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紙というメディアの限界(2)

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とりあえず引っ越しが終わりました。疲れました。

ところで、いままでにも、紙媒体とウェブの違いついて自分なりに考えてきましたが、紙の方が歴史が長いし、自分の関わってきた時間も長かったこともあり、紙の側から見たウェブという視点にとらわれてしまっていたようです。

しかし、今回の引っ越しで実感しました。紙の資料は重いし、嵩張るし、整理を怠ると、どこに行ったかわからなくなるし。こうしたデメリットを乗り越えて、あえて紙媒体を使うメリットは、どこにあるのでしょうか? 

紙の方が長い文章をじっくりと読むことができる、いろいろと書き込みしながら読むことができる、ぐらいなものでしょう。つまり、紙のメディアとしての役割は、もう終わりつつあり、じっくり読んだり、書き込みしながら読むための道具(ツール)としての役割だけが残されているのではないか、と思います。

Comment(3)

コメント

こんにちは。私も紙資料をどうするかずっと迷っています。部屋には、捨てようにも捨てられない雑誌の山。おっしゃるとおり、じっくり読むときは紙の法が楽ですし、自由気ままに書き込みできるところは捨てがたい。アラン・ケイが「じっくり読みたいものはほとんど印刷する」と言っているのに、非常に共感しました(下記記事)。アラン・ケイが挙げたE inkなど、紙の代わりになる技術が少しずつ出てきていますから、数十年後に紙の出番はかなり減っているかもしれませんね。

アラン・ケイが描くパソコンの未来像(中編)
http://itpro.nikkeibp.co.jp/article/COLUMN/20060809/245494/?ST=newtech&P=3

安藤怜

ちょっと前のことですが、『クロサギ』という漫画がインターネットで無料で読めるサービスがあったので、つい5話分100ページほど読んでしまいました。
目がちょっと疲れましたが、十分楽しめました。活字はまだ厳しいかもしれませんが、漫画ならば、十分いけると思います。

Yutaka

娯楽として「書籍」を読むという視点からは、まだまだ「紙」を捨てるにはまだ技術が稚拙ではないかと。むろん「検索」のしやすさの問題がありますが、千冊単位、或いはそれ以上の書籍を持つ人にとって、「紙」の「書籍」の存在はそうそう軽々しく扱えるものではありません。
 反面、初版数千部のみ印刷された一部の層のみにとっての「名作」等がデジタル化されれば、これを入手し損ねた人たちにとっては大きな福音となるでしょうけれど。

 もう一つ、「紙」媒体には長期のデータ保存という点で千年以上の実績があるのですが、この話を始めると話が大きくそれそうなのでやめときます。

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