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オリンピック金メダリスト 阿部雅司さん

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F8656222-BA2E-4D7E-8990-1E3E6FE77B44.jpegスキーノルディック複合の元選手、阿部雅司さんとお話する機会があった。大変貴重なお話をお聞きし、ここにその一部を載せたいと思う。

阿部さんは1992年のアルベールビルオリンピックでは、団体戦でメンバーから漏れ補欠へと回った。その時を振り返りながら「その時はもう辞めようと思った。補欠になった瞬間、周りからサーッと人が引いていった」と語った。「もう辞める」と奥さんに電話で伝えようとしたが、奥さんのある一言で「また頑張ろう」と思い直したという。それからの2年間の努力は、本人にしかわからない壮絶なものだったと想像する。

2年後のリレハンメルオリンピックでは団体戦のメンバーとして出場。荻原健司選手、河野孝典選手とともにオリンピク2連覇を果たした。その時の荻原選手は「阿部さんと一緒に金メダルを取れたのが嬉しい」とコメントした。当時、複合チームは表彰台では常に荻原選手が中央に立っていたそうだ。表彰台に上がったときに、阿部さんは荻原選手に真ん中に立つよう促される。そして、河野選手と荻原選手に肩車で持ち上げられた。阿部さんの人徳なのだろう。

お話の中で、何度も「自分は補欠になって分かったことがたくさんあった。補欠になってよかったと思う。その経験があったから周りがどんなにサポートしてくれていたか理解できた。本当に感謝の心が生まれた」と言っていた。「補欠になることなく金メダルを取っていたら、傲慢な人間になっていたかもしれない」と。

現在、阿部さんは札幌オリンピックミュージアムの名誉館長、スペシャルオリンピック北海道理事長として活躍されている。阿部さんの活動を応援させていただくことを約束した。

「熊谷さんに会うので、金メダルを持ってきました」とメダルをかけてくれた。阿部さんは本当に素晴らしい人だった。

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