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商社マンの営業として33年間(うち海外生活21年間)、国内外で様々な体験をした。更に、アイデアマラソンのノートには、思いつきを書き続けて27年間、読者の参考になるエピソードや体験がたくさんある。今まで3年半、ITmediaのビジネスコラム「樋口健夫の笑うアイデア動かす発想」で毎週コラムを書き続けてきたが、私の体験や発想をさらに広く提供することが読者の参考になるはずと思い、ブログを開設することにした。一読されれば「読むワクチン」として、効果があるだろう。

入ったまま着陸

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飛行機珍体験集 その6
   入ったまま着陸


 成田からバンコクまでのタイ航空の機内だった。
 ビジネスクラスで、私は窓側の席、隣は若い日本人のビジネスマンが座った。エアバスだったと思うが、ビジネスクラスでも、後ろの方で、トイレが近く、ほぼ横にあった。

 私は機内では、ほぼ同じパターンで、搭乗して着席すると、シートベルトを締めて、ノートを取り出して、膝の上で発想を書き始める。つまりアイデアマラソンを開始するのだ。電子機器は使用できないし、テーブルは使えないが気にならない。ノートは自由だ。

 飛行機がクンと揺れて、ターミナルのゲートから離れて、滑走路にゆっくりと動き始める時、すごく良い感じになって、私は軽い眠気に包まれる。

 滑走路の端に近づくと、
「当機はまもなく離陸します...」とアナウンスが聞こえながらも、私は寝ている。エンジン音がぐんぐん大きくなるのも、機体がグイと引っ張られて動き始めるのも、素晴らしい夢の気分で寝ている。

 頭は前傾させている。後ろに反らせて寝ると、首に強烈な筋違いを起こす可能性があるので怖い。全速力で滑走を始め、ふわりと浮くところが、私にはなんとも最高の夢見気分なのだ。

 ぐんぐん上昇していく、車輪が収納されるのも、夢の中で聞いている。機体がビリビリと揺れるのも、心地よい。私の飛行機旅行の一番好きな時間が、この離陸の居眠りだ。
 一定の高度に達すると、「ビン」と音がして、ベルト着用のサインが消える。その瞬間、私は目を覚まして、シートベルトを外し、席をたって、トイレに行くことにしている。

 すっきりとして、席に戻り、テーブルを出し、背もたれを少し後ろに動かして、ノートの発想を全集中して書き始める。定刻に成田を飛び立って、バンコクまで6時間45分の飛行だ。

 飲物が配られるが、私は機内ではめったにアルコールは取らない。機内ではアルコールの影響が強いのと、機内は私の最高の仕事の集中の場だから、アルコールを取り過ぎると、時間を浪費してしまうのが惜しい。
「何をお飲みになりますか」
「私はアップルジュース」
隣の若いビジネスマンは、「ビールとワインのボトル、そしてウイスキーのミニボトル」
 彼はさっそく飲み始めた。

 一眠りした後も、私のノートの発想の数がどんどん増えていく。
 発想の数は、一日分を終えて、私はノートを鞄に入れた。残り約5時間半ほどの時間は、パソコンでエッセイを書きながら、機内の映画を見ることにする。

  隣のビジネスマンは、ワインもウィスキーのミニボトルも飲み終わって、呼び出しのボタンを押して、もう一本、ウィスキーを頼んだ。彼は、更にピッチを早く飲んでいる。
(たくさん飲む人だなあ)

 隣は、食事が始まった時にも、追加のウィスキーのミニボトルを頼んでいる。
「酒はお強いですね」
「はあ、まあまあです」と言いながら、話もしないで、ただ、着実に飲んでいる。

 食事が終わって、映画が始まり、私は映画半分、パソコン半分で、楽しんでいた。隣の男性は映画を見ているわけでもない。ふっと、立ち上がって、彼は新しいウィスキーのミニボトルを手に入れていた。ビジネスクラスの私たちの席の斜め前に、飲物を載せたワゴンがそのまま置いてあった。
 要は自分で好きなように、いくらでも取れるようになっているのだ。
(これは相当な酒豪だな)と感心した。私は映画に気を取られていたが、隣は更に何本かミニボトルを7、8本は飲み終わっていただろう。そして、突然、彼は寝てしまった。まだ、バンコクまで3時間以上残っていた。
(まあ、あれだけ飲めば、後は寝るだけだろうなあ)

 私はパソコンでエッセイを書きながら、映画も見ていた。タイ航空機は、ベトナムの海岸を上陸し、カンボジアを横切って、バンコクの空港に近付いていった。

 着陸のシートベルトサインが点灯して、乗務員がチェックした時も、隣の男性は寝ていた。乗務員が彼のシートベルトを調べに来た時も、ぐっすりと寝ていた。

 いよいよ、着陸。
 機長から、客室乗務員に着席の指示が出た後、突然、隣の男性が目を覚ました。そして、シートベルトを外すと、さっと立ち上がり、トイレに飛び込んだ。
乗務員は後ろの方で、自分の着席の準備をしていたのか、隣の男性がトイレに入ったことを知らなかった。
 小便にしては長く、男性がトイレから出て来ない。飛行機はどんどん、滑走路に近付いている。まどから地上がはっきりと見えてきた。

(こりゃ、いかん)と、私は身を右側に乗り出して、後ろのギャレーの前の席にいる乗務員の女性に、指で、「ここの男性が、トイレに行っている」と教えた。

 たちまち、三人の女性乗務員が、トイレに飛んできて、トイレの扉を叩いたが、中から応答が無かった。もう飛行機は着陸寸前となっていた。

 もう一人の乗務員が、他の二人の乗務員に席に戻るように指示を出した。客室乗務員ですら、着陸の時は絶対に座って、シートベルトを締めることが義務付けられている。トイレはそのままにして、乗務員たちは自分の席に戻り、シートベルトを付けた。

 その直後、飛行機はどどどどと、バンコク空港の滑走路に無事降り立った。しばらく滑走路、そして脇道に入った途端に、乗務員たちがトイレに飛んできた。

 どんどん叩いても、男性は反応が無い。乗務員が、強制的に、外からトイレを開けたら、男性は、トイレをしている姿のままで、便器に座って伏せて寝ていた。

 私は見たくもないものを見てしまった。
 彼はただちに引き出され、満員のエコノミーの客が注視している前で、身づくろいをしながら、席に戻ってきた。着陸の時は、後ろのカーテンは開けられているのだ。

 トイレの作業を済ましていたかどうかは、詮索しなかった。ただ、私の隣であったことから、私の同僚と思われたようで、悲しかった。

教訓 機内ではあまり飲まない方がよい。まず気圧の加減で、非常に酔いがまわりやすい。また、泥酔はもってのほかで、非常に危険だ。
 

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