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「小池vs石原」は「風評vs科学」である

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豊洲市場への移転を巡る石原元都知事の会見が開かれました。現状の混乱は、風評vs科学であり、政局vs信念だと思います。

「なんとなく気持ち悪い」というのはよくあることなんですが、東電福一事故後の対応で、当時の石原都知事は水道水の放射性物質検出に対して科学的な対応で風評被害を防がれました。一時的に基準を超える事態があろうとも対策はできるし、一過性の問題であると。

一方小池都知事は、「都民ファースト」という掛け声の元に、「なんとなく気持ち悪い」という風評を政局に利用しています。豊洲新市場の土壌汚染対策と、築地市場の土壌汚染対策ではダブルスタンダードで、同じ基準で調べるとかしません。

実際のところ、使うわけでもない地下水の水質がどうかは、安全性に全く関係のないことです。

働く人、食べ物の安全を第一に考えるなら、築地市場は危険です。建築基準的に、築地市場の建物は既存不適格であり、中規模の地震で倒壊する危険性があります。衛生面でも築地市場はネズミやゴキブリが走り回りカラスやハトが入り込んでいて問題があるそう指摘されています

日本は、特に食の安全に関して科学的な安全性を度外視して、安心を追求してきました。

例えば、遺伝子組み換え食品は、なんとなく気持ち悪いという悪評から「穢れ」のような存在として避けられています。飢えと安全に向き合う世界的潮流から取り残されているわけです。東電福一事故の対応も民主党政権時代に取られた過剰で非科学的な政策が続けられています。空間放射線量の影響も当初のワーストケース想定とは大違いで、影響がかなり小さいことがわかりました。1時間あたりを年に換算して1mSvになる 0.23μSv/h が除染基準とみなされたわけですが、これは全く意味がない過剰な基準です。当時の危機的な状況でより安全にふった線引がされたという経緯も分かりますが、今こそ科学的な見地で基準を見直すことが重要でしょう。

小池vs石原の対決を契機に、風評に科学が負ける日本でいいのか?が問われています。

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