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広告費よりはるかにローコストなソーシャルメディア・マーケティングで快進撃を続けるTモバイル

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コンシューマビジネス(B2C)では、TwitterFacebookGoogle+(さらに日本ではLINE)などのソーシャルメディアを用いたマーケティングが重要だ、というかけ声は日本でもよく聞く。しかし実際のところ、御社ではこれをどのように捉えているだろうか?

2011年ごろから、Twitterの「公式アカウント」(あるいは非公式アカウント)を作って、消費者のつぶやきに反応する、といった活動を開始する企業が出てきた。ユルいやり取りで人気を博すアカウントが出る一方で、思わぬ”炎上”に見舞われたアカウントもあったが、どちらにしてもひとりのマーケ担当者任せ、個人技だより、な気配が強かった。担当者が退職してしまったため閉鎖、といった”公式”とは思えない顛末も見られた。

2012~2013年になると「公式Facebookページ」によるマーケティングも一般的となり、大手では100万人前後の「いいね!」を集める企業も出てきている。Facebookページの大半は企業から消費者への一方通行な情報発信であり、場所を移しただけのマスマーケティングな気配もあるが、それでも「いいね!」はマスではなく1人単位だし、リアルタイム性双方向性もあるので、旧来型のものとははっきり違う使い方が可能ではあるのだが。

そうした中、アメリカで第4位の携帯電話キャリアであるTモバイルは、SAPのクラウド製品 Cloud for Social Engagement を使用して、ソーシャルメディアを通じたマーケティング、「ユーザーをファンに変える」活動を積極的に行っている。その内容はどのようなものか?そしてその成果はどうなのか?

Sapphire2013におけるTモバイルのクリス・エスピンドラ氏(ソーシャル・カスタマー・サービス担当ディレクター)のプレゼンからご紹介しよう。

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http://events.sap.com/sapphirenow/en/session/4839

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■物量戦からソーシャルへ

Tモバイルには、今月合併したメトロPCS(筆者注:米国第5位の携帯キャリアだった)と合わせて、約4,200万人のお客様がいらっしゃいます。携帯電話業界としては米国で第4位にすぎませんが、それでもご覧のとおり、他の業界と比較すればTモバイルの売上はかなり大きいほうだと言ってよいでしょう。

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したがってわれわれは、売上に見合った広告費を使っています。2012年度の広告費ランキングでは全米9位でした。これは相当な額です。(筆者注:Tモバイルの2012年度の広告費は約887億円)

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しかしそれでも、携帯電話業界で1位のAT&T2位のベライゾンに広告費で対抗できるかといえば、無理です。彼らは広告費ランキングでも1位と2位なのですから。

筆者注:AT&Tの契約者数は1億1600万人、ベライゾンは1億0800万人、業界第3位でソフトバンクが買収したスプリントは5300万人、そしてTモバイルが4200万人。

つまりわれわれは、物量戦とは違うやり方で競争することを考える必要がありました。そこで広告やブランディングについては、よりコストのかからない、ソーシャルな方法にシフトすることにしたのです。

ここ数か月の出来事でいうと、3月26日の「Un-Carrier戦略」(※下記注参照)の発表では、ツイッターなどのアクティビティは941%増とハネ上がりました。4月12日にiPhoneを扱うことを発表した際は226%増。そして5月1日にメトロPCSとの合併が完了した際には123%増でした。

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※Un-Carrier(脱キャリア)戦略:
Tモバイルが2013年3月26日に発表した新しい料金体系。それまで常識のようになっていた”キャリア都合”を大幅に取り払ったことで、大きな話題を呼んだ。たとえば「回線契約の2年縛り」をなくしいつでも解除できるようにする、携帯端末の初期費用をゼロとするかわりに24か月の分割払いとする、消費者から不満が多かった複雑で分かりにくい料金体系をシンプル化する、などさまざまな施策を含む。

■聴く、関わる、解決する

このようにTモバイルに関するトラフィックが増えることは基本はよいことなのですが、これは同時にネガティブな情報もまたすぐに増幅されて伝わる、ということでもあります。

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右スライド、筆者訳:「ホワイトのやつが欲しくて、わざわざ翌日配達で取り寄せたんだよね、そしたら入ってたのはブラックでさ。Tモバイルに電話したら8回くらい転送されて、誰もどう解決したらいいか分からなかったっぽくて、9人目でもう諦めて切った。で、しかたなくブラックを使ってる、ほんとはホワイトが欲しかったのに(-_-)」

「スマホのメモリが一杯になってるっていうからアプリをどれか削除しようとしたら、いきなりフリーズして落ちた。腹たつ!(-_-メ)」  

ソーシャルメディアへの取り組みは、2012年1月に開始しました。その時点の弊社の”ファン”は約50万人、スタッフは7人でした。そこから着実に増加しており、同年8月にはファンは130万人、スタッフ10人。同年12月にはファン260万人、スタッフ16人。そして2013年5月にはファンは300万人を超え、スタッフは23人に増えました。

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当社のソーシャルメディア戦略の3本柱は、「聴く」「関わる」「解決する」です。

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「聴く」は、お客様がわれわれのサービスやブランドについてソーシャルメディア上で何を言っているか、どんな問題があるのか、といった生の情報をダイレクトに聴き取って、社内の関係部署に伝え、改善につなげることに力を入れています。またソーシャルメディアの場合、競合他社のサービスについても同じくらいよく把握できるところが大きなメリットです。

たとえば、あるお客様は「データプランの容量って歯ブラシのようなものだよね、家族でも共有したくない」とツイートしていました。そこでわれわれは、AT&Tの「家族で容量を共有できるプラン」には追随せず、「無制限データプラン」を強力に打ち出すことにしたのです。

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これは私たちの「聴く」ツール、SAP NetBaseの画面イメージです。ソーシャルメディア上で誰がどこで会話しているのか、大きな影響力を持つのは誰か、そしてそうした既存のお客様や将来のお客様と接触してさらなる売上を立てるためにはどうしたらよいか?をビジュアルに見ることができます。

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「関わる」については、ソーシャル上でコンタクトして来られたお客様への対応に、非常に多くの時間を費やしています。Tフォースと呼ばれる専任のチームがいて、フェイスブック、グーグルプラス、ツイッター、また弊社サポートコミュニティへの投稿、電子メールなど、可能な限りすべてのアクションに対して返信しています。月におよそ33,000件のやりとりをしています。

どのように行うか?以前はベタにマニュアル作業でやっていましたので、非常に時間がかかっていました。ソーシャル画面を開いて、文字通り、一日中にらめっこして...といった感じです。

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そこでTフォースのメンバーはSAPのNetBaseを、それからCloud for Social Engagementをテストしてみましたが、業務プロセスがシンプル化され、生産性が劇的に向上することがすぐにはっきりしましたので、導入を決めました。またこれを導入することで、さまざまな統計データを取得できるようになったため、さらに情報が豊富になりました。

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「解決する」については、われわれはお客様のTモバイルに関するつぶやきを検知したら、その問題や不満をできるだけ早く解決して差し上げたいと考えています。

今はまだ「ソーシャルメディアを使った問題解決」は目新しく、珍しい体験です。お客様は、われわれがソーシャルメディア上の発言を「聴いて」いるとは思っていませんし、それによって「解決する」とも思っていませんので、お客様に驚きと感動を提供することができます。この画面のように、お客様のつぶやきに対してTモバイルのカスタマーケア担当が直接回答することで、不満を抱えたお客様をファンにすることができるのです。

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筆者訳:「4月25日3:55pm  ちょっと疑問に思ってるんですが、ボストンのMITのキャンパス内でTモバイルの電波がこんなに弱いのはどうしてですか?MITみたいな理工系大学は(スマホを買うような層への影響力の大きさからして)御社としては最優先事項なのでは?どうも。」

「4月25日5:07pm  ありがとうございます。さっそく詳細に調査して、必要があれば改善要望を上げます。もしお時間ありましたら、ちょっとチャットで状況教えていただけませんか。ルシーダ」

「4月25日5:08pm  ありがとう!だから僕はずっとTモバイルなんだよね。2年拘束とかないし、社員はものすごく親切。最高だぜ!」 

将来的には、お客様の期待値も変化して、「それが当然」になるかもしれませんが、それまでの間はソーシャルを活用して、不満を抱えたお客様をファンに変えることができます。

■ソーシャル・エンゲージメントで競争優位を

私たちのビジョンは、「聴く」「関わる」「解決する」を通じて、ソーシャル・エンゲージメントにおいて世界トップクラスのブランドになることです。これを実現するためには、この4つがポイントだと考えています。

1. 意図を持って関わり、お客様をケアしていることを示す
2. 迅速に、リアルタイムに反応する
3. 他社とは違う特別な経験を提供する
4.ブランド価値の向上につなげる

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われわれは本気で、ソーシャル・エンゲージメントを通じて競合他社と差別化しようと考えています。ひとつには、これは広告費に比べれば非常にローコストな方法ですから。

お客様の声に真剣に耳を傾けていることを示し、そのフィードバックを取り入れて、常に意味のある変化を行っていることを示せれば、携帯キャリアの世界で、物量戦ではない戦い方ができると思っています。

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業界4位(大手4社の中では最下位)のプレーヤーとして、広告宣伝費で張り合うかわりに、顧客と丁寧に向き合うという戦略を選んだTモバイル。その結果はどうだったのだろうか?

上記のプレゼンは2013年5月のものだが、それから約6か月後の2013年11月のニュース記事から引用する。

■快進撃を続けるT-モバイル、約20億ドルを調達へ - 新たな周波数帯獲得を視野に(2013年11月13日)
http://wirelesswire.jp/Watching_World/201311131248.html

 T-モバイルはメトロPCS(MetroPCS)との合併が完了した今年5月はじめに上場。それ以降、2四半期連続で加入者数を増やし、株価は上場時から66%も上昇している。

 T-モバイルは11月上旬に行った7-9月期決算発表のなかで、同期中の新規契約者件数が約102万件(うちポストペイド加入者は約65万件)となり、全体の契約件数は約4500万人と、3位のスプリント(Sprint)との差を1000万人程度まで縮めてきている。

■Tモバイルに注目―iPhone向け新プランで新規契約が急増(2013年11月5日)
http://jp.wsj.com/article/SB10001424052702304845504579179033424396914.html

年初来株価は113%上昇

 米国の携帯電話サービスは物知りの消費者にも分かりにくい。まだ利用していない翌月の請求が来たり、多種多様な税金や追加料金がかかったり、契約書は外国語で書かれているかのように難解だ。

 米国携帯電話サービス第4位のTモバイルUS(TMUS)は2013年、携帯電話ユーザーのそんなフラストレーションを鮮やかに逆手にとり、チャンスを切り開いた。同社は2013年5月にメトロPCSとの合併を完了させ、これにより同社の株価は2013年に113%上昇した。<中略>クレイグ・モフェット氏の言葉を借りれば、現在のTモバイルは「利用者をどんどん獲得している」状況である。Tモバイルの好調は当分続くとみられ、業界最大手のAT&T(T)と同2位のベライゾン・コミュニケーションズ(VZ)を脅かす存在となりそうだ。<中略>

初期の端末費用不要プランが業界揺るがす

 TモバイルはメトロPCSの買収に続き、アップルのアイフォーンの販売で初期の端末費用不要プランを打ち出して業界を揺るがせた。ユーザーは端末代金として毎月20ドルを支払うが、それとほぼ同額が毎月の請求書から割り引かれる。しかも、契約は不要である。

 業界の反応はこのプランは客寄せにすぎないというものだったが、Tモバイルのジョン・レジェレ最高経営責任者(CEO)はこの新しい宣伝文句をうまく利用した。あらゆる告知手段を駆使してこのプランを浸透させ、過剰に複雑だった従来の契約文言を鋭く批判したのである。

 AT&Tとベライゾンもやむを得ず、同様の端末の初期費用不要プランで追従したが、Tモバイルと違って月次料金の割引は提供しておらず、今のところTモバイルの快進撃を止めることはできずにいる。

「あらゆる告知手段を駆使して」。従来であれば大量の広告宣伝費を投入、ということになっていたのであろうが、Tフォース部隊のきめ細やか(かつローコスト)な活動がこの戦略にさらなるストーリー性を付け加えていったのであろう。

もちろん、プレゼンにもあった「脱キャリア戦略」や、メトロPCSが保有していた周波数帯を活用することによる通話品質の改善が、「快進撃」の原動力になったことは間違いないが、「持たざる者」のローコストな差別化戦略が、この先どこまで発展していくのか?Tモバイルの今後に引き続き注目したい。

 

※本稿は公開情報を基に筆者が構成したものであり、Tモバイル社のレビューを受けたものではありません。  

【参考リンク】

■T-Mobileのソーシャルメディア戦略-SAP Cloud for Social Engagement (2分13秒、日本語字幕付き)
http://www.youtube.com/watch?v=fdg8jvDoZNU

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上記講演でも触れられている「Tフォース」(ソーシャルエンゲージメント部隊)の面々が登場して、楽しそう。

■Sapphire 2013 におけるTモバイルのプレゼン(10分21秒、英語)

Protect Your Brand and Nurture Promoters with Social Media
http://events.sap.com/sapphirenow/en/session/4839

■同プレゼンのスライド
http://www.sapevents.edgesuite.net/SapphireNow/sapphirenow_orlando2013/pdfs/32324.pdf

 

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筆者追記です。

この事例、日本の携帯電話業界で第3位だった某社の某CEOが思い浮かびますね... 日本人としてはダントツ1位のフォロワー数、顧客からのツイートに「やりましょう」の一言で、そのつど大きな話題に。もちろんiPhoneを独占的に扱っていたとか、犬のお父さんとかの大活躍とかもありましたが、「持たざる者」だった同社にとって、ある意味では「究極のローコスト・マーケティング」だったことも確かでしょう。

もちろん、別の(日本で一番時給が高そうな社長の時間を使っていたという)意味では「究極のハイコスト」でもあったわけですが。

いずれにせよ、業界内でチャレンジャーだった同社は、今や時価総額10兆円を超え、アメリカにも進出して、少なくとも時価総額=市場からの評価では堂々たる業界トップ企業です。

他にも、ツイッターのカト吉アカウントなど、ソーシャルメディアを通じて消費者をファンにする、という活動を日本の消費者は受け入れる素地はあるように感じますね。

オーナーCEOと同じことはできなくても、ソーシャル・エンゲージメントでローコストに戦う、という戦略はアリな気がします。(もちろん、本気で取り組まないと、”炎上”しかねないですが...)

  

筆者追記2です。たとえばこんな話。

http://www.dhbr.net/articles/-/2201

この記事が持つインパクトが想像つくだろうか?世界でもっとも影響力があると思われるビジネス誌(=社会的影響力のある人たちが読んでいる)に、文字通り絶賛され、しかも日本語にまで翻訳されている。ものすごい効果だ。

そして彼ほどの発信力はなくとも、他の何千人というJetblueの顧客の友人たちは、きっと同じような話を聞かされているに違いない。「ジェットブルーってすごいんだよ、だってね...」と。

上記、本稿でTモバイルの方がおっしゃっている通り、いつかはこうした対応も「普通のこと」となってしまい、とくに驚きも感動も与えなくなるのかもしれない。しかしその日というのは、実はかなり先なのではないかという気もする。そしてその日までの長期間にわたり、こうしてローコストなマーケティングを実践して顧客を感動させ続ける企業が出てくるのではないか。 

 

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