きっかけはソーシャル、ヒントはダイバーシティ、大切なのは思い。

「自分のストーリー」を生きるということ:ココナラ

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facebookやツイッターが普及し、ソーシャルゲームを中心とするアプリが拡がっています。その次にどういったwebサービスが注目されるかというと、人の右脳や感性を豊かにする人間的なサービスだと思います。例えば今注目している新サービス『ココナラ』というサイトがあります。

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■人の右脳や感性を豊かにする人間的なサービスとは?

このサービスを聞いた時、最初僕は「クラウド上で完結する一律500円のC to Cサービス」だと思っていました。ところがそれは正しい捉え方ではありませんでした。ココナラのビジョンでは、こう紹介されています。

「一人ひとりが『自分のストーリー』を生きていく世の中をつくる」

お互いの生活をよくするために、生活に役立つものを交換し、感謝し合う・・・わたしたちは、そんな「商い」の原点を体験できる機会を提供します。

皆が、自分の得意で誰かの役に立ち、自らも学び、いきいきと「自分のストーリー」を生きていく。そんな世の中の実現を目指しています。

このビジョンを聞いた時、「壮大さ」を感じました。毎日多くの商品やサービスを目にしても「壮大さ」を感じることはあまりありません。そもそもビジョンのあるサービスもそう多くないと思います。C to Cのクラウドサービスという定義なら最近流行りのクラウドファンディングが数多く出てきています。ただ、「一人ひとりが『自分のストーリー』を生きていく世の中をつくる」サービスというのは、初めて聞きました。

そして、こういうサービスが、人の右脳や感性を豊かにする人間的なサービスではないかと思うのです。

この1年以内で急拡大しているサービスに、InstagramやPinterestがあります。これらも単なる写真共有サービスと違い、自分の感性で切り取った写真をより良く見せる、自分の興味や感性を集めた自分オリジナルの写真集を作ることができ、さらにその感性を言語が関係なく世界中の人たちと共有することができます。

ココナラは写真ではないですが、ちょっとした自分の経験や知識いわば自分の生きてきたストーリーが、少しのお金を払ってでも欲しいという方のために活かされるwebサービスです。


■商いの原点を体験する:小商いのすすめ

『ココナラ』で売買されているサービスを少しご紹介します。

今のあなたにしっくりくる本を選りすぐって、ご紹介します。

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読書好きな人、議員秘書の経験、元アパレル店員のキャリアウーマンなど、それぞれ自分の生きてきた経験や好きなことを500円で出品され、そこでそのサービスを自分のためだけに受けたいという人が購入し、喜ばれています。

こういった成長社会から成熟社会に変わる中、手触り感のある小さな売買を「小商い」と呼ばれています。

今、目の前の仕事は誰のためにあり、誰が喜んでくれているのか?毎日感じられる仕事ができている人はどれだけいるでしょうか?誰かが作ったサービスを販売している。作った商品はどんな人が使ってくれているかわからない。そもそも商品の一部分しか作っていない。効率化され、大規模なシステム化されたビジネスのもとでは、自分が作ったものを誰がどんな気持ちで利用してくれるか感じることは難しい。

これからの時代は、もっと目に見える誰かのために、自分の経験や知識、スキルを活かした商いが求められているのではないでしょうか?『ココナラ』ではそんな体験が気軽にできるものなんだと思いました。


■創業者の南章行さんロングインタビュー

最近、「未来思考の会(仮称)」という実験的な場を運営してまして、そこへ先日ココナラを提供する株式会社ウェルセルフ代表の南 章行さんにゲストに来て頂きました。10人弱のメンバーが参加するダイアログで、南さんにココナラを立上げるに至った「長い自己紹介」をして頂いたので、そちらご紹介させて頂きます。


・学生時代:真面目に頑張っていてもリストラされる

改めて、自己紹介したことがないので、そこをちゃんとしたいと思います。産まれは名古屋でして・・・(笑)。

銀行員を5年やって、そのあとに企業買収ファンドを7年半。去年そこをやめて、起業しました。最初に、自分の人生を考えるというのは就職活動のタイミングが多いかなと思うのですが、僕の場合は97年〜98年くらい。元々商社にいきたくて、それを高校2年のときに思った。それで、どこにいこうか、どこにいくのがいいかと考え、慶應の経済だと思った。塾にもいかず、ラグビーを受験直前までやって、一直線でやっていきてきた。

で、確か大学3年の11月22日に山一証券がつぶれるニュースを見て、直感的に商社じゃなくて金融だと思った。世の中的に日本経済で初めてのリストラが始まりつつあるなかで、真面目に働いていた人たちがリストラされちゃうんだなぁ・・・と思った。まだナイーブだったからか、それっておかしくね、と思った。で、それに対して何かしたいと思った。普通にがんばっている人を、普通に助けるにはどうすればいいかというと、働き方をかえてあげることしかないのかなと。それで、コンサルか金融かな、と思った。今思えば、オプションの幅が狭いですが・・(笑)。いずれにせよ、人の働き方を変えるという仕事をしたいなと。結果、企業再生で実績のある住友銀行を就職先に選んだ。

・企業買収ファンドでの経験:リストラしないで中の人達を変える

ただ、昔の銀行と違ってあまり企業再生のためにメインバンクが頑張るという文化がなくなっていたことがわかった時期に、たまたま企業買収ファンドという存在を知り、強く興味を持った。オーナーになり、中から会社を変えるというのをやってみたくなった。そこで、当時まだ20人くらいのベンチャーだったアドバンテージパートナーズに入った。その後新聞をにぎわした時期もあり、投資ファンド全体をもって「ハゲタカファンド」という風にいわれもしたが、僕がやりたかったのはリストラして利益をあげることの対極にあるリストラしないで中にいる人達を変えることだった。株主がかわって、非上場になって、という流れは従業員にとってすごいインパクト。自分の会社が買収され、上場企業だと思っていたのが、非上場になり、怖いメガネをかけた28歳くらいの若造がで役員として入ってくる(笑)

でも、そこで何がおきたかというと、最初のころは従業員にいやがられたり、おそれられたけれど、ファンドのやり方が浸透すると、「あれ、自分の会社、正論言えばちゃんと通るようになったじゃん」「それでちゃんと頑張ると会社よくなるじゃん」、というふうな当たり前のことが浸透する。そうすると、最初は嫌がられていたファンドも、「ファンドののおかげで・・・」という風に少しずつなってくる。みんなの働き方が変わり、やるべきことをやり、業績があがり、ボーナスも増え、みんなハッピーじゃん、と。

・オックスフォードのMBA:自分の中のプリンシプルをつくる

買収ファンドの業界は2007年くらいがピークで、僕がいた会社も20人だったのが100人近くまで一気に増えた。買収金額も数十億から千億単位の買収ができるようになりつつあった。さすがにこれは続かないと思ったし、5年間休みなく働いたので、家族と一緒にいる時間も必要かなというふうに思って2008年〜2009年に、オックスフォードのMBAへ行った。もともとMBAは意味がない、という風に思っていた。ファンドですでに経営や株主としての仕事をしていて、いまさら座学で何?という風に思っていた。

ただ、ハーバード留学記を読んで単なるお勉強ではない価値があることがわかり、衝撃をうけて、それでMBAにいった。僕の場合、MBAの目的は自分の中でプリンシプルをつくる、ブレない判断軸をつくる、というのがあった。28歳から企業の経営に関与していて、そんな中で重たい課題がでてくる。わかりやすくいえば、利益をとるかリストラするか、というような。例えば食品工場で問題が発生した時に、それを公開するのか、それとも・・・というような重さの意思決定が日常にある。営業部長を立てるの?開発部長を立てるの?みたいな話とか。経営者としては、そこで自分自身の軸がぶれたらしょうがないな、と。MBAで、価値観と価値観がぶつかるところに身をおけば、その軸をシェイプできるのでは?と。だから、「誰から」ではなく「誰と」学ぶか、が大切だと。そこで、世界で最も多様な価値観がぶつかっていそうなオックスフォードを選んだ。

・ソーシャルアントレプレナーの授業:For Whomのビジネス

看板授業は、ソーシャルアントレプレナーと企業買収。世界最高のビジネステクニックで、社会をどう変えるか?がテーマのMBAだった。オックスフォード大学そのものに、エリートに生まれたからには世の中の人達に貢献しなければいけない、それがエリートの生き方である、というイギリスらしい空気が流れている。その大学のビジネススクール。一般的には、MBAを一言でいうとプロフィットマキシマイゼーション。でも、オックスフォードでは、そこにForWhom?がついていた。

授業中、「今、誰のためのプロフィットを話している?」という質問を、授業の趣旨としてでなく、学生が自主的に確認する空気
感があった。人選も面白くて、生徒のの出身国のマジョリティはインド人・中国系。次に北米。ついで日本人やイギリス人。イギリス人は全体のわずか5%。これがアメリカだと、7割がアメリカ人で、彼らとともにアメリカの企業をアメリカのシステムを前提に話すことになる。アメリカ人以外はマイノリティ。この点、オックスフォードは世界の人口をそのまま反映している。

また、北米出身の人は、投資銀行とかではなく、途上国の人道支援をやっているようなひとたち。アショカフェローとか。逆にインド人は、マッキンゼーやアップル。インドからきたギラギラの連中と、世の中金じゃないだろという先進国の人たち、というような構図。そんなかに飛び込んだ。その初日、プライベート・エクイティ出身で、当時のMBA生の人気職種だったのに、「マネーの悪魔ね」と同期に言われて衝撃を受けた。

コースが始まってみたら、何をいっても、想像もしない角度から、すごい質問がとんでくる。毎日毎日、根源的な問いかけをされる。僕はこれをオックスフォードに求めていた。毎日「自分の答えを出さなければいけない」という環境に一年いて、それなりに染まって帰って来た。

・NPOを立上げる:「ブラストビート」と「二枚目の名刺」

変化としては、まずは向こうで出会ったNPOを日本に持って帰るというので、在学中にやった。高校生や大学生に生きる力を与えることを目的とした「ブラストビート」というNPOの立ちあげをやった。それから、「ロストジェネレーション」と言われていた自分たちの世代向けに、「二枚目の名刺」というNPOをオックスフォードの同期と企画した同じ35歳を比べた時に、10年前の35歳よりも年収が200万円低いというような世代が僕ら。友人にも覇気がなく、ぐちってばかり、という人が多いように思えた。ただ、ブラストビートで、パートタイムでNPOをしてみて、何かのきっかけで人はかわれるんだな、ということに気づいた。自分の力を再確認できる場があるだけでも、自己肯定感が持てたり、と。ということで立ち上げたのが二枚目の名刺。プロボノという言葉がちょうどちょろちょろでてきて、時流にはのっていた。

分かりやすくいってしまえば、社会人が5人くらいでチームを組んで、そのチームがNPOのコンサルをするというもの。そこで起きているのは、IT企業と金融と人材とコンサル出身などの人が5人集まって、NPOを支援する。その人それぞれのスキルは、自社の中ではたいしたことはない。それが、外に出た瞬間に、自分たちのスキルをつかって、こんなバリューが出るの?という誇りを持てる。一方で、NPO側はスキルは少ないが想いだけはハンパない。そのWillに触れることで「なんで働いてるんだっけ?なんのためにやるんだっけ?」というのを再考を促すのが、本当の目的。自分のSkillとWillを再考・再発見をすることで、日々の生き方が変わる。二枚目の名刺を持っている人は、二枚目な人だよね、と。二枚目の名刺がある生活だと、家と職場ともうひとつ、という三角形をつくることができる。線ではなくて面ができる。家と職場だけだと、狭い。それ以外に広がって、いろんな事の「掛け算」がおきたときのマジック(ここのみなさんはみんな知ってると想いますが)に気づいてもらえるチャンスを提供できる。

就職活動を始めた時からNPOの立ちあげまで、やってることの根っこは、大きくかわっていなくて、結局「生きるチカラの獲得支援」なんですよね。自立・自律している人をつくりたい。弱者に何かを施すというような優しさは僕には少なくて、どちらかというと「お前らしっかりしろよ」という感じ。でも、そうやって言うだけでは答えになっていないので、その場所や機会を提供したい。ちゃんと「自己責任だよね」と言えるところまでもっていってあげたい。

・ブラストビート:高校生に仕事を教える

最初の就職ではパパの世代を救いたかった。明確なイメージがあって、40代でリストラされる人がでちゃいけない、と。そのあと留学中に日本の分析とかをしていて、こんなに人が減っていたらこれからの若者は大変だなぁと思い、若い人の生きる力をどうしたらいいんだろう?と思った。そこで、ブラストビートをやろうと思った。
ブラストビートは、音楽×企業×社会貢献。10人一組で擬似的な会社を作る。で、三ヶ月後にライブイベントをやってというミッションを与える。営業して、ライブハウスおさえて、アーティストおさえて、運営も自分たちでやってください、というふうに。これを高校生や大学生にやらせる。高校生くらいだと、親か学校から言われたことしかやったことがない。さっきの吉沢さんの話じゃないけれど、WHYを考えたことがない。でもイベントやるのはすごく大変。例えば、ライブハウスを貸して下さい、という営業がある。半額くらいにしないと儲けはでない。アーティストにもただでやってもらわなければいけなくて、そうするためには熱意がなければ応諾してくれない。

それから今度は、チケットが簡単に売れない。2000円のチケットなんて、知らないバンド5組が出るようなイベントには簡単に払えない。子供たちは、チームが10人いるから1人15枚づつで150枚売れるんじゃないですか?というふうに最初は思うのだが、実際試すと3枚しか売れなかったりする。
プロジェクト中は本気なので、喧嘩にもなる。売れないと12−3万円の赤字が出る。だからみんな、必死に売るようになる。思いを伝えないと売れないから、必死に考えて、これなら人にお金を払ってもらえるという自信を持てるところまでつめて、がんばる。で、最後には、なんだかんだいってなんとかなる。そして、ゴールがイベントであるがゆえに、みんなの笑顔で終わる、というのがいい。このなかでいろんな事が学べる。また、利益の25%以上を、自分たちで選んだところに寄付しなさいとルールがある。これが凄い。もらったお金ではなく、自分で稼いだお金を自分で選んだところに寄付をする、というのが、物凄い恍惚感。みんながみんな、自分の思う社会問題を語る。社会の何を変えたいか、というところでものすごいぶつかる。カンボジア関係無いじゃん?児童養護施設の方が大事じゃね?とか。この本気感がハンパない。また寄付する額も100%じゃなくて、25%以上、という風にすることでどのくらい寄付するのかが議論になる。ミッションがこれだろ、だから100%寄付しようぜという人もいれば、別の人が「いやいや、世の中にいいことだからって何ももらっちゃいけないって・・・それって、おかしくない?それじゃあ続かないから、意味が無い」というレベルの議論を、高校生がやる。途中泣くこともある。でも最後は笑顔。自分たちで稼いだ10万円を寄付地にもっていく。こんな濃い3ヶ月で、人生かわる人もいる。すごい変化が起きるんですよね。経験者は「ブラスト・ビートがなかった人生が考えられない」という子も。「これが仕事か、仕事ってすごいね」と。自分たちが世の中を変えられる。「社会に出たい」というふうな気持ちを持ち始める。やる側のメンターも大変で、現在では10人のチームが15個近く走っている。ここに、1チーム4人の社会人・学生メンターがついている。ブラストビートの輪は一気に全国に広がりそうな勢い。

・ウェルセルフの起業:震災。そして、0から1を作りたい

ここまでずーっと話したら、ココナラの話はもうしなくてもいいかなとも(笑)。

ホントはこの倍くらい話せたけど、端折りました(笑)。で、今ココナラをやりたいとおもったのがなぜかという話。会社を辞めようと思ったのは、ファンドに7.5年いて、このままだと口だけでアドバイスして生きていく方向になっちゃうのかなと。もっとできる同僚は違ったかもだけど、僕の場合は、何か中途半端。だから、まだ若いうちに、0から1を作る経験をしておかないと、おれ無理だなと思った。ファンドの延長線上に生きていく場所はないと思った。一定程度優秀な人に囲まれて経営するというやり方はある程度理解したので、今度は100人以下のベンチャーにいこうと思った。

そんな頃、オックスフォードに久々にいって、起業している友人に会って刺激をうけ、またその3日後に震災がすぐにあり。GWには陸前高田にいって、息を呑んだ。どこかの会社のナンバー2になるというのはだめで、自分にしかできないことをやるべきだと思った。たまたま今の走行メンバーの谷口と話している時にヘルスケアビジネスのアイデアがうかび、それしかないというふうにして見切り発車でやろうとなったのが5−6月。「生きる力とかいっても健康じゃないと話にならないよね、だからヘルスケアだよね」という。

・ココナラ:一人ひとりが自分のストーリーを生きられる世の中

結果ヘルスケアのビジネスモデルは途中でやめたんだけど、そのときにインタビューをしているなかで、管理栄養士さんの話を聞く機会があって、「病院で栄養指導だけをしていては自分の知識を使う場が限られている。もっといろんな軸で本当は相談にのれるんだけれど、場がない」という真摯な思いに触れて。

じゃあ、栄養相談のビジネスをやろうか?と思ったのだけど、これではニッチすぎる。でも、ちょっとまてよ、世の中ではもっと「ビジネスとしては小さくて成り立たないけれど確かな価値やニーズはあるよね」、と。例えば栄養相談で一回5千円というのはないけれど、500円でぱっときけたらいいかもね、と。そこから今のアイデアはスタートした。実際には、確かな価値があるけれど、一回500円というサービスは、ビジネス的になかなか存在しえない。一回500円の価値なのだが、それを提供しようと思うと、時間とタイミングと場所の準備、というので大変。色んなコストがかかるから結局一回500円ではできないよね、となる。なので、ネット上の相談系サービスは、0円か、一回3000円以上のものばかりにならざるをえない。でも、徹底的にコストをへらして、だれでも500円のサービスを登録できて、お客さんもサイトが集めてくれて、簡単な決済の仕組みを提供して、リアルに会うのをやめることでのコストもなくしたら、いままで存在しえなかった低額サービスができるかと思った。誰かの役に立ちたいという人たち、これまではコストに見合わずに実現しなかった価値あるちょっとしたサービス、を丸々集めて可視化してみよう、というのが、今のサービスのコンセプト。で、このコンセプトをもうちょっとレイヤーをあげて話をしてみます。やっぱり「市場をみつけて儲かればいいや」という気持ちでやっているのではないので。いまの創業メンバーの三人は、性格や生き方はすごくバラバラなんだけど、みんな「一人ひとりが自分のストーリーを生きられる世の中になったらいいよね」という想いは共通している。

新明(共同創業者)は、元々自分の仕事をしながら、リビングインピースというマイクロファイナンスファンドの立ちあげをやっていた。小さなファイナンスで、創意工夫して頑張る人を助けたり、それを助けるのが個人であったり、というモデルに魅力を感じてやっていた。谷口(共同創業者)は、医療の世界で人が健康に生きることについてずっと考えて生きてきたこともあるし、彼女の人生として必ずしも自分の思い通りに生きることが許されなかったという気持ちもあったりしている。
で、翻ってココナラだけど、根っこのところで思っているのは、みんなに「商い」の経験をしてもらいたい、ということ。今、世の中のシステムってとっても大きなものになってきちゃってるよね、と。モノは誰がどうつくっているのか眼に見えないし、会社でがんばっていれば自分の貢献がなんであれ給料としてお金は降ってくるし。誰が何をしているかよくわからないけれど、なぜか生きていける。電車にゆられて会社にいってとか、一斉に就職活動してとか、大きなシステムの中でみんなが同じことをしている感じ。日々の生活も、人生の流れも、すべてすでに動いているシステムがそこにあって、そのシステムのメインストリームだろうとアウトローだろうと、システムのピースにおさまっている感じ。生活はできていても、それって何か不自由で、窮屈だよね、と。システムが大きすぎるから、いろんな事をダイレクトに感じることができない。政府が、とか、国がとか、うちの会社が、とか。実態があるようでないような「何か」にぐちを言ってみたりなんというか、リアルなカウンターパートが存在していない。世の中に自分が影響しているということも、自分が構成員であるということも、実感として感じられない。要は、すべてが「他人ごと」に感じてしまっている。確かに大きなシステムは効率的。豊かさを求めて効率さを追求すると、物的にはハッピーなんだけれども、それによって窮屈さを産んでしまった。

・ココナラへの想い:商いの原点は物々交換

そこで、ココナラなんですよ、と。単なるお小遣い稼ぎサイトではなくて、商いをする場。商いの原点って、物々交換。物々交換って何かというとこっちのもっているものと、向こうのもっているものとを、お互いの生活をよくするために、交換する。どっちが売る側、買う側、どっちが偉いとかなくって、お互いの生活をよくするために交換しようよ、というのが原点。それを効率化するのが貨幣なんだけれど、その仕組みが大きくなりすぎると、誰かの生活をよくするためにとか、お互い感謝しあってとか、誰かが頑張っているからこれが手に入るとかの実感がなくなっちゃう。これを、もう一回やってみたらいいじゃん、というのがココナラ。どんな人でも、自分の中で、何らか特殊な経験やスキルがある。極端な話、例えば自分がどこかで働いていたら、そこに向けて入りたいという人へアドバイスします、でも、ある人にとってみたら、そして上手くマッチングできたら、価値が提供される。自分に価値がないと思っているかもしれないニートでも、同じ境遇になるかもしれない人に対して、何かアドバイスができたり、少なくとも体験談を共有できたりする。まあこれは極端なケースかもしれないけれど、長く生きていれば何らか自分らしい経験やスキルがあって、世の中のどこかにそれでちょっと助かる人がある。そしてそれを無料ではなく有料で提供する。有料だとすごい緊張するわけですよ。少額でもあなたに何かを期待していればそれはあなたのお客さん。あなたの体ひとつで生み出す価値に、お金を払ってくれる人がいある。それこそが、自分でつくった、自分だけの小さなシステム。

本来、仕事って自分の興味関心からつくるものじゃないのと思うわけですよ。それができたら幸せだよね、と。もちろん起業しようとまで言っちゃうと、それって誰でもできることではないですよ。全員にはオススメしない。でも、苦労してでも起業するって、何かが楽しいからなんですよ。なんというか、ある種の緊張感の中で、自分だけの価値を創り出す楽しさがある。それを、たった500円のサービスだけど、体験してみようよ、と。たったそれだけで、世の中の見方が変わると信じてます。自分のスキルが売れた、お金になった、ということには、すごい幸福感がある。何につけても、アンコントローラブルな状況って不幸というか、無力感のもとになると思うんですよ。何につけても世の中のせい、世の中抗えないものばかり、では、閉塞感に包まれても仕方ない。でも、自分で動かせるものがあったら、そうはならない。世の中を、自分が動くことで何かが変わる場所だと感じられると、意外と閉塞感は感じないし、幸福感すら感じる。それって、お金がたくさんあるとかとは全然違う軸の話で。横から見たら大変でも、主体的に自分のシステムを作っていると、本人は割りと幸福感をもっていたりするわけです。で、たった500円でも自分のシステムを作ると、急に世の中が自分ごとに見えるんですよ。他人が動かしている部分も、そこに誰かがいることに、想像がいくようになるんですよ。不思議な事に。世の中が自分ごととして捉えられるようになると、主体的に生きていけるんじゃないなのと。それって幸福なんじゃないの?って。個人の興味関心から動ける社会ができたら、幸せじゃないかなと。なにか、あんまりロジカルな話に聞こえないかもしれないけれど、実感としてそんな風に思っているわけです。だらだらっと話してしまったけれど、ココナラは、そんな想いをもってやっているサイトです。

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