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がん患者のデータを莫大な過去データとリアルタイムに対照、「パーソナライズ医療」への道を拓くベルリン医科大学

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ベルリン医科大学、通称 シャリテ Charite は、ヨーロッパ最大級かつ最高峰の大学病院である。Wikipedia(※1)によれば、1709年の創立から300年の歴史をもち、ドイツのノーベル医学・生理学賞受賞者11人を輩出。ベルリン市内に4つのキャンパスを持ち、ベッド数は3,500床、年間の患者数は外来108万人、入院12.8万人。医療および事務スタッフ10,400人と医学生7,300人が、治療と先端的な医療研究に従事している。

Charite とは Charity つまり慈善活動のことであり、もともとプロイセン国王により貧しい一般大衆に対する医療を提供することを命ぜられたことに由来する。

(単純比較はできないが、)東大病院は1,210床、日本最大の藤田保健衛生大学病院は1,500床とのことで、シャリテの規模の大きさがわかる。

■「HANAオンコライザー」

さて、このシャリテとハッソ・プラットナー・インスティテュート、SAPイノベーションセンターの3者は共同で、「HANAオンコライザー」イニシアティブを実施している。

これは、がん研究のデータベースを超高速インメモリテクノロジー「SAP HANA」に載せることで、ひとりのがん患者のデータと膨大な過去データとの比較対照をリアルタイム(ごく短時間)に行うことを可能とし、患者ひとりひとりに最適な治療法や投薬を見つけ出すことを目指す、というプロジェクトだ。

Charite_mobileapp
Fighting cancer with HANA Oncolyzer (3分38秒、英語)(※2)

オンコロジー Oncology とは腫瘍学、つまり癌研究のことだが、オンコライザー Oncolyzerはそこから作られた造語である。

■ヒトゲノムの変異から、がんの発症パターンを推定する

がんに限らず、あらゆる病気に対する新しい治療法の研究や新薬の治験は、まずその治療や新薬に合った症状の患者を見つけ出すことから始まる。薬が効くかどうかを確かめるためには、まずはその薬が効くと思われる病気の患者がいなくてはならない、というわけだ。

しかし特にがん治療研究の場合、この作業に手間がかかる。がんの発症のパターンがさまざまで、パターンごとに効く治療法や薬も細かく分かれているためだ。「○○がん」と一括りにはできず、どういったパターンのがんなのか?まで把握しなければ有効な治療法かどうかの確認はできない。

一方で副作用もあるため、いかにしてがん細胞だけを攻撃しつつ、健康な細胞への副作用を抑えるか?といった考慮も必要だ。

したがって各患者の病状を細かくデータ化し、過去から蓄積された大量の患者のデータベースと照らし合わせることで、どのパターンなのか?を分析することが重要になってきている。

そして近年では、この分析にさらに「ゲノムの変異の解析」という要素が付け加わりつつある。シャリテのクリスティーヌ・セルシュ博士はいう。

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「より多くの研究者が、がんによる細胞組織の変化だけでなく、ヒトゲノムの変異に関心を持つようになってきています。ゲノムの変異を調べることで、その治療法が有効かどうか、ある程度予測できるからです」(※2)

ある患者のゲノムのどの部分が変異しているかを特定し、データベースとマッチングすれば、その患者の発症パターンを突き止めることができ、従ってどの治療法が有効かもわかる、というわけだ。

ところが、そのマッチング作業が簡単ではない。なぜか?単純に、データ量が膨大だからだ。シャリテのクリスティアン・レゲンブレヒト博士はいう。

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「患者のゲノム解析を行うと、一人当たりテラバイト単位の情報が発生します。もちろんそれ以外に、診療科や放射線科などから来る診療データもあり、また入院時に登録される患者情報などの事務的なデータもあります」

「SAP HANAを使うことで、膨大な量の患者データを分析することが可能になります。がん患者のばあい、そのデータは何年分にもなりますが、HANAテクノロジーを使うことで、わずか数秒の間に分析することができます。以前であれば腫瘍学者が手作業で3~4日がかりで行っていた作業が、2~3秒で終わるようになったのです」

「こうしたデータを分析することができるようになったことで、我々は突然、患者をはるかによく理解することができるようになりました。人間としての患者をではなく、細胞の変異の結果引き起こされる症状を、です。これにより、治療や投薬をはるかに効果的に、また高精度に行うことができます(※2)

ゲノム解析を加えると、患者ひとり当たりのデータポイントは50万に達するという。こうしたケタ違いに大量のデータを扱おうとすると、従来のITであれば処理に何日もかかり、事実上使い物にならなかった。だからこそ、シャリテの研究チームはSAP HANAを使うことにしたのである。

ちなみに治療法や新薬の研究開発とは、患者にとっては延命・回復につらなる医療行為だが、一方でそうした研究開発を行う医療機器メーカーや医薬品メーカーなどのスポンサー企業および大学にとっては、一種の「競争」でもある。

スポンサー企業はコストを負担し、病院は委託を受けて、対象となる患者に対して処置を施し、その結果を集めていく。こうした検証は、症例数をたくさん集めることが必要であるが、一方で治験に適した患者の数は限られているため、

したがって対象となる患者を早く、大量に見つけ出すことができる(症例数を集めることができる)大学病院であれば、それだけ研究開発活動が効率的になり、スポンサー企業が集まりやすくなる。つまりシャリテも、他の大学病院などの研究機関とは「競争」関係にあるのである。

HANAオンコライザーにより、がん患者のデータ(腫瘍のタイプ、性別、年齢、リスク要因、これまで受けてきた治療、診断内容、など)を検索、研究の内容に最も適した患者を)を検索し、治験に適した条件の患者を一瞬にして見つけ出すことができる。これはシャリテにとって大きなアドバンテージにもなっているという。

■データベースに、iPadからリアルタイムにアクセス

またHANAオンコライザー導入と同時に進められたモバイル端末の採用で、そうした過去データの活用のスタイルも本質的に変わった。医師たちがデータを実際の治療や治験に活用できるようになったのである。

再びシャリテのクリスティアン・レゲンブレヒト博士。

「モバイル端末を経由したリアルタイムアクセスにより、医師はいつでも、どこからでも、患者のがんのタイプ、治療法、年齢、性別などのデータに瞬時にアクセスし、診断に使うことができるようになりました。この「過去データへのリアルタイムなアクセス」はただちに好結果をもたらしています」

医療の素人の目から見ると、電子カルテのCharite_mobileapp2採用やそれをモバイル端末からアクセスする、など当然のユースケースのようにすら思えるが、実態はまだまだそうではないのだろう。

しかし私が入院患者だとしたら、私のデータは「今そこにある」(病院内のサーバーのどこかにある)わけで、であればそれを「ちゃんと使って」診断してほしい、と思うのは人情だろう。

先生のことは信頼していたとしても、先生の頭脳が「コンピュータなみ」であるはずがない。であれば、やはりITも使ってほしいものだ。

モバイル端末を採用した巡回、についてはこちらの動画も参照。

■Wow ? SAP at CeBIT ? German Chancellor Merkel visits SAP booth(1分58秒、英語)
http://blog.sap-tv.com/2012/03/wow-sap-at-cebit-german-chancellor-merkel-visits-sap-booth/
(ドイツのTV局 Deutsche Welle が放映。)

■メルケル首相も注目

このHANAオンコライザーは、2012年3月にドイツ・ハノーバーで開催された世界最大級のITエキスポ「CeBIT」に出典され、視察に訪れたドイツのメルケル首相にも紹介された。メルケル首相は自らiPadを操作してその動きを体感したという。

メルケル首相

Making of SAP TV より。(右からメルケル首相、SAPの共同CEOジム・スナーベ、シャリテのレゲンブレヒト博士)

■パーソナライズ医療へ

こうした、詳細な過去データの分析の結果にあわせて、患者ひとりひとりの状況にこまかくフィットした医療を提供する、という動きは「パーソナライズ医療」と呼ばれる。

当然だが、究極の医療とはひとりひとり異なるべきであろう。「○○病だからこの薬」と一括りでよいはずがなく、医師はこれまでも患者の状況や治療歴をできるだけ考慮に入れて、最善と思われる診断を下してきた。しかし人間の脳がどれだけのデータを記憶できるだろう?ここはITの出番である。いわゆるビッグデータ熱ともあいまって、世界中の先端医療研究機関が注目しているホットトピックだ。

ハッソ・プラットナー・インスティチュートとSAPイノベーションセンターは、HANAオンコライザーの成果を広く世界に供給していくと発表している。

「HANAオンコライザーの究極の目的は「パーソナライズ医療」、つまり「患者ひとりひとりに最適な治療法や投薬内容をすばやく、低コストで見つけ出す手法」を確立することです。

インメモリ技術を使って医療データをリアルタイムに分析する」というこの研究のアウトプットは、SAPイノベーションセンターを通じて、世界中のSAP顧客とパートナーに順次利用可能になります。

そうすることで我々の先端的なイノベーションがもたらすメリットをより多くのエンドユーザー、このケースでは先端医療研究者と患者さん、医療事業者に届けられるからです。たとえば、医師は、ある患者にとって最適な治療がなにかを、膨大な過去データと照らし合わせながら仮説検証していくことができます」

Oncolyzer_patient_screen
HANAオンコライザーの画面イメージ(クリックで拡大):出典 Features of the Hana Oncolyzer iPad Application

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ひとりひとりの患者にパーソナライズされた、最善な治療と投薬の組み合わせを。シャリテとSAPのトライはつづく。

 

※本稿は公開情報をもとに筆者が構成したものであり、シャリテのレビューを受けたものではありません。

 

【参考情報】

■Charite(Wikipedia、英語)(※1)
http://en.wikipedia.org/wiki/Charit%C3%A9

■ベルリン医科大学について
http://www.als.gr.jp/staff/repo/repo8/repo8_04.html

■Fighting cancer with HANA Oncolyzer(3分38秒、英語)(※2)
http://www.sap-tv.com/video/#/7678
シャリテにおけるHANA活用、「HANA Oncoloyzer」についてのビデオ。

■Wow ? SAP at CeBIT ? German Chancellor Merkel visits SAP booth(1分58秒、英語)
http://blog.sap-tv.com/2012/03/wow-sap-at-cebit-german-chancellor-merkel-visits-sap-booth/
ドイツのTV局 Deutsche Welle が放映。

■SAP HANA in Action in the Healthcare Industry(1分29秒、英語)
http://www.youtube.com/watch?v=w7aKLWvsTvg
シャリテのがん研究者クリスティアン・レゲンブレト博士へのインタビュー。

■HANA Oncolyzer(記事、英文)
http://epic.hpi.uni-potsdam.de/Home/HanaOncolyzer
ハッソ・プラットナー・インスティテュートのサイト 。HANAオンコライザーについて。

http://epic.hpi.uni-potsdam.de/Home/HanaOncolyzerFeatures
HANAオンコライザーの機能について。iPadの画面ショットつき。

■HANA ONCOLYZER – A MOBILE APPLICATION FOR PERSONALISED CANCER THERAPY(記事、英文)
http://www.biotop.de/interview/index+M5e6e0ab0628.html
BioTOP誌によるインタビュー記事。

■Charite using mobile + HANA (3分41秒、英語)
http://www.youtube.com/watch?v=yTGFvPkULM8
シャリテでのHANA活用に関するインタビュー(ロングバージョン)。

■SAP HANA helps Charite run better (1分59秒、英語)
http://www.youtube.com/watch?v=rtt8B-B7nnU
シャリテでのHANA活用に関するインタビュー(ショートバージョン)。

■HANA Oncolyzer @SAPPIRE NOW 2012 Orlando(1分30秒、英語)
http://vimeo.com/43179626
シャリテでのHANA活用に関して、SAPの3人のエグゼクティブのコメントを集めたビデオ。

 ※チャリテというカタカナ表記も存在するが、本稿ではドイツ語の発音に近い「シャリテ」を採用した。

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