インメモリという「ケタ違い技術」とそのさまざまな事例から、ゲームチェンジャーたちに共通するキーワードを探っていきます。

ストレートA(全優)を目指せ ~学生の勉学態度を分析して指導するケンタッキー大学

»

「ケンタッキー」と聞いて何を思い浮かべるだろうか?日本人の大半は、そして筆者自身も含めて、「フライドチキン」であろう(笑)

それ以外では、熱心な競馬ファンの方であれば、アメリカ最高峰のクラシックレース「ケンタッキーダービー」かもしれない。

そして、もし熱心なバスケットボールファンの方であれば?2012年度の大学バスケットボールで8度目の優勝を飾った、ケンタッキー大学バスケットボール部「Kentucky Wildcats」かもしれない。

Uksite 
ケンタッキー大学ワイルドキャッツのホームページ

Wikipediaによると、ワイルドキャッツは、アメリカの大学男子バスケットボールにおいて、通算勝利数 1位 (2,090勝)、通算勝率 1位 (7割6分3厘)、全米大学選手権出場回数 1位 (52回)、同選手権における勝利数 1位 (111勝)、そして優勝回数 8回はUCLAに次ぐ第2位。バスケットボールにおける超名門校なのである。

そんなケンタッキー大学が最近、SAP HANAを導入した。その目的は「学生を無事に卒業させること」だという。大学がなぜHANAを?

以下、ケンタッキー大学のCIO、ヴィンス・ケレン氏のプレゼンテーションおよびインタビューをもとに構成した。

Ukvk 
ケンタッキー大学のCIO、ヴィンス・ケレン氏

■ビッグデータではなく、ファストデータ

高校でも成績優秀だった一部の学生は、大学でもまったく問題なくやっていけますから心配いりません。しかしそれ以外の学生たちも、われわれは教育していかなくてはならないのです。

本学の現在の「6年以内卒業率」(*1)は約60%です。われわれの現在の目標は、向こう数年のうちに、これを70%に改善することです。

*1 卒業までの年数に日本ほどこだわらないアメリカでは、4年ではなく「6年以内の卒業率」が一般的な指標のひとつとして使われている。

学生の卒業率に関係する要素は、簡単にいうと2つです。ひとつは、学生自身の資質。高校時代の成績、入学試験のスコア、勤勉さ、持久力などです。

ちなみに「高校3年間のGPA(高校の成績の平均点)」は、「大学入学試験のスコア」と比較すると、予測指標として約2倍優れていることがわかっています。

そしてもうひとつは、大学側の関与(の巧拙)です。教員、学生カウンセラー、事務スタッフが学生ひとりひとりの進捗を観察し、必要があれば関与しサポートすれば、ドロップアウト率は下がります。とくに新入生の最初の数週間は重要です。

もちろん、そのためにかけられるコストは限られていますから、もっとも費用対効果の高い手段を選び、効率的にやらなければなりません。

しかし一方で、われわれは27,000人の学生を、数千人のクラスターに属する1人として見るのではなく、27,000あるクラスターのひとつに属するたった1人として見たいと考えています。あくまで一人一人の個性や特性を尊重するということです。

たとえば、ハンガリー出身の左利きのピンポン選手が10人(笑)いたとしても、彼らの状況をそれぞれ分析して、10人それぞれに適切なガイダンスを与えたい。

そのカギとなるのが、データポイントをリアルタイムに分析する能力なのです。ビッグデータではなくファストデータが重要であり、そのためのHANAなのだ、ということは強調しておきたいと思います。

■「過度の自由」を抑える

ドロップアウトは「過度の自由度」と関係があります。学生たちは高校まできちんと勉強したからこそ大学に入学できているわけですが、高校までは学校側にきっちりと管理され、勉強をある意味「強制」されて来ています。また親もうるさく監視しています。

ところが大学に入ると、高校までとはレベルの違う「自由度」が与えられることに加えて、親元からも離れることが多い。つまり学生たちは突然「自由の海」に放りだされるわけです。結果、自由と自律の使い分けを身につける前に自由の海におぼれてしまい、ドロップアウトしていく学生が多いのです。

大学は教育機関ですから、われわれは学生ひとりひとりにできるだけの注意を払い、授業について行けていない兆候の見える学生に対してはできるだけ早めに適切なケアを行って、軌道修正する手助けをしたいと考えています。

そうした兆候を発見したら、学生カウンセラーや教員に連絡しますが、同時に学生自身にも知らせます。「あなたは最近こういう兆候が見受けられますが、大丈夫ですか?追ってカウンセラーから連絡が入りますから」というわけです。

実のところ、このシステムについて発表したところ、学生の親たちから、「学生本人だけでなく、親にも知らせてもらえるんですよね?」というリクエストが殺到しました(笑)。学費は親が払っているのだから、子供の勉学状況について知る権利がある、というわけです。

親への情報開示については、いちおう学生本人の承諾を必要とする、ということになっていますが、高校までの教育の延長線上に大学があることを考えれば、親がある程度関与を続けるというのは当然のことだと思います。実際には激しく抵抗する学生もいますけどね(笑)

■ドロップアウトを防ぎ、”お客さん”を維持する意義

学生が卒業できずにドロップアウトすることは、大学経営の視点からすると、あらゆる意味で大きな損失です。まず学生は授業料を払う”お客さん”ですから、ドロップアウトとは、一般企業であれば顧客および売上を失うことと同じです。

ちなみにドロップアウト率が1%改善すると、大学にとってはおよそ100万ドル(約8000万円)の収支の改善になります。そしてこの1%とは、学生40人に相当します。40人を維持できれば1%改善でき、それを10回繰り返せれば目標達成です。

しかし単なる授業料収入だけの話ではありません。ケンタッキー大学は州立で、州の税金を使って運営されていますから、卒業前にドロップアウトされてしまえば、その学生に費やした州税はある意味まるまるムダになるわけです。また州は大学への支援を少しずつ減らしていますから、その分、大学が自前の収入を確保することも重要なのです。

しかし最も重要なのは、もちろん、大学の社会的意義です。若者たちをきちんと教育し、社会に出て確実なキャリアを歩めるようにすることは大学のもっとも重要な役割です。

■IT化された学生、IT化された大学

今の大学生は、高度に「ネットワーク化」された人種です。95%が自分のノートPCを持っており、50%はネットワークデバイスを3つ以上持っています。たとえばノートPCとタブレットと携帯電話とか、ノートPCとスマートフォンとデスクトップPCとか。

いっぽう大学もまた、高度にIT化されつつあります。科目登録から課題のダウンロード、その回答のアップロード、またオンラインのコミュニケーションツールなど。多数のデータポイントがありますから、それらを収集し観察していけば、ドロップアウトする学生に共通する初期的な兆候が見えてきます。

さらに、学生にはさまざまなイベントに参加するだけでポイントを与える、参加意欲を促す仕組みもすでに導入しています。そうしたイベントに積極的に参加する他者との交流が多い学生はドロップアウト率が低いからです。

この「学生リテンションシステム」には、大きく4つのコンポーネントがあります。

(1) ワークフローは、アクションを自動化します。「こういう兆候を発見したら、こういうアクションを取れ」という部分です。

(2) BusinessObjectsのようなBI(ビジネス・インテリジェンス)ツール、とくにそのビジュアル化の力も重要です。カウンセラーや学生本人に対して、今どんな状況にあるのかを一目で理解させることができるからです。

現在のフェーズ1では、まず学生たちのケアをするカウンセラーに情報を提供していますが、正確かつリアルタイムな情報がカウンセラーの手元にあるのは説得力を持たせるうえで絶大な効果があります。

(3) そしてモバイルアクセス。とにかく大学スタッフも学生もどんどんモバイル化していますからね。フェーズ2では学生自身にも自分の状況が見られるようにします。

(4) そしてこれらのベースにあるのが、インメモリデータベースSAP HANAです。このシステムを使って改善できることはまだまだあると感じています。

われわれはこの「学生リテンションスキーム」を自校だけに留めるつもりはありません。すでにいくつかの大学とは協議を始めています。われわれのテンプレートを「業界標準テンプレート」に発展させて、他の大学でもHANAを使えるようにしたいと思っています。

-----

■包括的なデータポイント

たしかに、最近のアメリカの大学のIT化はそうとう進んでいる。以下、データ化できそうな「データポイント」をざっと列記してみた。

◆①入学時点でのスコア
出身高校
高校での成績GPA(4.0を満点として成績を数字で表したもの)
  -総合平均
  -1年、2年、3年それぞれの成績 ⇒推移
  -科目ごとの成績 ⇒得意不得意
課外活動の状況(例:部活動、ボランティア活動、地域コミュニティ活動、)とそのスコア
SAT(全米共通テスト)の成績
小論文(Essay)など入学試験のスコア
合格順位
奨学金の付与の有無

◆②各科目で (x1学期あたり4~6科目)
科目に登録する
シラバス(授業計画)をダウンロードする
授業に出席するx10回
授業ごとの小テストあるいは宿題x10回
授業ごとにダウンロードすべき資料
中間テスト(またはレポート)
期末テスト(またはレポート)
教授からの所感点(定性的評価)
科目成績

◆③大学施設の利用
図書館訪問頻度・滞在時間(大学生は図書館を主な勉強部屋にしていることが多く、図書館も深夜まで開けていることが多い)
図書貸し出し履歴(および返却履歴)
スポーツジム(=定期的に運動している)
駐車場(=クルマでの登下校状況)

◆④(大学と関連のある)課外活動への参加
新入生オリエンテーション
スポーツクラブ
さまざまなコミュニティ活動
フィールトトリップ(旅行)

たしかに、かなり包括的なデータポイントだ。

筆者もアメリカの大学・大学院に通った経験があるが、基本的にアメリカの大学生活は地道な勉強の繰り返しだ。授業に欠かさず通い、課題をきちんとこなせばほぼ確実にAが取れる一方、欠席回数が少し増えればたちまち落第となる。日本の一部の大学と違って、バイトとサークルにだけ精を出していても卒業できる、ということは絶対にない。

したがって優等生とは地道な毎日を繰り返せる学生のことであり、ということはこれだけのデータポイントがあれば、なんらかの兆候を検知することもできそうだ。

ちなみにケンタッキー大学は、上述のとおりバスケットボールでは全米に鳴り響く名門校だが、大学としてのランキングでは、たとえば下記 US News のランキングでは124位(およそ280校中)と、決して高いほうではない。
http://colleges.usnews.rankingsandreviews.com/best-colleges/rankings/national-universities/data/spp%2B50/page+3

しかも「1年生の維持率」は80%、「6年以内卒業率」は58%。つまり入学して1年以内に5人に1人がドロップアウトしており、6年以内に卒業した人は5人に3人弱しかいないということだ。

一方ランキング1位のハーバード大学では「1年生の維持率」「6年以内卒業率」はともに97%となっており、ドロップアウトはごく例外的であることがわかる。トップ20位くらいまでの上位校も、いずれも90%台だ。http://colleges.usnews.rankingsandreviews.com/best-colleges/rankings/national-universities/data/spp%2B50

さらにこのシステムを自校のみならず、他の大学と共用してユーザー数を増やし、コスト負担を分散させつつ業界のデファクト化を目指しているのもしたたかだ。

必ずしも「できる学生」が集まるわけではない中位校の、必死の経営努力が感じられる事例である。

■ビジネスへの示唆は?

ここまで読み進めて、読者のみなさんはどのように感じられただろうか。大学の話なんか参考にならない?そうかもしれない。しかし「お金を払ってくれる顧客のリテンション率を上げるための施策」と考えれば、その応用範囲はかなり広いのではないだろうか。

すぐに思いつくのは同じく「学校系」、たとえばスポーツジムや英会話学校だ。

たしかに、学生に対する大学のように、”お客さん”のあらゆるデータポイントを包括的に収集できる企業・組織は多くないかもしれない。上記のような包括的な行動履歴を押えることができるのは大学ならではだ。

しかしとにかくデータポイントを増やす努力を行い、それをリアルタイムに分析して、ビジネスに生かす努力をする、という活動であれば、どのビジネスにでも応用は可能なのではないだろうか。

 

※当記事は公開情報に基づき筆者が構成したものであり、ケンタッキー大学のレビューを受けたものではありません。

参考リンク:

■ケンタッキー大学のCIO、ヴィンス・ケレン氏のプレゼン
http://www1.sap.com/asset/index.epx?id=dbd2bf50-4bf1-44d2-8674-30be36b7978b
(9分30秒~20分10秒にかけて)

■同氏へのインタビュー
http://www.sapvirtualevents.com/sapphirenow/sessiondetails.aspx?sId=2464
(他の参加者との共同インタビュー)

Comment(4)

コメント

sapmurata

筆者追記です。週末の報道によれば、ケンタッキー大学の2012年優勝メンバーの中から「6人がNBAで2順目までにドラフトされ」、かつ「うち2人は1位・2位だった」、とのこと。どちらも史上初の快挙なんだそうです。

oowaki

村田さん、本レポートはとても興味深く、示唆に富んでいますね。早速2年生の息子に知らせます。私の同期には大学の先生も多く、中には経営側に回った友達もいて、国際競争力の向上に日々苦心していると言っていました。情報系の学科なので、まさにこういう取組みも考えてみてはと思いました。

sapmurata

大脇さん、コメントありがとうございます。日本でもぜひこうした取り組みが広がってほしいですね。私が一番感心したのは、

> われわれはこの「学生リテンションスキーム」を自校だけに留めるつもりはありません。すでにいくつかの大学とは協議を始めています。われわれのテンプレートを「業界標準テンプレート」に発展させて、他の大学でもHANAを使えるようにしたいと思っています。

というところですね。最初から「業界標準テンプレート」思考なんですね。

oowaki

村田さん、そうですね、単独でなく業界標準というプラットフォームを構築していこうという発想、指向が特に欧米には顕著なので、いつも優位に立たれてしまうように思います。

コメントを投稿する