通信業界特殊偵察部隊のモノゴトの見方、見え方、考え方

Macworldが休刊してしまうのか (ただしWebは残る)

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私自身、実は紙の媒体と言うものにそれなりに依存するところがあります。画面で文字を追ってもいまひとつ頭に入らず、やっぱり好きなときに好きな場所で好きな姿勢で自分の手で触れる事が出来る紙媒体、これは雑誌に限らず新聞だったりパンフレットだったりと何でも良いのかもしれないのですけれど、それ自体がやっぱり好きなんです。

なんだその懐古趣味、いまやWebだぜ電子書籍だぜスマホで見るもんだぜ云々という議論は判ります。でも、やっぱり紙が好きなんです。決まったサイズの中のレイアウトや選ばれた文字面、手に持った感覚などなど、もうこれは趣味の世界と言っても良いかもしれませんが。

ただ、趣味とビジネスは行動原理が違うのは致し方ないことではあります。それは理解しているのですが…

 

Macworldがついに休刊

元々Mac (というかMachintosh) の世界に一番遠いところに居ると思われている私。確かに以前はIBMに勤めていて、それこそ「マルチステーション5550」や「PC/XT」あるいは「PC/AT」 (互換機じゃないです。オリジナルです) からパーソナルコンピューティングの世界にどっぷり浸かった私の場合、常に目の前にあるのはMachintoshから見るとある意味一番対極の世界だったかもしれません。

ただ、これでも実はAppleⅡcやMachintosh512Kを本気で買えないかと考えた事もありましたし、実はなぜか並行輸入されていたLisaですら触った事があったりします。でも、大学生から新卒1~2年の若造にそれこそ車1台分もするローンを払える訳も無く、結果的に自分のモノとしても仕事の上でも使い込むところまでは至らなかったのですが、そんな時、まだインターネットなんて陰も形も無いころにショップに通うのと並行して貪り読んだのが、たとえばMacworldだったりします。創刊間もないころなんて当然英語版しかなくて、でもそれほど英語がわかるわけでもなかったので何をそこから読み取ってたかなんて今から考えてもさっぱり記憶に無いのですが、でも、なにか雰囲気だけは伝わってきてたんですよね。

でも、ついにそれが休刊。

1984年創刊のMacworld誌が11月号で休刊へ(Webは継続)
http://www.itmedia.co.jp/news/articles/1409/11/news045.html

日本語版は1998年に無くなっていましたし、その前も後も別にずっと読んでいたわけでもないのではありますが、なんだか色々と感慨に耽るものはあります。

 

紙媒体の位置づけという避けて通れない話

Web版は残るようですが、紙はおしまい。実は同じくIDGから出ていたComputerworld (こっちは広告出稿なども含めてお世話になった時期もありました) も既に紙媒体としては無くなり、嘗て情報源として非常に貴重だったものの位置づけも役割もかわったよねと言うのを改めて思ったりします。

もちろん情報の鮮度ということだとWebに勝てるものは他に余り無い(でも実は映像には夢があるぜとは思ってるんですが)のですが、コラムとか何かしらの特集の連載とはってのはやっぱりWebより紙の方が、あとからその時代や時期の記憶と一緒に掘り起こせるし、絶対に良いと思うんだけれどなぁとは思ったりします。でも、事業と趣味は別だし、それは理解しています。外野が四の五の言っても仕方ない。

いや、そもそも、お前、Appleの製品を殆ど使ってないんじゃなかったっけと言われると「えっと、あの、その、そういえばそうですね」と口ごもるぐらいの情けなさですが、でも、それなりに思うところや尊敬するところはあるんですよ。私にとっても。

 

もちろん版元のIDG自体の変遷もあるわけで

因みに、IDG社自体の変遷で言うと、もともとFounderであり、既に引退していたPat McGovernさんが今年の3月に亡くなっていたのも諸々媒体の整理に着手したひとつの切っ掛けなのかなとか思ったりはしていますが、流石にそれについて私の知る事ころではありません。

Remembering Pat McGovern
http://www.idg.com/www/home.nsf/docs/remembering_pat_mcgovern

何れにせよ、個人的にはかつて展示会と併せてMediaのビッグネームであったMacworldが「実体を失う」という感覚がどうしても拭えないお話ではあります。でも、そんなの関係なくMediaとして先に進んでゆくんだろうとは思いますが。

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