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爆発事故の責任は誰が負うべきか

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渋谷のシエスパで起きたメタンガスの爆発事故について
色々とわかってきたようです。

先日のエントリはこちら。
【爆発事故】現場監督歴40年の人の意見
そして今日のエントリはまとまっていない上に長いです。

報道によると地下室にメタンガスが充満した原因は
換気扇の不具合とのことです。
メタンガスの比重は空気よりも軽いですので、大気中に放てば拡散します。
炭鉱やトンネル工事では、空気を循環させてやらないと拡散しませんので、
以下のような事故が発生します。
(こちらの3点はは失敗知識データベースより引用させていただきました。)

農業用導水路トンネル工事中のメタンガス爆発災害

1978年06月28日
山形県
メタンガスの測定については、専任の測定担当者が携帯式測定器で常時測定しており、切羽とその後方300mの地点の2ヶ所には警報器付き定置式検知器を備え、一定以上の濃度になると警報を発し、トンネル電源を遮断するようになっていた。
当日の午前8時頃、切羽後方300m地点の濃度1%で警報がなるようセットされた検知器が警報を発したが、坑内電源が遮断されなかったために検知器の故障と判断してこの検知器の設定基準濃度を4.5%にセットし直した。
午後5時10分頃爆発した。

換気装置の誤操作による炭鉱でのガス爆発で111名が死亡

2002年6月20日
中国
午前作業員139人が坑内に入って作業していた際、充分な換気が行われておらず、坑内に充満していたガスに何かの火が点火し、ガス爆発が起こった。

泥土圧シールドトンネルのメタンガス爆発災害

1993年02月01日
東京都
爆発発生当日の夕方から、メタンガス検知器の記録が初めて動いていたが、何の対応も取られていなかった。爆発発生当日、坑外事務所のメタンガス警報器は警報を発していたが、職員は不在だった。可燃性ガスを測定する者を指名し、その者に、毎日作業を開始する前に、可燃性ガスが発生し、または滞留するおそれのある場所について、可燃性ガスの濃度を測定させていなかった。自動警報装置が坑内になかった。

これらはどれもメタンガスの換気不良による爆発です。
失敗知識データベースに掲載されている失敗事例は
原子力の事故や船の沈没なども含めてたかだか1000件あまりです。
その中にメタンガスの換気不良の事故が3件も含まれているということは
それだけ発生しやすい、珍しくない事故であると言えます。
この3件以外にも、換気不良が原因で発生する事故はいくつか登録されていました。

温泉はお湯を沸かしてお風呂のサービスを提供するのとは違います。
自然を相手にしなくてはなりませんので安全管理の難易度はすごく高いと思います。
事故を起こしたシエスパの社長は、バリでのスパ体験に感動して起業をされたそうです。
そこからどれくらい温泉の安全に関して勉強をし、安全管理のための知識があったのか、
温泉を掘ることと天然ガスの噴出との関係、
そして天然ガスの噴出と換気不良に伴う爆発事故の関係まで
想定の範囲内だったかどうかは怪しいと言わざるを得ません。

ハインリッヒの法則によれば、1つの重大事故の背後には29の軽微な事故があり、
その背景には300の異常が存在するとされます。
上で挙げたトンネルなどの事故は温泉業界とはやや遠い話ですので
それが警告にならなかったのは仕方がないかもしれません。
しかし、東京都北区で2005年に温泉採掘現場での火災が発生しています。
 温泉掘削現場におけるガス噴出・火災発生事故について
シエスパの開業は2006年ですので「知らなかった」では済まされないでしょう。

 採掘工事で事故が起きたらしいが、うちは採掘が完了しているしきっと大丈夫だろう

このような思い込みが大きな事故につながったのではないかと思います。
車を運転するときは「子供が飛び出してくるかもしれない」という気持ちを持てと言われます。
そのような想像力は安全管理に不可欠なものであると思います。

さて、今回の事故にはいくつかの企業・組織が絡んでいます。

  • 法律を整備していない日本国政府
  • 採掘許可を出した東京都
  • 実際に掘削をした鉱研工業
  • 建物の設計と施工をした大成建設
  • 建物の建築確認をしたはずの東京都
  • 温泉の設備を担当した日立ビルシステム&サングー
  • 運営主体であるユニマットビューティーアンドスパ

私の考えでは、政府と都はそこまで悪いと思えません。
もっと早く、もっと的確な規制が存在していれば、という思いはありますが
そこまで求めるというのは無理があると思います。

実際に掘削をした鉱研工業は、掘る仕事をきっちり終えました。
事故があったということも聞いていませんので立派な仕事をされたのだと思います。

建物の設計と施工をした大成建設については、掘削を担当した訳ではありませんので
どれくらいの湯量が湧出し、それに伴いどれくらいのガスが出るのかという部分が
わかっていなかったのではないかと予測されます。
ですので建物の設計について疑問を持つ事は難しかったと思います。
憶測になりますが大成建設以外に
「このような危ない設計の建物はうちでは面倒見切れません」
と降りていた建設会社が存在したかもしれません。

建物の建築確認を行ったのは東京都です。
温泉の掘削許可を出した部分に関してはそこまで責任が強いと思いませんが、
建築確認の部分については、パソコンで構造計算するだけじゃなくて
もう一歩踏み込んで危険性の指摘というものができないかな?と思います。
( # 建築確認では行政がそこまで介入してはいけないようです。 )

日立ビルシステムとサングーについては、
普通の銭湯のボイラーやパイプの面倒を見るのとかわらない契約だったそうなので
責任を求めるのには無理があると思います。
温泉設備に関しては、「前日の点検は異常なし」だったそうです。
しかし点検項目に換気扇の点検が含まれていませんでした。

今回の事故では換気扇が原因と考えられているようですが、
この部分に注意を払うべきは誰だったのでしょうか?

建物の設計としては、メタンの比重が空気より軽いところに着目して
煙突のような構造物を設ければ、換気扇が止まっても多少は換気ができるように思います。

また、設備の面から見ればガス検知装置の設置や
換気扇の多重化などが考えられます。

このような装置に気を配るのは、ユニマットビューティアンドスパでは
難しいと思います。そうすると建設会社や設備会社が
提案していく形になるかと思います。

例えば建設会社の営業さんが安く仕事を取ってきていたとしましょう。
設計や施工の担当者がガス爆発の危険性を指摘した時点で
既に大枠で金額が妥結されていたとしたら、
建設会社側の持ち出しになってしまうために指摘が難しいということはないでしょうか?

また、設備の面からしても「点検1式でいくら」という契約であったとしたら、
換気扇の点検作業が増えて利幅が減るために指摘が難しいということはないでしょうか?

このような事情により、ユニマットビューティアンドスパが
危険性を認識できていなかったとしたら、誰がそのことを教えるべきだったのでしょうか。
温泉掘削を事業としている掘削業者が温泉の総合コンサルティングサービスを
実施していたら、うまくまとまったかもしれません。
しかしその費用が高ければ「必要な業者にはうちが直接声をかけるから
あなたの会社は穴だけ掘ってね」というようになってしまうかもしれません。
特にユニマットビューティアンドスパのように既にいくつかの温泉を所有していた場合は
その傾向が強まると思われます。

このように役割分担をしている企業同士がうまく協力できないと
良くない結果になってしまいます。
この事件の裁判でユニマットビューティアンドスパが
全面的に責任を負わされたとしたら、今後の温泉業界は
発注元主導で安全管理が進められることになるでしょう。
掘削業者や建設業者や点検業者が責任を負わされる事があれば、
誰も掘削をしない、誰も建設しない、誰も点検しない、
またはリスクに見合った高い金額を取るようになるでしょうから、
温泉業界の脅威となると思います。

そうならないためには、法律で点検項目を制定するか、
温泉設備運営の免許化が効果を挙げるでしょう。
免許取得のためのコンサルティングサービスや、
法定点検だけに特化した点検業者が現れるはずです。
そうすればこのような事件は確実に減らす事ができると思います。

最後に、この問題構造は情報システムのセキュリティ問題に似ています。

A社には既に構築されているDBがあります。DBはC社が作りました。
そのデータの一部をネットで閲覧できるようにする案件があります。

SI業のB社は、A社の公開仕様書に対して入札をしました。
そして公開仕様書に基づいて開発を実施しました。

そして、SQLインジェクションによりDBの管理者権限が奪取されました。
DBには公開対象外の情報が入っていたため、すべて漏えいしました。

A社「セキュリティには意識を払ったが、限界がある。B社とC社が悪い」

B社「弊社には責任がない。A社の言うとおりにした。C社のDBセキュリティも甘い」

C社「弊社には責任がない。公開するとは聞いていなかった」

このような問題が起きた場合、どこの企業が悪いのでしょうか?

A社はセキュリティに対する認識が甘いです。
B社は仕様書の通りに開発をしたとは言え、A社に対して警告をすべきだったでしょう。
C社が事件に巻き込まれた被害者のようでもありますが、C社の努力次第では
事件の被害も少なくなったかもしれません。そこは技術者魂を見せて欲しいところです。
なお、この事件を未然に防ぐためにはA社がセキュリティに関するコンサルティングを受ける必要があるでしょう。

実際のところは、B社が構築したシステムに少しでもセキュリティ対策のような部分があれば
この事件は「不正アクセス行為の禁止等に関する法律」を犯した見知らぬ加害者が起こした
刑事事件になりますので、A社は被害者面でしらばっくれることができます。
たとえDBの代わりにテキストファイルを使っており、Webサーバ上で丸見えだったとしても
「ディレクトリトラバーサル攻撃を受け、弊社システムから情報が盗まれました」
とでも言っておけば普通の人くらいならだませます。ノーガード戦法と言われます。
私が知る限り、セキュリティが甘かったために情報を漏洩させてしまった企業の
経営者が刑事罰を科された事件はありません。給料の返上とか降格は見ますが。

話が横道にそれました。
今回の爆発事件はシステム業界と違いますので、換気扇不良による
メタンガス爆発説のまま行けば業務上過失致死傷罪で起訴となるでしょう。
ユニマット・ホールディングの高橋洋二社長が株主代表訴訟をすることもないと思いますので、
民事面でユニマットビューティアンドスパの社長が個人的に訴えられる事は無さそうです。

経営者個人には「下手したら刑務所行き」という不安が安全管理のモチベーションとなり、
企業にとっては「下手したら巨額の損害賠償」という不安が安全管理のモチベーションとなります。
本来はもっと高い視点から安全管理を見据えたいところですが、
利益が出なければ会社はつぶれてしまいますので、利益追求と安全管理とで
バランスを取っていくことを考えなくてはなりません。
1つの解決策としては、給料分よりも個人の信条に正直に働いてくれる社員の
技術者魂に依存してしまうという手があると思います。
しかしそんな不確定性の強いものに頼るのは良くないことです。
できる限り早くそれに代わるシステムを完成させなくてはなりません。
システムエンジニアである自分としてはそれを解決するのにITが貢献できれば
素晴らしいと思いますが、どうすればいいのやらてんでわかりません。

 

裁判でユニマットビューティアンドスパに対して巨額の損害賠償が命ぜられた場合、
温泉業界にもセキュリティコンサルタントのような存在が登場してくるのでしょうか。

もしそうなったらお湯の熱を利用したスターリングエンジン動力のポンプで
地下水を汲み上げるところを眺められる温泉を作っていただきたいところです。
自然のエネルギーでリズミカルに動き続けるポンプを見ながら温泉に浸かっていたら
良いアイデアが浮かんでくるかもしれません。 

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