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直観が支配していた「新人スカウト」をビッグデータで見える化する、サンフランシスコ49ers

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2014年5月追記: 49ersの2013年シーズンは12勝4敗と堂々たる成績でプレーオフに出場。同じdivisionのシアトル・シーホークスが13勝3敗とさらに上を行き、結局スーパーボウル優勝を果たしたが、来シーズンも激しい争いが期待される。

さて、このNFLドラフトアプリは、2014年5月のドラフトでは本番稼働し広く使われた。往年の名ランニングバックで殿堂入りした、マーシャル・フォーク Marshall Faulkがインタビューで語っている。


YouTube: SAP Ambassador Marshall Faulk on the NFL Draft

 

サンフランシスコ 49ers(フォーティー・ナイナーズ)は、アメリカンフットボールのプロチーム。全米32チームで構成されるプロリーグ NFL (ナショナル・フットボール・リーグ)のナンバーワンを決める決勝戦「スーパーボウル」で優勝5回を誇る名門である。昨年(2012年)シーズンもスーパーボウルに進出し、惜しくも破れたが準優勝を獲得、古豪復活を強く印象づけた。

49ers05s http://www.youtube.com/watch?v=FaLVCmab5KQ より

2012年9月、49ersとSAPパートナーシップ契約を結び、

  1. SAPは、2014年に完成する新スタジアムのスポンサーのひとつとなる、
  2. 49ersが利用する基幹系ソフトウェア、統計分析およびチームパフォーマンス分析ソフトウェアを提供する、
  3. さらに、SAPのアナリティクス、モバイル、インメモリ(HANA)を用いて、49ers.com、ツイッター、Facebookなどあらゆるデジタル・タッチポイントから得られるビッグデータをリアルタイムに解析し、スタジアムに来るファンのこれまでにないレベルに引き上げる、

といった内容を発表した。

Photobilljedsサンフランシスコ49ersのCEO、ジェド・ヨーク氏(左)と、SAPの共同CEO、ビル・マクダーモット(右)

■San Francisco 49ers Announce SAP as a Founding Partner at the New Santa Clara Stadium(英語)
http://www.news-sap.com/san-francisco-49ers-announce-sap-as-a-founding-partner-at-the-new-santa-clara-stadium

■49ers Announce SAP as Stadium Partner(英語)
http://www.49ers.com/news/article-2/49ers-Announce-SAP-as-Stadium-Partner/44b7390e-1b2a-48fe-8f9b-82073a2bcc50

こうした内容のうち、今回は 2 の「チームパフォーマンス分析」分野での取り組みについて紹介しよう。

SAPは2013年6月、このパートナーシップから生まれたアプリケーションの第一弾、「SAPスカウティング」を発表した。

49ers03SAPスカウティングの画面イメージ。表示されているデータは架空の選手のもの。

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■SAPスカウティング

SAPスカウティングの概要については、下記Tech Targetの記事が分かりやすいので、まずそちらをご覧いただきたい。

■NFL 49ersが実践、有望選手のスカウトにビッグデータ活用の波~ドラフト候補生の各種データとスカウト基準を照合
http://techtarget.itmedia.co.jp/tt/news/1304/26/news04.html
(以下、抜粋して引用。ぜひ上記の元記事もご参照いただきたい)

 いよいよ開催される「NFLドラフト2013」。アメリカンフットボールの名門チームであるサンフランシスコ49ersはデータ分析のクラウドサービスを導入し、将来有望なアスリートの評価を行ってきた。

 2013年4月26日(日本時間)から3日間にわたり行われる「NFLドラフト2013」。ドラフト指名を受けるのは、主に大学4年生だ。「毎年、1万2000人の大学生がドラフトの対象になる。その人数のデータを分析することは、決して簡単な仕事ではない」と語るのは、SAP Labsのスポーツ製品管理担当副社長、リシ・ドワン氏である。

 5回のスーパーボウル優勝など、NFLに輝かしい歴史を残すサンフランシスコ49ersは新しいクラウドベースのSAP分析アプリケーションを活用し、スカウトが将来有望なアスリートたちの評価を行っている。このアプリケーションは、SAPとサンフランシスコ49ersが共同開発した、SAP HANAインメモリデータベース上で動作する「SAP Scouting」である。

 一般提供が開始されたSAP Scoutingは、フットボール選手特有の統計情報をもとに、スカウトやエグゼクティブ、コーチ、トレーナーが選手を評価するための各種機能を搭載している。その目的は、さまざまな情報を活用し、毎年実施されるNFLドラフト会議において、より良い意思決定を行うことにある。また、トレードやその他の評価にも活用できるように、長期間にわたってデータを構築、利用することも視野に入れている。

 SAPによると、このスカウト専用アプリケーションは、各チームがリアルタイムで有望選手を比較し、同じポジションでプレーする現行プロ選手の水準をクリアしているかどうかを判断するのに役立つだけでなく、チーム方針に合わせてドラフトの選択順位を表示できるインタラクティブな「ドラフトボード」も搭載しているという。

 (以下、元記事を参照) 

スカウトとはもちろん、新人選手(おもに大学4年生)をドラフト会議を通じて指名し、入団させてチームの戦力アップをはかる活動だ。49ersには常時7人のスカウトがいて、アメリカ全土の大学を回っては、有望選手の発掘に努めている。また平行して、現役選手の獲得(フリーエージェントや他チームとの交換トレード)による補強についても常時行われている。

アメフト選手はケガが多く、野球に比べて選手寿命が短い。NFL選手の平均キャリアは6年、中央値は4年にすぎない。つまりそれだけ、大学を出たばかりの若手選手の割合が高く、その分新人ドラフトが重要だということだ。

NFLにおける「新人ドラフト」の重要性を物語る興味深いデータがある。

  • 2012年度、NFLの全選手の58.6%は自チームがドラフトで獲った選手、8.4%は「ドラフト外」で自チームが獲った選手だった。
    つまり合計67.0%はスカウトが目を付けて引っ張ってきた選手で成り立っている。(残り33%は他チームからトレード等で獲得した選手)
     
  • NFLはひとシーズンあたり16試合なので、8勝8敗だと勝率5割ということになるのだが、1993年から2012年までの20年間の統計で、
      ・年12勝以上(つまり勝率75%以上)のチームは、66.8%
      ・年8~11勝(つまり勝率50~75%)のチームは、63.0%
      ・年7勝以下(つまり勝率50%未満)のチームは、60.5%
    が「ドラフト+ドラフト外」選手であった。
    つまり成績のよいチームは、新人から育てた選手が多かった、ということになる。 

SAPスカウティングの意義について、49ersのCOO(最高業務責任者)パラグ・マラテ氏は語る。

 
YouTube: 選手特有の複雑な統計データを有望選手のスカウトに活用する49ers 

 スカウトは、新しい選手をチームに迎え入れる、プロチームの生命線です。この仕事が年365日、休みなく続くのです。

 選手のスカウトは複雑な活動で、多くの情報を収集しなければなりません。まさに情報の山です。ありとあらゆる情報を同期・連携させ、すべてのプレーのデータから的確な評価を導き出したいのですが、これまでは、それを円滑に行う方法が見つからなかったのです。

 新しいソリューションは SAP Scouting を基盤としており、私たちにとって本当に効果的なソリューションです。以前は 10 ステップの手順から構成されていたプロセスがその半数以下のステップの手順で組み立て直されました。複数の異なるソースから情報を収集し、ひとつの場所に集約してくれるので、あらゆる選手を一元管理できるリポジトリーが実現しました。

また、MITが開催した「スポーツ・アナリティクス・カンファレンス」でのパネルディスカッションで、同氏は以下のように語っている。

■MIT Sports Analytics Conference 2013
http://www.sloansportsconference.com/?p=10611

 スカウトは年間250日くらい、現場に出ています。従って、外出先からもアクセスしやすく、使いやすいシステムが不可欠です。

 次に、評価の信頼性と透明性、つまり「バイアスをできるだけ取り除く」ことを支援してくれます。スカウトも人間なので、評価にはさまざまなバイアスがかかることは避けようがありません。最近見た選手は数か月前に見た選手より強く印象に残っているものですし、またマスコミとか他のスカウトも話題にしているとわかると「やっぱり俺の目は正しかった」とより強く感じてしまいます。

 こうしたバイアスを避けるためには、さまざまな評価をできるだけ数値データ化して記録・共有し、また定性的な評価もコメントとして文字化して共有することです。

 ドラフト指名の対象となりうる選手は毎年12,000人ほどいますが、SAPスカウティングでは、選手たちのカレッジ・フットボールでの成績や、身体機能測定の結果など、20以上の数値データが取り込まれます。そうすれば我々フロントの人間も、共通のデータをもとにしてスカウトと会話できます。

 また選手の補強は、サラリーキャップとの戦いです。サラリーの高い選手を獲得したら、その分だれかを放出しなくてはなりませんから、常に「(サラリー上限までの)残りはいくらか」を見ながら考えなければなりません。

 もう一つは、ナレッジの保存です。スカウトが引退したり退職してしまうと、彼の頭の中にあった情報・ナレッジもそのまま失われてしまいます。こうして記録していくことで、おのずとナレッジを蓄積し保存していくことができるのです。

なるほど、「出先で働く社員と本社との情報共有」の重要性はよくわかる。

とくにスカウトは(映画「マネーボール」でも描かれていたが、)これまで”直感的な職人芸”とされていた。「アイツは行ける。俺の勘にピンときた」みたいな話だ。

これを排除するには、あらゆる評価を見える化することが手っ取り早い。(ついでにいうと、こうしたシステムを導入して数年もすれば、「俺の勘」がどの程度あてになるか、についても見える化されてしまうだろう。)

下記の画面イメージは、SAPスカウティングによる「評価の見える化」の例。

 9.0 スーパースター
 8.0 デビュー初日から先発選手
 7点台 先発選手
 6点台 先発選手の見込みあり
 5点台 控え選手
 4.5 キャンプで見極め  ... などの文字が見える。

49ers04
http://www.youtube.com/watch?v=FaLVCmab5KQ
より

しかし。ここまでなら、これは単なる情報共有システムに過ぎない。モバイル性は必須だが、HANAのリアルタイム性は要求されないはずだ。

ところが、リアルタイム性が決定的に要求される日が、年に3日だけある。それが、ドラフト会議が行われる3日間である。

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「SAPスカウティング」がなぜ重要なのか?を理解するためには、NFLのドラフトの仕組みを理解する必要がある。(日本人がお馴染みの、日本のプロ野球のドラフトとの)違いは大きく2点、「指名権のトレード」と「サラリーキャップ」である。

■指名権のトレード

日本のプロ野球のドラフトは、まず12球団がそれぞれ「ドラフト一位」(一巡目)の選手を指名する。他の球団とかぶらなければそのまま交渉権が確定するが、他球団と競合した場合にはくじ引きとなり、くじに勝った球団が交渉権を得る。野茂英雄のように8球団が競合した例もあり、こうなるとほぼくじ運頼みといってもよい。二巡目以降はウエーバー方式(前年度の成績の悪かった順に指名する)、三巡目は逆ウエーバー方式(前年度の成績の良かった順に指名する)、と交互に繰り返す。ひとつのラウンドで指名されるのは各チームにつき1人ずつ、と整然としている(下位になると指名権を放棄し指名しないチームはあるが)。

一方NFLのドラフトは、一巡目から完全ウエーバー方式で、くじ引きは存在しない。32球団を前年度の成績の悪い順に並べ、ビリのチームから始めて、スーパーボウル優勝チームが32番目に指名する。二巡目以降もこれを繰り返すのが基本である。

ドラフトはもともと、戦力均衡化のために取り入れられたシステムだ。有力球団に有力新人が集まってしまうと、ますます戦力が偏ってゲームがつまらなくなり、結局はリーグ全体の人気が衰退する。これを防ぐためのドラフトなのだが、日本プロ野球では一位はくじ運がモノをいい、3巡目と5巡目は逆ウエーバー、と、ほとんど戦力均衡化の役目をはたしていない。一体どういうことなのか...

ところが。NFLのドラフト後の結果を見ると、ひとつのラウンドで4人(!)も指名する球団があったり、逆にそのラウンドでは指名しない球団があったりする。どういうことか?それは、「指名順」そのものが取引材料になっていて、球団どうしでのやりとりがあるためだ。

まず、現役選手のトレードの際に、その見返りとしてドラフト指名権が譲渡されるケース。自チームでは特定のポジションから”余って”しまった選手でも、そのポジションが手薄な他チームにトレードすれば”高く売れる”ことがある。しかしその見返りとしてもらいたい選手が相手に見当たらない場合に、金銭の代りに、翌年の指名権を受け取るのだ(前述のとおり、若手が戦力に占める割合が非常に高いので、上位指名権の価値は大きい)。

また獲得した指名権をさらにトレードする(”転売”する)ケースもある。

またフリーエージェントによる移籍があると、差し引きで失った人数分の指名権を受け取れることになっているので、さらに指名権が発生し、それが流通する。

たとえば下記の図は、2013年4月に行われたNFLドラフト2013の、49ersの指名結果である。2巡目が2人、4巡目も2人、7巡目に至っては3人も指名している。

しかも1巡目指名は「※1 カウボーイズから譲渡」とあり、全体では18番目で指名している。49ersはスーパーボウル準優勝チームなので、本来ならば全32チーム中31番目のはずなのだ。実はカウボーイズと49ersは1巡目の指名権をトレードしたので、カウボーイズが31番目で指名している。49ersdraft2013  
出典:NFLジャパン

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2013年のドラフトで、ヒューストン・テキサンズの6巡目は、
「タイタンズ、バイキングス、カーディナルス、レイダースを経由して譲渡」とある。指名権が4回も転売されているのだ(笑)

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また2013年のドラフトの7巡目では、計48人もの選手が指名され(チーム数は32)、たとえばシーホークスは4人も指名している。

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アメフトはポジションごとの分業がもっとも徹底しているスポーツだ。

したがってドラフト前に各チームは、自チームの中で相対的に弱いポジションがどこかを分析し、それを埋めるために、ドラフト対象の大学生の中から選手をポジションごとにピックアップしていく。

しかしそれだけではない。同時に、他のチームも欲しがりそうな選手かどうか、も分析している。つまり、自チームより指名順が早い他チームに指名されてしまえばどうにもならないのだから、もしどうしてもその選手が欲しいとなれば、指名順を繰り上げるために、他チームに指名順のトレードを持ちかける。

「おい、お前のところは1巡目の指名順が10番目だよな、ウチは18番目なんだが、交換しないか?その代りに、3巡目の指名権をそちらに譲るからさ」といった具合である。

一方で、自チームが狙っている選手を、他チームは指名しそうもない(上記の例でいえば、18番目まで待っても指名できる)と読めば、指名順のトレードに応じても構わないわけである。

このあたりは、下記の記事に詳しい。

■Vol. 57 : NFLドラフトに見る組織作り(前編)
http://st.japantimes.co.jp/writer/writer_sports/writer_sports.htm?v=057

NFLのドラフト会議は3日間かけて行われ、とくに1日目は、1巡目しか(つまり計32名しか)指名しない。1指名ごとに、10分間の猶予が与えられる。1年かけて綿密に準備してきているのに、なぜ10分も?実は、虚虚実実の駆け引きが(もちろん水面下で)行われているのである。

そしてここで登場するのが、スカウティング・ボードだ。

Board05 カウティング・ボードのイメージ。日本語の文字列は筆者追記。(クリックすると拡大)

ポジションが横一列に並び、縦には1巡目、2巡目、3巡目、、、というグリッド。そして自チームが候補に挙げている関連選手が、ボードの上に、ポジション別に配置されている。

この図では、1巡目にいるのは4人。タイトエンドに1人、ハーフバック1人、ストロングセーフティに2人。このチームはこの4人のうちからまず1人を1巡目で指名しよう、と決めたわけである。

しかしドラフト会議の当日、予想外のことがきっと起きる。たとえば、「この選手は他チームはまず興味を示さないだろう」と思っていたのに、取られてしまったりする。

そうなると補強計画に穴が空いてしまう。さあどうするか?同じポジションの別の新人選手を繰り上げ指名するか?それともそこはあきらめて、別のポジションを補強するか?あるいは、他チームに既存選手のトレードを持ちかけるか?持ちかける場合、相手チームが乗ってきそうな交換条件は何か?相手チームが今年のドラフトでの補強に賭けていると読めば、「今ここで手元にある指名権」と「既存選手」の交換を持ちかけたっていいわけである。ただし、この10分の間に。

そして、サラリーキャップには要注意である。既存選手は年棒が高いことも多い。ということはその選手を取ってしまうと、他の選手が取れなくなるかもしれない。キャップまでの残り枠はいくらか?を常に見て、シミュレーションしながら進める必要がある。

これまでは各チームのGM(ゼネラルマネージャー)とスカウトが会議室に集まって、頭の中だけで計算しながら(つまり最後は直観に基づいて)やりとりしていたドラフト会議の3日間。ここに、すべての評価を見える化し、リアルタイムのサラリー計算も加えて、チーム戦略を進めるためのダッシュボードが登場したわけである。

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はたしてこの新しいスカウト手法が有効かどうか?

それは49ersの今年の新人選手たちの活躍を見ないことには証明できない。しかしコリン・キャパニック(2年目ながら、昨シーズン途中から先発クオーターバックに定着、見事スーパーボウル出場を果たした)の発掘にもビッグデータ活用が寄与した、と49ersのCEOジェド・ヨーク氏は語っている。

■49ers Jed York, Gideon Yu on how big data helped recruit Colin Kaepernick(英語)
http://www.bizjournals.com/sanjose/news/2013/06/13/49ers-jed-york-gideon-yu-on-how-big.html?page=all

今シーズンの49ersが今から楽しみである。シーズンは9月8日(日)に開幕する。

※当記事は公開情報をもとに筆者が構成したものであり、49ersのレビューを受けたものではありません。

【参考記事】

■NFLドラフト2013
http://www.tsp21.com/sports/nfl/draft/index.html

■NFLコンバイン2013
http://www.tsp21.com/sports/nfl/draft/combine.html

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