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普遍的な「作ってもらう技術」とは何か、あるいは建築とシステムの共通点

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「社員ファースト経営」が発売されたばかりではあるが、そういうネタばっかり書いていると飽きるので、今日は別な話。

「システムを作らせる技術」という本は最初、要求/要件定義手法の本としてスタートした。システム構築で非常に重要だし、ここで失敗するプロジェクトが非常に多い、難所だからだ。

ただ、共著者の濱本とあれやこれや議論していくうちに、この本は「非エンジニアが望むシステムを手に入れるために何を知り、何をすればいいのか?」を説明した本にしなければ!ということになった。

参ったなぁ・・と思いましたね。書くことが3倍くらいに増えるから。
(実際に書き上がった本を見ると、要求/要件定義は107ページなのに対して、本全体は384ページにもなった)
でも同時に「これこそが必要とされている本だ」という確信はあった。
実際に、他にないタイプの本になった(先日韓国語版が発売されたが、日本以外にもそれほどあるタイプの本じゃないと思う)。

なお今でも「作らせる」という言葉づかいが偉そう、という批判があって、それについてはこの本が読まれ続ける限り甘んじて受けるが、「そもそも、作ってもらう側が読むべき本がやっと登場した」ということ自体が大事だと思う。



「作ってもらう側が学ぶための本」というアイディアには、元ネタが2つある。
一つは「ノンデザイナーズ・デザインブック」という本だ。

これはデザインの勉強を一切したことがない人間が、
・デザインの初歩を学ぶ
・デザイナーがどういうことを気にしながら仕事をしているかを知る
・発注者がデザイナーと会話できるようになる
といったあたりを狙った本だ。

僕自身は完全にデザインの門外漢で、10年くらい前に「でも仕事をする上でデザインは大事だよなー」くらいの問題意識で読んだ。
もちろんデザインの勉強になったのだが、それ以上に
「門外漢として仕事する際の知識とマインドは、1冊の本にする価値があるくらい大事なことなんだ」
を知ったことが大きかった。もちろんその時は、自分がそれのシステム版を書くことになるとは全く思っていなかったけれども。


もう一つは、建築家に自宅とオフィスを作ってもらった経験だ。

オフィスづくりについては、いくつかブログにも書いた。

「A university is not a building.あるいは僕らがオフィス移転をする理由」

ファシリテーターの殿堂、あるいはプロのファシリテーターが会議に最適な場をガチで作ったらこうなった

「オフィスを気合い入れて作ってどうなったか?あるいは僕らなりの働き方改革」

僕らの会社は製造業などと異なり、大きな投資もしないし、他社のサービスを購入することもあまりない。だからオフィスづくりは(普段とは逆に)クライアント側になる、貴重な経験だった。



自宅を建てたのはもう15年も前だが、この時は「反常識の業務改革ドキュメント」という本で書いた、古河電工さんとのプロジェクトをやっていた。

この本は途中で改題したのだが、最初のサブタイトルは「クライアントとコンサルタントの幸福な物語」だ。つまり、この時からすでに「プロフェッショナルの支援を受ける際は、関係性の作り方が大事だなぁ」と思っていたのだろう。(もちろん、クライアントとコンサルタントがそれぞれの立場から書いた本だから、という理由もある)

自宅とオフィスという2つの建築プロジェクトで発注者側に回った時に意識していたことが、まさに「作ってもらう技術」だと思う。

ちなみにこれらの経験は、別の形でも「システムを作らせる技術」に活かすことができた。システムは抽象的で目に見えないので、方法論を説明しにくい。したがって本の様々な箇所で、住宅建築を比喩として使うことにした。
例えば、
・住宅の要望を絞り込む際も、父親と母親と子供とでは優先順位の基準が違う
・非機能要件を住宅で例えると"寒冷地なので高断熱は譲れない"みたいなこと
といった具合だ。


住宅だろうがシステムだろうがデザインだろうが、「プロフェッショナルに仕事を依頼する際に、発注者が押さえておくべきポイント」みたいなものがある。
それを簡単にリストアップしてこのブログを終わりたい。(と言いながら、結構長くなってしまった)


作らせる技術①欲しいものを言語化する技術
・自宅を自宅の時は、ワードで要求定義書を書いた。自分たちがどんな人間で、どんな生活をしていて、何を大事にしているか。そして自宅に対する具体的な要望。

・オフィスの時は、コンセプトを決める集中討議を行い、全社員から片っ端から要望をリストアップした。

普段から仕事でやっているので、どちらのときもほとんど苦労しなかった。が、普通はそもそも「自分たちの欲しい物を極力言語化しよう」と思うことすらしないのではないか。
受け身でヒアリングされ、出てきた案にちょこちょことコメントを言うのが施主の仕事だと思ってはいないか。それでも自宅やオフィスは建つが、「本当に自分たちにフィットしたもの」は手に入らない。


作らせる技術②優先順位を示す技術
・自宅のときは「限られたスペースを、書斎に使うのと、2個目のトイレに使うのと、どちらを望むか?」みたいなテーマについて家族で議論し、建築家に明確に伝えるようにした。(家を作る時はこういう類の意思決定が無数にあるのだが、普通はぬるっと決まっていくものらしい。我が家は明確に議論した)

・オフィスの時は、ご多分に漏れず予算オーバーしそうになったので、要求の優先順位付けを行った(システムを作らせる技術で紹介した方法論とほぼ同じ方法で)。
僕らが伝えたのは、例えば
「家具は今使っているのを持ってくればいい。ピカピカである必要はない。でも床材など、替えが効かないとか、ケチるとみすぼらしくなる箇所は多少お金をかけてもよい」
みたいなことだ。
こういうのは大げさに言えば「オフィスに関する価値観」であり、支援してくれるプロフェッショナルには決められない(アドバイスはできるが)。発注者にしかできないことだ。

システムも自宅もオフィスも、手に入れるにはそれなりのお金が必要だ。でもここに書いた「作らせる技術」があるとないとでは、同じお金を使ったとしても、手に入れるものは全然変わってくる。自分の価値観に合わないところではお金を使わず、大事だと思うところに集中投入できるようになるからだ。


作らせる技術③作ってくれる人を選ぶ技術
これを「技術」だと認識している人は少ないと思うけれども、極めて重要な技術だ。
特に今話題にしている、プロフェッショナルに何かを依頼する際は。

・システムを作る際に、やりたいことにフィットしたパッケージや良いベンダーさんを選ぶことは「システムを作らせる技術」の大きな要素なので、3章に渡って書いた。

・住宅を建てる時だって、信頼できる工務店さんや、自分の漠然とした好みを設計図に落としてくれる相性の良い建築家を選ぶことはとても大事だ。
ちなみに僕は一時期住宅雑誌を見るのが趣味化していたので、建築家を決めるまでに3年くらいかけた。
この時のことは、少しだけブログに書いたことがある。

※ 「オレンジジューステスト」を使ってみた。あるいはサービス業の良し悪しを見分ける方法

作らせる技術④プロをリスペクトし、モチベートする技術
発注者がモチベーションや思い入れを持っていたほうが、そうでない時に比べて、支援者はより思い切った仕事ができる。
オフィスの時だって「この床材はちょっと冒険すぎるので普通は提案しないのですが、今回ならどうかな、と思って・・」という踏み込んだ提案をしてくれた。そして僕らはそれを選び、とても気に入っている。

先に書いたように、古河電工さんとのプロジェクトと自宅建築プロジェクトは、僕のなかでは同時並行で進めていた(仕事でもプライベートでもプロジェクトをやっていて、流石に忙しかった)。)
自宅建築プロジェクトの方ではクライアント側だったので、1番気にしていたことは「自分も、古河電工の方々のように、良い発注主、良いクライアントにならなければ」ということだった。
古河電工の方々の振る舞いはこんな感じだった。
・変革のプロである僕らが提唱する進め方に乗っかってくれた
・とはいえ丸投げとは程遠く、自分たちで汗をかいた
・異分子である僕らへの興味とリスペクトを持っていた
・もちろん会社とプロジェクトがどうあるべきかのオピニオンはしっかり持ち、僕らとぶつけ合った
・プロジェクトへの高いモチベーションを示し続けた(仕事だから、を超えて個人的な思い入れを語ってくれた)

「反常識の業務改革ドキュメント」を読めばこのあたりの空気感はよく伝わると思う。



住宅プロジェクトの方で、僕がこれほどよいクライアントになれていた自信はない。でも見様見真似で良いクライアントであろうとかなり努力はした。
例えば、先ほど説明した結構完成度の高い要望書を仕事でもないのに書いたのは、僕らの要望や価値観を伝えたかったからだ。それは同時に、良い家を作ることへのモチベーションの高さも伝えることになったと思う。


改めて思うと、これらの建築プロジェクトを通じた経験が、僕の「作ってもらう技術」の基礎的修行になったのではないだろうか。



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