「都道府県の道徳偏差値」という間違った統計の使い方をただす
都道府県別の道徳偏差値というブログエントリーが元になって、文部科学省が「道徳偏差値」を調べているという誤解が広がっています。元となった、全国学力・学習状況調査 報告書・調査は確かに文科省の国立教育政策研究所によるものですが、調査データから道徳系のデータを抜き出して「道徳偏差値」と名づけたのは武蔵野大学兼任講師、舞田敏彦氏です。
ほう,秋田はスゴイですね。全項目とも上位5位に入っており,②~⑤の4つは全国でトップです。子どもの学力がトップの県ですが,徳力もそうだとは。
と解釈したのも、以下の「道徳偏差値」を計算し、都道府県ランキングを作ったのも舞田氏です。
データえっせい: 都道府県別の道徳偏差値 via kwout
多くの方が指摘されている通り、この偏差値は非常に誤解を招く問題があるものです。問題点は以下の二つです。
- 僅かな違いを偏差値を使って大きく差があるように誤解させている
- そもそも、道徳的な質問の答えから「徳力」が測れるのかが分からない
わずかな違いなのに、偏差値を使って誤解させた
まず、第1点の、偏差値という数字で人々を誤解させているところから説明いたしましょう。先に紹介した 全国学力・学習状況調査 報告書・調査 から目立つ都府県を抜き出してそれぞれの数字を表にまとめてみたのが以下の表です。
学校のきまりを守っていますか
友達との約束を守っていますか
人の気持ちが分かる人間になりたいと思いますか
いじめは,どんな理由があってもいけないことだと思いますか
人の役に立つ人間になりたいと思いますか
という質問に当てはまる度合いを4択で答えさせています。
実務的なアンケートで傾向を知るためによくやるのは、1の強い肯定と2の弱い肯定を足してみる方法です。1か2かは、遠慮の度合いとかでブレるから、Yes/Noの2択でどうなのかが一番大筋で取れるわけです。そのグループ化した一番右の列の値で見比べると、93%から97%くらいという数字でそうは違いが無いことが分かります。
それを偏差値で比べて72.4と34.8とか出したことから大きな誤解が生じています。
世間で偏差値と言えば学力の試験の偏差値を指すケースが非常に多いので、そこに当てはめて、「秋田県と福島県で道徳偏差値が東大と誰でも入れるFランク大ぐらいの差がある」そんな印象を与えうるわけです。実際の偏差値はいろんな統計データに使えるもので見えにくい違いを見やすくしてくれますが、ごく僅かな差に偏差値を使ったのはミスリードだったと思います。
単純な質問の回答から、道徳力がどれほど測れるものなのか?という疑問
素直で生真面目だと1を選ぶ率が上がりそうで、それを持って道徳心が高いような気もしますが、悪徳的な答えを書かない悪徳心があるからそう答えているのかどうか?判断していいのか私にはよく分かりません。
クレタ人のエピメンデスという哲学者が、「クレタ人は嘘つきだ」と言ったという自己言及のパラドックスが論理学では有名です。本当にみんな嘘つきならその命題も嘘なはずで自己言及する命題の真偽は判定不能なわけです。
道徳的なのかという単純な質問を並べた答えで、児童の道徳度が測れるものなのか?専門家の見解を知りたいものです。心理学では深層心理を知るためにより複雑な質問を繰り返し行い探る手法があるのですが、単純な調査だと答え方の規範が県によって違っているのじゃないか?そういう疑問は拭えません。
「偏差値」に騙されるな
ダレル・ハフの名著「統計でウソをつく法」をはじめ統計で騙されないための啓蒙書は多数あります。特に偏差値とかxx率とかの抽象化された指標には注意が必要です。
例えば大学入試では国際教養学部が今人気で、意外な大学の偏差値が高かったりしますが、よく調べるとからくりが分かります。入試機会を増やしてレベルが高い受験生も受けやすくしつつ定員は絞ってレベルを上げるとかです。AO入試も偏差値を上げる・維持する手法として広まったと言われます。また、科目を減らすのは私大が古くから行ってきた、見かけの偏差値を上げつつ受験しやすくする手法ですが、今はより複雑になっています。単純に偏差値で大学の難易度を比較し難いことを最近調べて実感しました。
意外な数字や統計に出会った時、可能ならば出所のデータに触れ、なるべく単純な集計でその妥当性を確認されることをお勧めいたします。