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米国ザッポス「顧客感動サービス」の経済合理性を徹底分析する

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昨日の記事 「米国ザッポス「顧客にWOW!をお届けする」奇跡の経営,その本質を探る」 の続編です。

当記事では,奇跡の企業「ザッポス」の公開情報をもとに,その感動サービスの経済合理性について多面的に分析してみたい。


■ 企業業績の推移

Zapposの創業は1999年。シューズのオンライン小売業で業績を伸ばし,衣料,バッグ,アクセサリーなどにも展開している。昨年は大不況にもかかわらず20%近く売上を伸ばし,創業来9年で年商10億ドルの大台に乗せている。 (利益は未公開だが,自社デリバリーセンター等の先行投資を吸収し,2006年に黒字化したと 「ザッポスの奇跡」 には記載されている)
Zappos1_2

この売上の原動力になっているのが,ザッポスの徹底した顧客サービスだ。

 
■ ザッポスの誇る徹底した顧客サービス

商品は365日返品可能(ただし屋外使用は不可),送料・返送料ともに無料。商品到着は全米4営業日内だが,実際にはほとんど翌日には届く万全の配送体制だ。

商品品揃えはリアル店舗ではあり得ない90万品番をそろえ,しかもオール在庫方式を取っている。それに加えて24時間年中無休の電話によりカスタマー・サポート,電話番号はどこでも目につくようフリーダイヤルで全ページの左上,ロゴ上部に記載されている。

Zappos3

しかしながら競合も手をこまねいて見ているわけではない。例えばアマゾンは,自社サイトでシューズや鞄を取り扱っているにもかかわらず,2007年1月にそれらに特化したEndless.comをローンチさせた。これは完全にザッポスつぶしの一手で,返品OK,送料・返送料無料,24時間年中無休の電話対応で電話番号明記と,アマゾン本体では実現できないサービスをもりこんだ模倣サイトだ。アマゾンが売上規模で自らの5%に満たないザッポスをいかに将来の強敵と見ていたかが推測できる。

実際にこのEndless.comの価格設定を見ると,その攻撃的なアプローチが見て取れる。
本日(2009/12/6)における定番や人気商品を3つほどピックアップしてみよう。

Clarks_2    Clarks Desert Boots

        Zappos.com  95.00ドル
        Endless.com  84.95ドル


Newbalance_3    New balance MR993

        Zappos.com  139.90ドル
        Endless.com  129.95 - 139.95ドル



Jessicasimpson     Jessica Simpson Parigi

        Zappos.com  88.95ドル → 72.76ドル 
        Endless.com  88.95ドル → 59.95ドル



これらを見ておわかりの通り,Endless.comは通常品,バーゲン品ともにザッポスに対して10-30%程度も安く価格設定していることがわかる。商品品揃え,サイトの完成度などザッポスが上回っている点も多いが,厳しい価格選択眼を持つオンラインショップ・ユーザーにとってこの価格差は大いにアピールすると考えるのが普通だろう。

しかしながらザッポスは急成長を続け,Endless.comはさほど順調ではないと伝えられている。そしてその結果,アマゾンはザッポスを巨額買収によって提携せざるを得ないとの判断を下すにいたった。理由はシンプルだ。ザッポスの比類なき顧客サービスは,投資規模如何にかかわらずアマゾンの自社組織では実現できないと判断したからではないか。


■ ザッポスが実現する驚異の顧客エクスペリエンス

ザッポスは顧客接点,それも電話での顧客コンタクトをとても大切にしている。24時間365日応対するのは徹底的に教育された400名の正社員だ。そして驚くべきはその評価基準だ。コールセンターでは「売上」や「平均処理時間」がオペレーター評価の指標となることが一般的だが,ザッポスではそれらは重要ではない。それどころか顧客満足のためなら何時間でも応対することが奨励されているほか,「返品」「返金処理」「特別な配送手配」「クーポン発行」などまでそれぞれの社員の判断に一任されているのだ。では彼等はどのように評価されているのか?「ザッポスの奇跡」から引用してみたい。(筆者にて要約)

ザッポスのコンタクトセンターでの評価基準は「顧客を満足させるために『普通』を超越するサービスを提供できたか否か」という点にあり,それは「社内評価」と「顧客評価」で評定される。

「社内評価」は専門チームがモニタリングを行い,「改善の余地がある」「こういった対処もある」「顧客を驚嘆ざるチャンスがあったのに見逃していないか」という観点からコーチングを行なう。

「顧客評価」は別専門チームが顧客リサーチを行なう。指標は「ザッポスを友人や同僚にすすめますか」というシンプルな質問(顧客ロイヤリティ研究の権威が開発した手法)に対して10段階評価してもらうもので,その回答に基づきプロモーター(9-10評価)と批判者(0-6評価)を分類し比率を算出する。評価が非常に悪い顧客に対してはチームリーダーや監督者が謝罪の電話をかけるルールもある。

これを見てわかる通り,ザッポスは単なる放任主義の会社ではない。それどころか,「社員と顧客を幸せ」を実現するために,企業文化を全社員で深く共有し,それに基づく厳格な評価や規律を持つ,カルチャー・パラノイアといえるほど徹底的にこだわりを持つ会社なのだ。

結果的に,一度ザッポスで買い物をした顧客の多くはザッポスファンとなり,クチコミで感動体験が連鎖していく。ちなみに平均的なオンライン小売業では,売上の40%がリピート顧客からもたらされ,トップ・リテイラーでは55%まで上昇する (The State of Reailing Online 調査結果より) と言われているが,それに対してザッポスは継続顧客からの売上が75%を占めている。

 
■ 顧客維持型マーケティングがもたらす企業利益

ここで顧客維持(リテンション)に注目が集まるもととなった理論をいくつか紹介しよう。

  • 米国クレジット会社MBNA社の場合,顧客維持率が5%向上すれば契約あたりのコストが18%低減し,収益は年間で60%増大することが判明した。(Reichheld & Sasser, 1990)
     
  • 米国カスタマーサービス協会のフォーラム報告によると,新規顧客獲得コストは,顧客維持経費コストの5倍もかかる。(Vavra, 1992)
     
  • ある日本の産業機器メーカーの調査では,販売後のフォローアップを最も積極的に行なっている営業拠点は,最も消極的なところと比較して,全顧客に対する既存顧客からの紹介案件比率において7-10倍の開きがあった。(森 啓太郎, 1994)
     
  • 一般的には,既存顧客の維持にかかるコストを1とすると、新規顧客の獲得には5~10、遺失顧客の再獲得には50~100のコストがかかる。(McKinsey, 2001)

この理論のトップにあげたReichheld & Sasserの調査では,顧客リテンションを高めることで収益性が向上する要素を5つにわけ,その仕組みを説明している。次の図がそれをあらわしたものだ。
Zappos2_2

基礎利益以外のオプション利益を簡単に説明しよう。

  • 購買・残高増利益: 継続客は購買単価が増加する。ザッポスでは新規客112ドル,継続客143ドルだ。
  • 営業費削減利益: 継続客は信頼が醸成されているため,次取引のための心理コストは大幅に下がる。
  • 紹介利益: クチコミによる新規客の紹介。ザッポスの場合では新規客の44%がクチコミによる紹介だ。
  • 価格プレミアム利益: 新規客が最大限の低価格を要求するのに対して継続客はその要求が少ない。

ここでザッポスの例を考えてみよう。ザッポスの継続売上は75%と,一般オンライン業者の40%と比較すると30%も高い。前述理論をあてはめると,営業経費は1/3以下(82%×6乗分向上するため)となる。

ネット専業事業者の平均的な顧客獲得コストを平均55ドル(前述 The State of Retailing Online) なので,仮にオンラインシューズ小売業にそれを適用すると顧客あたり40ドル近い営業経費削減を実現していることになる。

これに対して,過去,ザッポスでコールあたりの最大会話時間は4時間とのこと。さらに返金ないしクーポンが平均購買単価112ドルかかったとしても,1コールあたりの最大経費は200-300ドル程度だ。仮に3%のコールに対してこの最大コストがかかったとしても10ドルに満たない。前述の営業経費削減40ドルと比較して1/4だ。つまり継続売上率75%を実現しているザッポスの徹底的な顧客リテンション施策は十分に経済合理性にかなっていることが推測できるのだ。

 

■ 他社に決して模倣できない顧客サービスの源泉はどこにあるのか?

アマゾンとザッポスはいずれも「最高の顧客サービス・エクスペリエンス」をビジョンに掲げながら急成長した企業だ。ただしそのアプローチは対極にある。アマゾンは「ITパワーによる徹底的な効率化でマンパワーの最小化を図ってきた」のに対して,ザッポスは「ITパワーとマンパワーの長所を最大限に活用して最高の顧客サービスを提供する」ことにこだわってきた。

しかし,他社では決して模倣することのできないザッポスという会社の特殊な発想とエネルギーは,いったいどこから来るのだろうか?

次記事では,その点に深く切込み,ザッポスの本当の強みをあぶりだしていきたい。


【関連記事】 - ザッポスシリーズ,連載内容になっていますのでぜひ通してご一読ください。
第一話: 「米国ザッポス「顧客にWOW!をお届けする」奇跡の経営,その本質を探る」 (2009/12/5)
第二話: 「米国ザッポス「顧客感動サービス」の経済合理性を徹底分析する」 (2009/12/6)
第三話: 「アマゾンが800億かけても買収したかったザッポスの奇跡」 (2009/12/7)
第四話: 驚きの反常識!ザッポス流マーケティングの真髄とは (2009/12/8)

【参考書籍】


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最新の筆者著書です。  『Twitterマーケティング 消費者との絆が深まるつぶやきのルール』

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