今さらながらドラッカーの『ネクスト・ソサエティ』から、未来社会へのヒントが多く
社会の中心を担う企業が、あるいは私たちの居場所である企業組織というものが、今後どんな風に姿を変えていくのかを考えてみようと勉強会を企画したところ、知人からドラッカー氏の『ネクスト・ソサエティ』を紹介された。
刊行が2002年と既に10年も前の本になるが、ドラッカー氏が亡くなる(2005年)少し前ということで、かなり後のほうの著作になる。ドラッカー氏は経営学者として有名だが、未来学者とも社会生態学者とも呼ばれ、本書にはそれが表れているように思われる。
ネクスト・ソサエティ ― 歴史が見たことのない未来がはじまる
P・F・ドラッカー (著) 、上田惇生(翻訳)
ドラッカー氏がネクスト・ソサエティ=未来社会というテーマを扱ったのは、90年代後半に登場したニューエコノミー論へのアンチテーゼでもある。ニューエコノミー論とは、ITとグローバリゼーションの進化が持続的な経済成長をもたらすという経済学説。しかしネットバブル崩壊とともにこの学説は終息してしまった。
ドラッカー氏がニューエコノミー論を退けたのは、ITやグローバリゼーションを過小評価したからではない。経済が生まれ変わる以前に社会が変わらないといけないと考えていたからだ。本書には、「ニューエコノミーよりもネクスト・ソサエティが先」あるいは「社会のほうが大事」という思いが込められている。
このように、ドラッカー氏がIT革命をこれから長く続く時代変化の端緒と考えていたことは間違いない。本書は、IT分野に関わって仕事をし続けようという人には、長期の視野を持つという意味でお勧めしたい。
##
さて私たちは往々にして「ビッグデータが新しい市場を創る」「インターネットが農業生産を変える」などと言うことが口癖になってしまっているが、これは反省が必要だ。技術がまるで経済に直結するかのような短絡的な発想をしてしまっている。間違っているとか大げさだということではなく、とても大きなものを見落としているという点で、逆に矮小化してしまっているのだ。
そう、社会の変化を前提として見ていないのだ。悲しいかなビジネスパーソンには仕事の世界しか目に入らないのが現実だ。これは戦後復興以来続いてきた、経済第一の生き方がある意味にじみ出てしまっているとも思える。
IT革命は本当は社会の変化も考慮し、もっと長期の、もっと大がかりな変化に発展するものと考えないといけない。ドラッカー氏によれば、IT革命は印刷技術の発明や産業革命に匹敵するような大きな革命だというのだ。つまり非常に長いスパンで変化を考える必要がある。
グーテンベルクが発明した印刷技術は国民国家を生んだと言われる。印刷技術は聖書の大量印刷を可能にし、これが宗教改革や宗教戦争をもたらした。また印刷技術のおかげで大衆が文学や演劇を楽しむようになった。また社会的機関として軍隊が組織化され、戦争が大規模に行われるようにもなった。そして軍隊の常設化は国民国家の登場にもつながっていったのだ。
ちなみにグーテンベルクの印刷技術の発明から第一次産業革命まで約300年かかった。この300年の間にこうしたさまざまな社会革命が起き、これが大量生産システムを必要とする社会の出現につながった。これがジェームズワットによる「蒸気機関の実用化」に始まる産業革命につながる土壌になった。
ドラッカー氏は、IT革命は、印刷革命が引き起こした社会革命やさらにその先の産業革命の入口になったように、同じように大きな社会革命・産業革命の入口になる可能性があると言っている。「ネクスト・ソサエティ」とはまさに社会革命にあたる。
(本書から引用)ネクスト・ソサエティは知識社会である。知識が中核の資源となり、知識労働者が中核の働き手となる。知識社会としてのネクスト・ソサエティには三つの特質がある。 第一に、知識は資金よりも容易に移動するがゆえに、いかなる境界もない社会となる。 第二に、万人に教育の機会が与えられるがゆえに、上方への移動が自由な社会となる。 第三に、万人が生産手段としての知識を手に入れ、しかも万人が勝てるわけではないがゆえに、成功と失敗の並存する社会となる。 これら三つの特質のゆえに、ネクスト・ソサエティは、組織にとっても1人ひとりの人間にとっても、高度に競争的な社会となる。 |
もちろんIT革命だけを原因とするような一元的解釈でネクスト・ソサエティは語れない。既に起きている現実として、少子高齢化の問題も大きい。少子高齢化は、労働市場をシニア中心、知識労働者中心にした構造に大きく変えていくだろう。
そして製造業に従事する人口も、担い手が新興国に移るので大きく減らざるを得ない。──そういえばエルピーダメモリが最近経営破綻した。これは日本の輸出型基幹産業の代表格だった半導体製造が国内で続けられなくなったことを決定的に示している。
企業などの組織の短命化が進み、これも労働市場に影響を与えるだろう。ドラッカー氏によれば「30年以上存続する企業はほとんど無くなる」とのこと。とくに知識労働者の場合は労働可能年限が、経営のうまくいっている企業の寿命を上回ることになるだろう。労働市場は産業別の構成を壊して多様化の方向に進んでいくことになるのだ。
##
ネクスト・ソサエティを語るには、IT革命を入口にするにしても要因を複合的に絡めて考える必要があるので、今の常識的なフレームを外してものを見る覚悟が欲しい。
ドラッカー氏は、パラレルキャリア(第二の仕事)が普通になったり、NPOが企業に代わって社会問題を解決する中心組織になると予言している。またコミュニティの存在感が希薄だった都市部が濃厚なコミュニティを形成するようになるだろうということも言っている。既にその傾向が現れ始めているのかもしれないが、私たちにそこまでの実感はまだない。
本書はいわば未来社会への予言の書として10年も前に書かれたものだが、何十年あるいは百年単位の長さで未来社会を描くのなら、ポイントになる輪郭を多く残しており、決して古びていないように思われる。
以上
<ご参考>
勉強会は3/21開催の予定。
『2022―これから10年、活躍できる人の条件』を読んで、これから10年の組織変容を展望してみませんか? レポートなどは後日こちらに報告いたします。
知人とは浅井治さん。
「浅井の本棚」にて読まれた書籍が紹介されています。