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出版業界の現状と未来図:新書『出版大崩壊 電子書籍の罠』感想

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私が以前ロサンゼルスで出版プロデュースの仕事をしていたときに、光文社のペーパーバックスシリーズで数冊を本を出版していただきました。そのときのペーパーバックスの編集長で、現在は独立してジャーナリストとして活動されている山田順さんが『出版大崩壊-電子書籍の罠』という新書を出版されました。出版業界の現状と電子出版への取り組みについて、現場での経験や豊富なデータを駆使しながらレポートされています。すでに電子出版について書かれた本は多数出ていますが、大手出版社の第一線で活躍され、自らも電子出版にチャレンジしてきた立場からの詳細な分析は、出版業界の状況をよりリアルに伝えていて、一読に値すると思います。

山田さんは、出版業界が不況を克服するためにやっていることとして、「いい本をつくること」「出版派生ビジネス」「出版点数の増加」「デジタル化への対応」をあげ、これらは不況克服への「解」となっていないと言います。特にデジタル化は諸刃の剣で、電子出版化が進むと、これまでの出版流通(再販制度)の崩壊が進み、出版社は価格決定権を失い、著者による出版社の中抜きも増え、これまでの出版のビジネスモデルは成り立たなくなるだろうと。

電子出版の方向性としては、紙の本をそのまま電子書籍化、リッチコンテンツ化、セルフパブリッシング(自費出版)の三つをあげています。紙の本の電子書籍化では、現状ではほとんどビジネスにならず、日本では出版社や印刷会社、IT会社各社の思惑が入り乱れ、フォーマットの統一が進まず、なかなか市場が立ち上がらないだろうとのこと。動画などを入れるリッチコンテンツ化は、出版社はノウハウを持たず、お金もかかるのでなかなか進まないだろうし、セルフパブリッシングは、質の低い作品が氾濫して良質の作品が埋もれてしまい、混乱をきたすだけだろうと言います。

個人的に興味深かったのは、著作権関連の「フェアユース」と「オプトアウト」の話。アメリカでは「著作物を公正に利用した際には著作権の侵害にならない」というフェアユースと、「拒否しない限り同意したとみなす」というオプトアウトが浸透しています。例えば、YouTubeは著作権者から削除の依頼がない限り載せておくということで、オプトアウトですね。山田さんは、日本で電子書籍市場が立ち上がるには、フェアユースとオプトアウトを整備する必要があると言います。

このように山田さんは出版業界の現状を全体としてネガティブにとらえていますが、私は、現状は過渡期であり、確かにこれまでの出版のビジネスモデルは成り立たなくなるだろうけど、逆にそこにいろいろなチャンスが生まれてくるのではないかと思っています。ウェブは断片的な知識をリアルタイムで得るには便利ですが、系統的な知識をまとめて読むには不便です。そこに本のニーズが存在するので、有料で販売していくことは十分可能です。電子書籍については、今後スマートフォンやタブレットPCなどの電子書籍を読める端末はどんどん普及していくでしょうし、アマゾンやアップル、グーグルの電子書籍プラットフォームが日本語書籍に対応したら、かなり状況は変わってくるでしょう。もちろん、これからのプラットフォームは編集、校閲、宣伝はやってくれませんが、そこに中小企業や個人にとってのビジネスチャンスが生まれてきます。『出版大崩壊』のような本を読んで、現状をきちんととらえながら、そこからどうポジティブに未来図を描いていけるかが大事だと思います。

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