く意味がありません。大化の改新が 645年であろうとも 650 年であろうとも歴史を理解するという目的では大差ありません。

英語教育も大学入試が影響を与えている問題の一つです。日本の社会全体としては、読み書き中心の受験英語教育でなく、会話重視の英語教育が必要だという共通理解がある(幼児の英語教育ブームからもわかります)にも関わらず、大学入試が変わらないことで、会話重視の英語教育への切り替えは、進んでいないように見えます。

最近、秋田の国際教養大学が話題になっています。この大学の個性が企業からも高校生からも注目を集めているのだと思います。個性を持った学生を育てるためには、大学自体が個性を持つことも必要なのだと思います。個性が求められ、認められる時代になってきたのだと思います。

Katsushi Takeuchi

日本のモノ作りが、世界での競争力を失っていく中で、ソフトウェアへのシフトするべきだと言う論調の記事を見かけます。しかしながら、モノ作りとソフトウェアを対立するものと位置づけること自体が、日本でのソフトウェアに対する偏った認識を表しています。ソフトウェアは、コンピュータ上のデータですので、それ自体を見ることはできませんが、ソフトウェアを作るということは、モノを作ることと本質的に変わりません。これは、インターネット上のサービスを提供しているソフトウェアでも全く同じです。

ソフトウェア開発における重要な役割に「プロダクトマネージャ」という職種があります。ソフトウェア開発においては、日本ではあまり聞かない職種です。プロダクトマネージャは、マネージャというタイトルで管理職のように見えますが、管理する対象は人ではなく、「プロダクト」です。プロダクトマネージャは、「プロダクト」のプラン、スペック、開発、マーケティング、リリースまで、すべてを包括して責任を持つ総責任者です。「プロダクト」を日本語では「製品」と訳しますが、それは正確ではありません。インターネット上のサービス開発は、プロダクト開発であり、プロダクトマネージャの役割に「製品」開発との違いはありません。自動車開発でも、各社ごとに呼称は違いますが「プロダクトマネージャ」という役割を持った人がいます。ソフトウェア開発において、日本に「プロダクトマネージャ」という職種がないということは、ソフトウェア開発をモノ作りと認識していない証拠の一つです。

モノからソフトウェアにシフトするというのは本質論ではありません。まず、「ソフトウェア開発はモノ作りである」という認識に立ち、ハードウェアというモノからソフトウェアというモノにシフトする、またはハードウェアとソフトウェアを組み合わせたモノを作ることが必要です。そのためには、ソフトウェアプロダクトを作ることができる人材を育てることが最重要課題だと思います。

Katsushi Takeuchi

近年、いろいろな場面で想定外という言葉が使われることが多くなったように感じます。想定外という言葉を使う背景には何があるのでしょうか? 想定外という言葉が使われる理由のひとつは、想定外だから適切な対応ができなくてしかたがないという言い訳だと思います。確かに想定外のことが起こったら対処できないというのは、論理的に正しいように見えます。しかし、想定外のことが起きても、対応はできることもあるのです。これは、全く同じトラブルに見舞われても、トラブルに対処できる人と対処できない人がいることからもわかります。

想定外のことが起きた時に対応できるようになるための一番簡単は方法は、経験を積むことです。すなわち、これまでどれだけ想定外を経験してきたかということです。そして残念ながら、日本は想定外の経験を積むことが非常にできにくい社会です。想定外を経験することの最大の価値は、その想定外の事象は、次に同じ状況になったときには、想定内になっているということです。

海外では、想定外の経験をたくさん積むことができます。飛行機で預けた荷物が出てこないなど、日常茶飯事です。ホテルで火災報知器が鳴って避難したという話もときどき聞きます(日本では聞いたことはありません)。そういったトラブルにあった人は、当然不満を言う訳ですが、本当はそう言った経験を積むことで許容範囲を広げることができたと感謝した方が良いと思います。

今年の計画停電は、非常に困った方々も多いと思いますが、結果として多くの人の想定外のエリアを狭めて、停電は想定内での対処ができるようになったと思います。今後、何か別の要因で停電が発生しても、これまでよりも冷静に対処することができることでしょう。

日本は、継続して完璧な社会を目指してきて、完璧度は今も上がっていると思いますが、それによって脆弱な社会を作ってしまいました。これが進むと完璧なこと以外は想定外の社会になってしまいそうです。完璧でないことも想定内で、対応できる社会という方向性があっても良いように感じています。

Katsushi Takeuchi

日本国内マーケットの拡大が期待できない中、これまで国内だけで販売していた商品を海外でも売り始めるというケースが増えてくると思います。国外での販売は中国や韓国だけという場合は、日本語からそれらの言語に直接翻訳するという方法もありますが、複数の国々に売りたい時は、まずは実質的な世界共通語である英語への翻訳ということを考えることは自然です。

日本語で作られたものを英語に翻訳する作業は、簡単ではありません。製品だけの翻訳だけでも大変なのに、取扱説明書や、商品説明のための Web ページの翻訳まで入ってくるとかなりの手間とコストがかかります。これらのコストや手間を少しでも減らすための方法として、先に英語版を作ってそれを日本語に翻訳するという方法をお勧めします。

先に英語版を作る理由の1番目は、翻訳者や翻訳をビジネスとしている翻訳業者の数と資質です。翻訳の件数は、圧倒的に英語から日本語への翻訳の方が多いので、多くの翻訳業者は、英語から日本語への翻訳を中心にした仕事をしています。そのため、日本語から英語への翻訳には難があるケースがあります。専門的な製品では、製品と英語の両方の知識が必要ですが、そのような人は国内で見つけることが難しく、海外の提携先などに発注しているケースもあります。そのときは、時差やコミュニケーションの問題で余分に時間がかかったりすることもあります。そのため、日本語から英語への翻訳の方がコスト高になります。

2番目の理由は、他の言語へ広げる時の容易さです。英語ができた後、フランス語、イタリア語、中国語などに言語サポートを広げようとしたときに、日本語から各言語に翻訳できる翻訳者(かつ技術的にわかる人)を捜すことは、かなり大変だと思います。英語をマスター言語にして、英語からフランス語、イタリア語、中国語への翻訳をするならば、そのスキルを持った翻訳者は格段に見つかりやすくなります。一度、それらの言語への翻訳が完了した後の修正は、マスター言語の英語に入れることが必要です。そうすることで、日本語も含む各言語への翻訳は簡単になります。

3番目の理由は、日本語での記述は曖昧性を含みやすいということです。最初に曖昧な日本語で書くと、他の言語への翻訳は、曖昧な部分を補う必要があり、翻訳作業の効率が下がります。場合によっては、翻訳者では曖昧な部分を補いきれないこともあります。最初に英語で曖昧なく表現しておくことで、その後の翻訳の質を上げることができます。

そうは言っても、母国語でない言語を使うのは簡単ではありません。しかし、正しくない表現が含まれていたとしても最初に英語で書くことは大きな意味があります。表現に間違いがあっても、英語は英語ですので、英語が母国語レベルで、技術の理解がある人にコメントをもらって修正すれば、レベルの高い英語にすることができます。日本語で書いたものを誰かに英語に翻訳してもらっていては、自分のスキルアップにはなりませんが、英語で書いてそれにコメントをもらうという方法にすれば、回を重ねるごとに英語が上達するというメリットもあって良いと思うのですが、いかがでしょうか?

Katsushi Takeuchi

8月も終わりに近づいて、そろそろ2学期が始まっている学校もあるようです。夏休みの終わりと言えば、思い出すのは夏休みの課題です。課題の本は予定通りに読んでいたとしても、感想文を書き始めることができずに、毎年夏休み最後の1日で原稿用紙4枚を埋めていたという記憶がよみがえってきます。

書いた内容は全く憶えていませんが、はっきりと憶えているのは、本の内容をどのくらい書くべきかということに、ものすごく悩んでいたということです。感想文を読む人が、同じ本について知っているかについてが不明なので、ある程度説明を書いた方が良いと思うのですが、説明を書き始めると感想文ではなく、本の内容の要約で原稿用紙3枚半を費やして最後の200字で感想を書いておしまいという、誰が読んでもつまらない感想文が完成するわけです。

読書感想文は、宿題として出されますが、読者が明確ではありません。読者は、担任の先生なのか、他の生徒なのか、そしてその読者が同じ本を読んだことがあるのかどうかがわかりません。なので、誰が読んでも良いように、本のあらすじをかなり詳細に書くということをしていました。読者は、夏休み後の読書感想文コンテストの審査員かもしれませんから... ;-)

今思えば、子供が読む本くらい誰でも知っていることを前提として、感想だけを書けば良かったのだろうと思いますが、そのときは、読書感想文の宿題は、夏休みの良い思い出を消し去ってしまうくらい苦痛でした。一方で、先生が親切に読者を明確にして、たとえば「この本を読んだことがある友達」というような設定をしていたとすると、あらすじを書く必要はないので、原稿用紙4枚にもわたって、感想だけを書かなければいけないことに、本を読んでもたいして感想もない私は、やはり悩まされていたのでしょう。

Katsushi Takeuchi

以前、あるソフトウェアを導入しようとした時の話です。複雑なものではないため、市販のソフトウェア製品から機能を調べて選べば良いと考えました。インターネットで機能を調べると、日本の会社の製品1つとアメリカの会社の製品1つがみつかりました。Web お問い合わせフォームにこちらのメールアドレスを記入して連絡したところ、両方の会社から返答が来ました。製品機能について詳細な情報が欲しいとお願いすると、日本の会社からは訪問するので都合の良い時間を知らせて欲しいという連絡がありました。アメリカの会社からは、Web 会議で説明するから、都合の良い時間を知らせて欲しいという連絡がありました。日本の会社とスケジュール調整をしましたが、先方の営業の方も忙しくて翌週に訪問していただけることになりました。アメリカの会社との調整は、うまくスケジュールがあったこともあり、翌日に電話会議が設定されました。

当然アメリカとは時差がありますので、こちらが都合の良い時間は、アメリカでは深夜の時間帯になってしまいました。しかし、その営業は、「インターネットでの会議は自宅からできるので問題ない」ということで、こちらの希望に合わせてくれました。

そのときに感じたのは、このアメリカの会社の営業マンのテリトリーは、全世界だということです。インターネットを使うことで、場所がどこであろうとも、時差があろうとも、お客様に対してすぐに「最初の訪問」ができてしまうわけです。

私の経験では、「最初の製品説明は Web 会議でします」という日本の会社に出会ったことはありません。アメリカ系の会社でも日本にオフィスがあると、日本法人の営業の方が訪問してきます。これは商習慣の違いという説明がつくのですが、それで終わらせてはいけない問題があるように感じています。

最初の説明からお客様を訪問できるのは、訪問できる範囲にお客様がいるということが前提になっています。そのため、その前提を守るために、地方で誕生して成功した会社の多くは、お客様がたくさんいる東京に本社を移してきました。また、東京の会社は、日本全国のお客様を訪問できるように、地方に支店を配置してきました。当然、社内の仕組みも「訪問」を前提に作られていますし、資料も持参することを前提に作られています。

日本の会社(コンシューマ向け製品を除く)は、マーケティングが弱いと言われていますが、これはこのような営業スタイルに原因の一端があると思います。最初から営業が個別に訪問して、個々のお客様のニーズを満たすという動きをするならば、マーケティングの重要度は大きく下がります。しかし、営業マンが訪問できない、または訪問が遅れることによるロスが発生している可能性があることです。営業所がないところから製品の説明をして欲しいという要望があったら、どのように対処しているのでしょうか? 海外からの要望の場合は、そのエリアに営業所がなく提携先もいなければ、対応は難しいと思います。

オルタナティブブロガーの永井氏の著書「バリュープロポジション戦略50の作法 - 顧客中心主義を徹底し、本当のご満足を提供するために」の中に、「セールスとマーケティングは時間軸の優先順位が違う」という説明があります。セールスは短期的視点でマーケティングは長期的視点ということですが、それに加えてローカル視点かグローバル視点かという違いもあるように感じています。マーケティングの長期的視点をもつことで、ビジネスを拡大していけるのと同様に、グローバル化に対応していくためには、マーケティングのグローバル視点が必要なのだと思います。


Katsushi Takeuchi

夏になり気温が上がってきたことで、電力消費量が伸びて、供給量に余裕がなくなってきているということは、東北・関東エリアに住んでいる方なら、切実な問題になって来ています。そのため、節電が必要だというところまでは理解できます。しかし、今回の問題に対応するための一律 15% 削減という話が出てきたあたりから目的があいまいになってきたように思います。

私が理解している範囲では、今回の節電の目的は、停電を避けるということでした。そのため、夏のピーク時の平日昼間の電気使用を抑えることが必要になり、企業にも節電の要請が出された訳です。逆に言うと、停電を避けるという目的達成のためには、ピーク時以外の節電はあまり意味がないということになります。「あまり」と書いたのは、ピーク時の電力需要を賄うためにピーク時でないときに水を高いところにくみ上げておく揚水発電があるからです。ピーク時でないときにでも、揚水発電分の余分な電力使用が必要となります。

15% の節電目標を達成するために、企業によっては早朝に勤務をシフトして、夜は残業なしで明るいうちに帰宅するというパターンに変更したところもあるようです。しかし、停電を避けることが目的なら、電力に余裕がある夜は稼働しても良いわけで、逆にたとえば、昼の12時から午後4時までは稼働しないというような形態にするべきです。こういった対応は、電気使用量を 15% 削減を達成したことで、国の要請に応えたという自己満足のように感じてしまいます。

そこで、政府が一律に 15% 削減という目標を出している真の目的は別のところにあるのではないかと想定してみました。以下は、私の予想で、根拠がある話ではありません。

- 国民はピーク時削減ということを言っても理解しないから、単純な目標にした。
- 燃料の追加輸入に問題があるので、総燃料使用量を削減する必要がある。
- 化石燃料を余計に使うと CO2 削減目標が達成できなくなるから、総燃料使用量を削減する必要がある。
- 追加で購入する石油などの燃料の価格が高くて、電力会社の経営を圧迫するので、できるだけ追加購入は避けたい。
- 産業界が、15% の節電要請を利用して、コストを削減しようとしている。

まだ他にも思いつきますが、もしこれらのどれかを(またはそれ以外でも)別の目的としているのならば、政府や東京電力は、その説明をするべきだと思います。それならば対策は違った方法になりますが...。

やはり政府の説明に裏がなくて、単純に停電を避けることが唯一の目的ならば、節電を夜間や休日にするのは無意味です。夜間に常夜灯を切るとか、暑い夜にエアコンを切って寝るなどは、精神的に節電に貢献している感があるだけで、目的達成のためには全く役に立たないことです。それよりも、本当に電力が足りなくなったときに、即座に一時的に不要な電気使用を止めるという対策を作って、それをきちんと実施する方が、停電回避という目的には合致しているのではないでしょうか?

Katsushi Takeuchi

また、やってしまいました。編集中の文書を操作ミスで消してしまったのです。ブラウザで編集をしていたのが失敗でした。

昔のコンピュータは動作が不安定だったこともあって、文書やプログラムを編集するためのエディタと呼ばれるソフトウェアは、突然電源が切れても作成中の文書を可能な限り復元できるように設計されていました。編集中にこまめに保存する check pointing と呼ばれる機能や、編集過程を連続的に記録しておいて後から再現できるようにする、ジャーナリングという機能が備わっていました。今でもワープロのようなソフトでは、自動保存という機能があって、定期的に保存しています。

ところが、Web (ブラウザ) を使ったソフトウェアでは、ほとんどの場合、途中の段階を自動的に保存するような機能もなく、うっかりブラウザの閉じるボタンを押したり、戻るボタンを押したりしてしまうと、保存していなかった変更はすべて失われてしまうのです。いつも注意しているのですが、ときどきこのミスをしてしまいます。同じような失敗をした方も多いことと思います。

Google の Google Docs は、Web アプリケーションですが、こまめにドキュメントを保存して、操作ミスをしても編集した内容が失われないようになっています。Google Docs は、特定の要望に基づいて作られた物ではなく、Google がサービスを提供するプロダクトとして作られた物です。プロダクトとして作られたソフトウェアは、使われ方が決まっている訳ではありませんので、 編集中の内容が操作ミスで失われるということは、致命的です。説明書に注意書きをするのではなく、プロダクトの機能として、重大な問題が起きないようにしておくことが必要だという意識がよくわかります。

Google Docs などによって、少しずつ良くなってきているものの、Web アプリケーションの台頭よって、ユーザインタフェースは大きく後退したと思います。正確な数字はわかりませんが、ショートカット機能がブラウザの制限で使えないなど、ソフトウェアを使って作業を行う時の生産性も、かなり低下しているように感じます。Web アプリケーションは、個別の PC にインストールする必要がないので、企業でのソフトウェアの管理コストを下げるという理屈で広がってきましたが、それによって、実際にソフトウェアを使う人の生産性を下げてしまったのでは、本末転倒でした。幸い、ソフトウェアインストールの技術の向上によって、インストール作業を自動で行うこともできるようになってきました。個々の PC にインストールするアプリケーションの管理コストは、かなり下がっていると思われますので、これからは Web アプリケーション一辺倒の考え方は解消していくことでしょう。さらに iPad などの PC 以外のデバイスという選択肢も出てきましたので、Web アプリケーションからの脱却は、想定しているよりも早く進むことになるのかもしれません。すなわち、インターネットは Web ではなく、本来の「つなぐ」という機能にもどって進化していくことだと思います。

Katsushi Takeuchi


プロフィール

竹内 克志

竹内 克志

電子機器のハードウェアとソフトウェアの融合を模索中。
日本およびアメリカで一貫してソフトウェアの製品開発を担当。ソフトウェアに限らずテクノロジー全般に興味を持つ。

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