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戦略は組織に従う。あるいは組織カルチャーが決定的に重要な理由

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6冊目の本を書き終わり、担当編集さんに原稿を送った。
スキマ時間さえあれば本を書いていた生活が終わり、「あ、もう原稿直さなくて良いんだ」という安堵と喪失感の日々を送っている。

いずれ詳しく紹介するが、タイトルは「社員ファースト経営」または「社員ファーストで行こう!」だと思う。
(どっちが良いですかね?)

社員ファーストという新しい経営スタイル、新しい組織運営を紹介する本。
もちろん僕が書く以上は、単に理屈や理想を書いた本ではなく、普段実践していることをそのまま書いた生々しい本になっている。

組織運営を論じる上で極めて大事なことは、組織で行われる意思決定について考察することだ。
そしてそれを考える前提として、
「組織は戦略に従う」

「戦略は組織に従う」
の、どちらの観点から組織を観察するか?という命題が重要になる。
以下の話は少しくどいので本には書かなかったが、組織論を語る上でとても重要だと個人的に思っているので、ちょっと聞いて欲しい。


旧来の経営学は「経営者が戦略を立て、戦略に適した組織を作り、組織は粛々と戦略を遂行する」というモデルを想定していた。「組織は戦略に従う」という言葉は、1920年代の大企業(デュポンやGM)を研究したチャンドラーの言葉だ。
どうでもいい脱線だが、僕は学生の時に経営学者の米倉誠一郎さんの経営史の講義を受講していた(正式な履修ではなくて潜りだった)。チャンドラーは米倉さんの師匠だったらしく、熱心にこの話をしてくれたのを覚えている。

だが現代の日本企業はその通りには動いていない。実際の企業で観察されるのは「組織構造や組織カルチャーがなんとなく戦略らしきものを紡ぎ出していく」という構図だ。
いわば「戦略は組織に従う」といえばいいだろうか。

「なんとなく戦略らしきもの」と書くと、ちゃんとした戦略がない企業を批判しているように聞こえるかもしれないが、良い悪いではなく、実際にこうなってますよね、という話だ。
僕はこの四半世紀で一番インパクトがあった経営書は「イノベーションのジレンマ」だと思っている。この本の画期的な所はたくさんあるが、この「戦略は組織に従う」ということをありありと描いているのもその1つだ。(つまり戦略が組織に従うのは日本企業に限らないということ)

組織における意思決定は、社長や経営会議だけがしている訳ではない。どの顧客、どの市場を優先させるか?とか、どの新製品開発プロジェクトに費用を振り向けるか?など、無数の意思決定をミドルマネージャーが日々下している。
このレベルになると社長は意思決定に関与できない。
こうした日々の細かい意思決定の総体で組織の方向性は決まるし、それらミドルにとって新製品よりも既存製品に資源を振り向ける方が合理的に映ったとしたら、中期経営計画に「画期的な新製品の創出」とか書いてあっても全く無力だ、ということだ。

だから、「会社のことを何でも決められる1人のボスがいて、彼が描く戦略で会社の命運が決まる」というモデルは創業直後のベンチャーまでしか通用しない。多分50人くらいまで。

それ以上の組織規模になると、ミドルの判断基準が戦略を否応なく左右してしまう。判断基準は価値観と言ってもよい。
つまり「全社のミドルが価値観を共有しているか?」「それが組織として進むべき方向と合致しているか?」「共有された価値観に基づく意思決定をしている限り、後から刺されるようなことがないか?」などが組織の強さを決定的に左右する。
今、多くの組織で価値観を言語化し、社内に浸透させようとしているのは、こういう理由だと理解している
(ちなみに、ここでいう価値観はミッション、ビジョン、パーパス、コアバリューなど、様々な呼ばれ方をしている。このブログの文脈ではどれでも大差ない。ケンブリッジではPrincipleと呼んでいる文書が一番これに近い。Principleについては以前紹介した。
組織に5カ年計画やミッション・ビジョンは必要か?あるいは経営方針書について

僕が転職した2000年から今に至るまで、ケンブリッジはカルチャーオリエンテッドな会社だ。つまり意図的にカルチャーを作ってきたし、社内でカルチャーに関する会話が多い。なにより、カルチャーが競争優位の源泉だと意識している。(ここで言うカルチャーは、価値観とワークスタイルの総体のこと)

このブログの文脈に照らしてこれを言い換えると、
・組織として重視する価値観や経営方針がかなり言語化されている
・日々の意思決定がかなり権限委譲されている
・委譲されたミドルや一般社員は価値観や経営方針に従って意思決定している
・なので後から刺されることがなく、心理的安全性も確保されている
・権限委譲されているので、ケースバイケース&スピーディな仕事ができる
・権限委譲&心理的安全性が(比較的)あることは働きがいにつながっている
ということをやっているのがケンブリッジだ。
「カルチャーが競争優位の源泉」というのはこういうこと。

トップダウンではない分権的な組織でありながら、会社全体として一貫性を保つためには、価値観を言語化した上で、それを神棚に飾っておくのではなく、日々の意思決定において、普通に、誰もが、使うしかない。
1920年代のデュポンやGMではなく、現代の組織を運営するなら、それが必要だ。

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