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「論理的」「合理的」「完璧主義」など、ITエンジニアの習性が職場を息苦しくする ──テクノストレスの脅威

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ITエンジニアの性格は習慣によって形作られる

ITエンジニアとして仕事をしていると身につく習性というものがある。「習い、性となる」のことわざにあるとおり、習慣はついにはその人の生まれつきの性質のようになる。わたしの場合、あいまいなことを許容できないという点だ。打ち合わせをしているとき、「今、『機能』とか『処理』って言いましたけど、『機能』と『処理』ってどういう定義ですか? 『機能』と『処理』の違いってなんですか?」という具合に。話し手は話の流れで発した言葉なので、厳密な定義にもとづいて言葉を使っているわけではない。ひとつひとつの言葉ではなく、話全体で意図を理解してもらおうとしている。しかし、わたしにはそのようなあいまいさが許せないことがある。

わたしはもともとあいまいさが許せない性格だったわけではない。どちらかというとおおらかな性格だった。しかし、IT業界で働き、プログラムを作り、コンピュータに命令する立場になると、あいまいな定義は許されなくなる。あいまいなプログラムはバグを生み出すからだ。また、設計書を作り、プログラマーに指示をする立場になっても、あいまいな記述は許されなくなる。あいまいな設計書は信用を失うからだ。さらに、お客さんから要件を聞き、メンバーに指示する立場になっても、あいまいな要件定義は許されなくなる。あいまいな要件定義書はトラブルを生み出すからだ。あいまいさは厳禁だ。このようにして、わたしの「あいまいさを許容できない」性格は形作られたのだ。

ITエンジニアの習性が職場を息苦しくしている

このように、ITエンジニアには、業界で仕事をしていると身についてしまう性格がある。慎重、正確、論理的、合理的、完璧主義など。このような性格を持った人間同士が集まることで息苦しい職場を生み出しているように感じる。この点については、クレイグ・ブロードの『テクノストレス』にも詳しく書かれている。

我々は知らず知らずのうちにコンピュータの標準に馴らされているのである。それ故、他人に対してもコンピュータで習い性になった完全性、正確度、スピードを要求する。(中略)人は不完全だし、十人十色で何でも一律というわけには行かないのだが、そのことにいらいらすればするほど、我々は人間性の本質から遠ざかって行く。コンピュータ・テクノロジーとうまく同化した人々に見られる症状は、他者に対する思いやりの欠如、対話の不足である。(中略)彼らは感情の起伏に乏しく、効率とスピードにこだわり、他人に対して思いやりがない。そして、彼らは人間の行動やコミュニケーションの曖昧さを非常に嫌う。(グレイグ・ブロード『テクノストレス』/新潮社より)

つまり、わたしたちの脳がコンピュータに近づけば近づくほど人間らしさを手放し、他者に対する思いやりの気持ちも心から追い出してしまうというのだ。もしかしたらわたしのことを指摘しているのかと、ドキッとさせられる。たしかにコンピュータの基準に合わせて考えたり行動したりすることは必要な習性なのかもしれない。あいまいさを許容できない性格は、設計書を書いたりプログラムを作る上では重要な要素だろう。しかし、その習性を人間関係やコミュニケーションにまで当てはめてしまうと、大事なものを失うという代償を払わなければならないのだ。

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