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社員ファースト経営とは結局なんなのか?あるいは社員第一でなければ顧客と株主を幸せに出来ない理由

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本日7/24は「社員ファースト経営」の発売日である。
「自分が実践していることを、ある程度言語化できるようになったら本にする」という意味ではこれまでの5冊と同じなのだが、今回は新しい経営スタイル(大げさに言えば経営哲学)を世に問うタイプの本。新しい日本企業が生まれる土台になって欲しい。
前回は本の「はじめに」を紹介したが、今回は本の終わりの方に書いた「社員ファースト経営とは結局なんなのか?」というパートを抜粋しよう。
一口に「社員ファースト経営」と言っても、様々な要素があり、しかもそれらが噛み合ってはじめて効果的な経営になる。本の最後にそれをざっと眺めるためのパートが下記の抜粋だ。

ここに書いたことの具体的な描写、なぜそんなことが可能なのか?自社でやるためには?などを知りたい場合は本を買ってください!
7つの要素が、本のどの章に該当するのかも書いていますので、関心がある場合はその章から読むのもアリかもしれません(あまりおすすめはしないが)。

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本を終えるにあたり、社員ファースト経営を7つの要素に分けて整理しておきましょう。

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★7つの要素①:社員のことを真っ先に考える
顧客に良いサービスを提供するためには、それを担う社員が優秀で、活き活きと自主的に仕事をしていなければなりません。
だから「顧客のためを思えば思うほど、自社の社員を大切にせざるを得ない」という逆説的な構造になります。社員ファースト経営を簡単に言えば「まずは社員の働きがいを最大化する経営」です。
そのための第一歩としておすすめなのが、仕事を楽しむ文化を育むことです。(第2章「仕事を楽しむ」参照)
※参照ブログ:プロジェクトは楽しくやるとうまくいく、あるいはマジックワードHaveFun!


といっても「会社が社員を楽しませてあげる」ではありません。「社員が仕事に楽しみや喜びを持ち込むことを奨励する」という感じでしょうか。あくまで社員たちが自分でやる。会社はそれを勇気づけたり容認することしかできません。この姿勢は要素⑤「会社は社員が創る」にも繋がっています。

会社が押し付ける訳ではないので、社員たちが多少のハメを外す時もありますし、それをたしなめたら急にしょんぼりしたり・・。文化を育むというのは結構難しいものです。
「仕事に楽しみを持ち込むなんてとんでもない!」という組織風土が一般的なのだから、まずは思いっきり許容することから始めるくらいがちょうどよいでしょう。

ただし仕事を楽しむ文化は、働きがいを高める第一歩にしか過ぎません。社員が優秀であればあるほど「仕事にお遊び要素があるか?」という小手先ではなく、「日々直面する仕事の手応え」という本質的な部分こそが働きがいを左右するからです。
ワクワクする仕事か?貢献したいと思えるプロジェクトか?尊敬できるお客様か?挑戦しがいがある難易度か?成長できる仕事か?そんな話です。これを担保するためには、仕事を厳選するしかありません。売上額よりも、社員がやりたい仕事か?社員が成長できる仕事か?を優先するのです。(第3章「仕事を選ぶ」参照)

社員ファーストというのは、単に「社員を思いやる」というふわふわした姿勢ではありません。売上、利益など、株式会社として重視されている指標よりも「社員にとってどちらが良いのか?」を優先させる、たいへん厳しい姿勢です。時に世間の常識に反することもあるでしょう。
こうして社員のことを真っ先に考える経営は、短期的には損をするように見えるかもしれません。でも中長期では、良い社員は良いサービスを通じて売上利益をもたらすのです。

★7つの要素②:コンセンサス重視
ボスの一存やその場の空気で物事を決めるのではなく、何事も関係者と話し合い、その場の全員が支持できるコンセンサスを作る。こういう意思決定を積み重ねて組織運営する方法を「ファシリテーション経営」と呼んでいます。(第5章「ファシリテーションで経営する」参照)

みんなが方針に納得して、過剰な管理をされなくても自主的に仕事をする状況は、多くの経営者が目指していることでしょう。でも大方針から小さな決め事まで、全てについてコンセンサスをつくるなんて、十分な議論スキルがない会社では、全く現実的ではないですよね。でも社員全員がファシリテーターであれば、実現できます。
以前わたしが「ティール組織って難解な概念だけれども、要は"サル山のボスザル"がいなくても回る組織のことだよね。マウンティング合戦や縄張り争いがなくても、円滑に回るように、カルチャーや仕組みが整えられた組織」とTwitterに書いたことがあります。すると「ティール組織」の訳者の方から「まさにその通り!」と返信がありました。
「ケンブリッジがティール組織だ」とは言いませんが、コンセンサス重視の組織運営を突き詰めると、「サル山のボスザルがいなくても回る組織」に近づいていくのは確かです。
※「ファシリテーション経営」は「社員ファースト経営」に並ぶ、とても重要な考え方なので、いずれブログで紹介します。


★7つの要素③:原理原則で判断
コンセンサスを重視していると、決定の理由をすべて言語化していくことになります。そうして蓄積された価値観を明文化したのがPriciple(原理原則)です。これを書き上げると、社内の隅々へ「ウチはこういう会社だ!」と周知することができます。(第6章「原理原則で経営する」参照)
このおかげでボスの属人的な判断から逃れることもできるし、詳細なルールを作らずとも公平で柔軟な組織運営も可能になります。ケースバイケースで判断しているにも関わらず、原理原則にもとづいているから「ウチの会社なら、当然そう判断するよね」と社員誰もが納得している状況。Principleは自律的な組織を作る処方箋といっても良いかもしれません。

※参照ブログ:
組織に5カ年計画やミッション・ビジョンは必要か?あるいは経営方針書について



★7つの要素④:オープンでフラットな組織
議論重視、コンセンサス重視、原理原則の明文化を進めると、大きな副産物がついてきます。社員が物怖じせずに意見を言うようになり(オープン化)、仕事に上下関係を持ち込まなくなるのです(フラット化)。

「何でも自由にやりたまえ!と言っているのに、最近の若者は大人しくて」という愚痴を経営者から聞きます。お言葉ですが、おそらく問題は若者の側ではありません。「自由にやったら後でひどいことが待っている(かも)」と若者に思わせる組織文化こそがガンなのです。いわゆる心理的安全性が担保されていない状態です。

要素①~③をやっていると、自然に「自由なのに心理的安全性が確保された状態」が生まれます。この土台があってはじめて、社員が自主性を発揮して勝手に活躍するようになります。これは社員ファーストそのものですし、要素⑤「会社は社員が創る」の前提にもなるのです。


★7つの要素⑤:会社は社員が創る
「社員ファースト」というと、会社が社員にあれこれ世話を焼いてあげる姿を想像する人も多いでしょうが、実態は逆です。社員が会社をよくするために、自主的にあれこれやっているのです。会社は単にそれを許容したり、予算やルール面で応援するだけ。(第7章「会社は自分で創る」および第8章「ワークアウトで会社を変えてもらう」参照)

言ってみれば、会社にとって誠に都合が良い状況です。この状況を作るヒントは、実際に嬉々として活動している社員の「前の会社では、こんな活動をするなんて考えもしなかった」という言葉に潜んでいます。つまり機会と環境さえ整えれば、社員の多くは会社創りに時間を割くようになるのです。

「社員ファーストと言いながら、実は社員自身が精力的に会社を良くしている」というこの構図は、社員ファーストなのに(だからこそ)高収益である秘密の一端だと言えるでしょう。もちろん自分で創った会社には愛着がわきますから、長く働きたいと思う社員が増えることも、転職しやすい業界では高収益に寄与しています。
一方で「なぜ社員が個人の利益ではなく、会社全体を考えているのか?」の理由としては、「会社が良くなれば、結局は自分にとってメリットがある」と信じているからでしょう。つまり要素①「会社は社員のことを真っ先に考える」と社員から信頼されているのです。
※参照ブログ:会社は創りたい人が創るもの、あるいは10年単位での感慨について

★7つの要素⑥: 社員ファースト経営にあった人材を
社員ファースト経営と、それにマッチした自主的な社員は、ニワトリとタマゴの関係にあります。自主的な社員がいなければ社員ファースト経営はできないし、社員ファースト経営をやっていると、社員がどんどん自主性を獲得していきます。
そのニワトリタマゴ関係を強化しているのが採用と育成です。(第11章「最高の社員の集め方」および第12章「最高の社員に育てる」参照)

社員ファーストと言いながら、社員候補者にひどい振る舞いをするのは論外ですから、応募者も社員と同様に接します。つまり効率を無視して親身なフィードバックをしたり相談に乗るのですが、おかげで評判が高まって優秀な候補者が応募するようになりました。そうして採用した新入社員は、数年後にケンブリッジらしい社員を採用する原動力になります。この「短期的には損に見えても、長期で元を取る」という構図は、社員ファースト経営の至る所で観察できます。

育成も同様です。新入社員を受け入れた以上、寄ってたかって育てる姿勢は全社員が持っているし、現場での育成上手や優れたトレーニングを開催する社員が尊敬もされます。なぜこんな"利他行為"をしているかと言えば、きっと要素⑤「会社は社員が創る」の一貫なんだと思います。わたし達のような資産をもたないサービス業では、社員のスキルが唯一の競争力ですから。


★7つの要素⑦:社員ファーストの強みで戦う
社員ファースト経営についてこの本でこれまで説明してきたことの大半は、「顧客よりも社員のことを」「多少時間をかけてもコンセンサスを重視する」「売上より育成を」などと、短期的には損するようなことでした。

それらはすべて、上司の命令を待つのではなく、自ら顧客のためにアイディアを出し、実行できる人材を育てるため。そして育った社員に活き活きと活躍してもらうためです。ルールのない新規事業や変革プロジェクトでは特に、現場判断が仕事の質を決めます。つまり変化の激しい経営環境では、こういった社員の数と質こそが組織の競争力なのです。

個々の社員ではなく、組織全体に目を向けると社員ファーストの強みはさらに際立ちます。過剰なルールや管理を必要としないので、効率がよくスピーディ。ひとたびコンセンサスを作れば、自律的な社員がどんどん実行していく。突発的な事態にも社員同士が話し合って柔軟に対応していく・・。

こうして活き活きと顧客のために働く社員と、効率的で柔軟な組織の力で、質の高いサービスを提供する。このことでようやく、これまでの損を一気に挽回し、お釣りが来るという構図です。
売上や利益を短期的に目指さないこの経営は、一見不合理です。だから競合他社は真似しようとすら思いません。だから模倣されない競争優位の源泉となるのです。

こうして本書をざっと振り返ると、社員ファースト経営の名のもとに、様々な要素が噛み合っていることを理解いただけると思います。わたし達ケンブリッジも15年かけて少しずつ進化させてきました。
残念ながらまだ「たったの2年で社員ファースト経営を立ち上げる!」みたいな方法論は確立できていません。皆さんも本書の中から自社にあっていそうな所、できそうな所からはじめ、徐々に深く広く社員ファーストな会社を作っていってください。

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